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甘酸っぱいイベントは、何一つとしてなかった

 実はまだ登録をしていないんですとミルル話した所、驚かれてしまった。


「あれだけ強くて、実力もありそうなのに?」

「ええ、閉鎖的な場所から来ましたので、そういった事には疎くて。たまたま親切な人に冒険者ギルドに登録をするといいと教えて頂いて」

「そうなのですか。それならば助けて頂いたお礼も兼ねてギルドを案内しますね」


 ミルルが俺にそう微笑む。

 こう見ると本当に純情で普通な女性に見えるよなと思いながら、女には裏の顔があるんだぞと以前振られたばかりの友人に言われた事を思い出して少し鬱になった。

 

 そしてやってきた冒険者ギルド。

 灰色の石づくりの巨大な建物で、窓の数から七階まであるようだ。

 そして一階に入ると、そこでは案内所がまずあり、左右に分かれるようにそれぞれの部署が存在しているらしい。


 確かこの冒険者ギルドは、それぞれの職業にあった部門があり、そこで依頼を受ける形式にもなっていたと思いだす。

 特に品物を多量に扱う場合、品質についてもギルドの方が厳しかったのだと俺は思いだす。

 かといって、プログラムされたキャラクターであるNPCの依頼でも、品質が悪ければ値段は落とされたし、他にも色々あった。


 そのあたりの妙にリアリティのある話は置いておいて、案内所の列の最後尾に並ぶ。

 本当は何処で登録をするのか知っているのだが、ここに来たのは今日初めてという設定なので大人しく並んでいる。

 そこでミルルが俺の服の裾を引っ張った。


「そう言えば私、貴方のお名前を聞いていませんでした」

「えっと、伊藤大輝いとうたいきです」

「イトウタイキ? うーん、その変った感じが何処かで聞いたような」

「本当ですか! ど、何処で!」

「確かこの世界を“うどん”で支配するんだと言って頑張っている女の子のお店が、このギルドの近くにあったような……」


 頬に指を当てて、ミルルが必死で何かを思い出そうと呻いている。

 だが俺は思った。

 少なくともこのゲームでは“うどん”を作れる機能はなかったはず。

 そして俺が知っている“うどん”であるなら、それは日本人である可能性が高い……かもしれない。


「……ミルル、その“うどん”って、どんなものか分かりますか?」

「確か妹が食べていましたので……何でも少し茶色みがかかったスープに、白くて細い物が大量に入っていて、その上には野菜などがのっていたかと」

「……俺の知っている“うどん”に似ているな」

「そうなのですか? もしかしたなら同郷の方なのかもしれませんね」

「後で案内してもらってもかまいませんか?」

「ええ。あと、その丁寧語で話すのは止めて頂けますか? キスまでした仲なのに」


 悪戯っぽく笑うミルルに、俺は折角忘れていたのにと思った。

 そんな俺を見てミルルが、


「わー、赤くなった。可愛い~」


 楽しそうに笑って俺の腕に抱きついてきた。

 しかもぎゅっと抱きしめるようにしてきたので、腕に胸がぷにっと当たった。

 布越しだがこんなに柔らかいんだなとか女の子とのスキンシップがと頭の中に俺は駆け巡り、しかもこのミルルは美少女だしと俺は恋愛脳になりかけた所で俺は正気に戻った。


 待て、待つんだ。

 初対面でいきなりキスして許してくれた挙句キスしてもらえて、しかも仲間にならないかって誘われて、今もこんな感じで……裏があるとしか思えない。

 きっとこれから俺は人生で男としての最高の栄誉を貰いつつ幸せを感じた所で、アイテムを奪われたり金を奪われたり悪人のレッテルを張られたり借りた家を燃やされたり寝取られたり、お前みたいなやつがこんな彼女を手に入れられるわけがないだろうと何処かでハーレムを作っているようなイケメンに宣言されたり……他にも色々俺の頭の中で駆け巡った。

 その結果出した結論は、


「少しぐらい夢を見ても良いよな、うん」

「どうかされたのですか?」

「いえ、何でもないです」

「そうですか」

 

 そう言って首をかしげ、再び俺の腕に胸を押しつけてくるミルル。

 こんな時にミルルを俺の彼女ですと言ったら、他の人は信じちゃうんだろうなと、また夢のような世界に飛び出しかけたので俺は思考を切り替える。

 そう、“うどん”だ。

 

 もしかしたならこの世界から戻る方法を知っているかもしれないじゃないか。

 でもうどん好きな女の子ってあいつを思い出すよな、と俺はぼんやり思う。

 そのあいつとは、俺の家が隣同士で同い年の幼馴染の女の子だ。

 だが、彼女とは甘酸っぱいイベントは、何一つとしてなかったのだ。

 もう一度言う。

 何一つなかった。

 友達に羨ましいと言われたが、普通に話をして時に喧嘩する程度の付き合いしかなかった。

 そもそも俺の部屋の窓を開けると、その幼馴染の家じゃなくて、隣のサラリーマンの家があるだけだし。

 考えていたらさらに悲しくなってきたので、俺はその考えを再び打ち切る。

 そして案内の場所で場所を聞いたのだった。







 まずは登録する前に魔力やレベルなどを測定する事になった。

 その受付に回った俺だが、ふと脳内で妄想する。


「イトウタイキ様ですね。そちらの女性の方は……」

「彼女です」


 いえ、そんな事をこの受付の女性は聞いていない、でもそう言えたらいいな、という言いたいような惑わされるような気持になるが、ゲームのとか物語の世界じゃないんだと俺は必死で我慢して、その測定器に入る。

 四角い箱にいくつもの無骨なパイプが付けられた装置で、中に入ったら改造されてしまうような不安感のあるものだった。

 もちろんそんなわけではなく、しかも今日は人が多いので迷惑にならないようにすぐに俺はその箱に入った。そして、


「ええ!」


 受付のお姉さんが悲鳴を上げる。

 もしや俺のレベルが無限大になったんじゃないかと期待はしていたのだが、


「レベル999……多分何かの間違いですね。最近この機械、酷使しているから動きがおかしいんですよ」

「そうなのですか。他に回った方が良いでしょうか」

「……今日は人が多いので、もしかしたなら貴方はレベルが大きいのかもしれませんので、機械に負荷がかかるかも」


 その測定受付のおねいさんはしばし呻くように悩んでから、


「二日後にして頂けませんか? 今日明日は休日なので人が多いので、測定はだけ後回しにして登録でもよろしいでしょうか」

「それで依頼が受けられたり、家が借りられるのであればかまいません」

「ええ、それは大丈夫です。それでは、こちらに氏名を記入しておきましたので、あちらで登録費用をお支払いください」


 そう言って、受付のお姉さんから俺は紙を貰う。

 やっぱり都合よくレベル無限大にはならないよなと思いつつ、そもそも俺はゲームの時に625だったから明らかに数字がおかしいよなと考えているとそこでミルルが、


「機械が壊れていたんだね、残念。タイキがどれくらい強いか知りたかったのに」

「はは、二日後には分かりますよ。それよりも登録した後……“うどん”のお店に行きたいのですが、よろしいでしょうか」

「いいよー。知っている人だといいね」


 そう、ミルルが無邪気な笑顔で俺に答えたのだった。

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