その杖は呪われていた
「申し訳ありませんでした!」
俺は、とある女性の前で俺は土下座していた。
理由は、不可抗力とはいえ、彼女にその……キ、キスをしてしまったからだ。
ない、これはない、現代日本人である彼女いない歴年齢の俺にとって、見ず知らずの魅力的な若い女性に突然自分からキスするなどと正気の沙汰とは思えない。
けれど俺の前にその事実は、絶望的なほどに高い壁のように立ちはだかっている。
どうしよう。
ちなみに俺がキスしてしまった彼女は、ミルル・シーファリンという、ふわふわとしたパステル調の水色の長い髪に、硝子玉のようなキラキラした紫色の瞳を持つ美少女だ。
正直初め彼女が悪そうなチンピラに絡まれているのを見た時は、その状況よりもその彼女に一瞬目を奪われてしまうくらい、例えるなら……宝石のような? とか、詩人でない俺にはハードルが高い美少女だった。
そんな彼女だが、剣と弓を持っているので、多分、「剣士」と「弓使い」の両方の職業だと思う。
そこで彼女は困ったように小さく笑って、
「そんな土下座なんて……そもそも私の方が助けて頂いたのに、恩人の方にこんな行為をされる困ります」
「で、でもキ、キス……をしてしまって」
「いえ、理由はその杖のせいなんですよね?」
「は、はい。俺はその、決して普段はそんな人間じゃないんです」
「そうですか……顔を上げて頂けますか?」
「え? は、はい」
そこで俺は彼女の様子を伺うように顔を上げると、微笑む彼女の顔がゆっくりと近づいてきて……そのまま唇が重ねられた。
清楚な見た目とは不釣り合いな小悪魔の笑みを浮かべた彼女が、俺にキスをしていた。
先ほどのキスが初めてで、次がこれなので、二倍でお得な感じだと混乱する頭で俺は思った。
そこで軽くチュッとすってからミルルが唇を放し、
「ごちそうさま」
ぺろりと唇を舐め上げる。
その様子に俺は、もしかして……見かけは清楚なビッチさんだったのだろうかと、ミルルの見かけが美少女なだけにそんな不安が湧きあがる。
そこで彼女がさらに楽しそうに笑い、
「魔力を少し頂きました。そして……もしキスの事に関して罪悪感を感じているのでしたら、私達と組んで頂けませんか?」
彼女がそう俺に提案してきたのだった。
まずどうしてこうなったかについて簡単に経緯を話そうと思う。
俺は、町に向かっていた。
そして敵に会った時のために魔法使いの杖を取り出し、持ち運ぶには軽くて良い、あの謎の収納革袋を持って歩いていた。
そこまでは良かったのだが、
「くくく、この俺、“輝ける閃光・大輝”の前では、我が前に立ちふさがる敵など塵芥に等しいというものを!」
自分で今すぐ引き籠りたくなる恥ずかしい二つ名を呟きながら、町に向かっていた。
どうしてこうなったのか。
その理由は俺の持つこの杖による。
実はこの杖……呪われていた。
普段はゲームのプレイヤーな俺だったので、自分のキャラが妙な中二台詞を言っているのを俺は楽しんでいたのだ。
それこそ人ごとのように。
おかげで、うっかり攻撃力が強いのでこの杖を選んでしまった俺は、気付けば呪われてしまいこんな台詞を口走っていた。
一人で。
しかもこの杖から手が離れないのだ。
確かいつもは本体の右腕に衝撃(物理)を受けると自然と手から外れていた。
もし通行人がいたなら、いや、魔物か何かと接触した時に外して別の道具に変えようと俺は思う。
けれど、俺が町に着くまで誰一人として会う事も出来ず、敵とも遭遇しなかった。
なので町に着いたので見ず知らずの人に俺は頼もうとした。
少し痛く俺の右腕を叩いて下さいと。けれど、
「ふはははは、そこの通行人、この私の右腕を叩く権利をやろう!」
道行く人が、ささっと俺から顔をそらし、目を合わせないように歩いて行きました。
気持ちは分かる。
気持ちは分かるのだけれど、俺だってこんな事は言いたくないんだと心の中で俺は叫んだ。
けれど俺の口から出る言葉と言えば、
「ふ、愚民共が。この私がわざわざ話しかけているというのに理解しないとは、天才はつらい」
と、ふっと微笑んでいた。
嫌だ、こんなの俺じゃないと絶望に苛まれながらも、もしかしたなら冒険者ギルドに行けばこの杖の特性について分かっている人がいて、何とかしてくれるんじゃないのかと俺は淡い希望を持っていた。
だが記憶にあるゲームの街並みを歩いて行き、その冒険者ギルドにあと少しという所まで来て、
「おう、姉ちゃん、ちょっと俺らと遊ぼうぜ」
「すぐに楽しい思いをさせてやるからよ」
などと一人の女性を取り囲むスキンヘッドの上半身裸のマッチョや、髪が重力を無視して立っている男など、個性的な面々がそろっている。
対してその少女と言えば、淡い水色の髪に紫色の瞳の清楚そうな少女で、こんな子が彼女だったら嬉しいなと思った。
俺はそう思っただけだ。
だが次の瞬間、俺は彼らの前に躍り出て、
「力づくで美し女性に手を出すのは頂けないな。男はもっと紳士的であるべきだ」
そう俺は気がつけば彼らに話しかけていた。
やめろおおお、俺、そんな台詞を言うなぁああ。
そんな俺の葛藤も知らず、その悪役の彼らがじろりと俺の方を見て襲いかかってきて……全員を杖一振りで倒してしまった。
冷たい冷気でそいつらを凍りずけにして倒した。
この程度の魔法は、杖さえあれば呪文を唱えずに使う事が出来る。
だがいつも使っているよりも魔法よりも強力な気がした。
そこで助けられた彼女が俺の前にやってきて、
「助けて頂いてありがとうございます。私は、ミルル・シーファリンと申します。あの、是非何かお礼をさせて下さい」
微笑むミルルという少女。
美少女が俺に向かって微笑むという、何だか幸せな光景に俺が油断をしていると、
「では、キスをいただこうか」
ちょっと待てぇえええ、俺! 待て、待つんだ、うわぁあああああ。
そしてキスした俺は、驚いたミルルさんに腕を叩かれて杖を転がし、何とか呪いを解除しまし、今に至るわけですが、
「“私達”?」
「ええ、仲間の子が一人ですがいるのです。出来れば貴方の様な強い男性が一緒にパーティを組んで頂けたなら、とても助かるのですが……それに私、貴方に一目ぼれしてしまいましたし」
にっこりと美少女なミルルさんが俺に言いました。
そして彼女が言うには俺に一目惚れをしたようです。
裏があるんだと俺は自分にいい聞かそうとしたけれど、まだ状況の分からない俺には彼女の助けがあるのはありがたいかもしれない。
そう思って俺は、彼女によろしくとお願いしたのだった。