幽霊のくせにゲスい
ミルルとの食事を終えて食器を洗ってから一階に俺は向かおうとすると、
「タイキ、どうしたのですか?」
「いや、折角だから調合しようかと。せっかくの設備だし、その調味料を作ってみようかと。……待てよ? これはこの世界で新しいものを作り出せることになるのか?」
客人として招待されたから新しいものを作れないかと思ったが……もしかして、普通に装置も使えるのか?
そういえば鈴もうどんを作れたわけで……それは新しいものと言えなくはないか?
「考えていたら更に分からなくなった。まあいいや、とりあえず味噌を作ってこよう」
「では私はもうすぐスーパーにいきますね」
「分かった。そういえばお昼はどうする?」
「そうですね……」
そこでシルフが手を上げた。
「私、鈴のうどんが食べたいです!」
「シルフはあのうどんの虜ね。どうでしょう、タイキ」
「俺は構わない。そうだな……お昼は混みそうだから、少し早めにとりにいこうか。でもその前に、ギルドで畑だけは借りておきたい。それに植物を育てるなら植物用の肥料を作らないと。でも調合はすぐに終わりそうだな」
調合が終了してから、ギルドに向かって畑を借り、食事に行くのはどうかと聞くと、ミルルもシルフも頷いた。
そしてシルフやサーシャはまたゲームをしようと部屋に走って行ってしまったのだった。
そんなわけで、革袋から必要な材料を取り出す。
「水、岩塩、星屑の欠片、森のきのこ、溶けかけた人参、米魚……豆がないのが不安で仕方がないな」
味噌は豆で作るものだからな、でも手に入らないなら仕方がない……でも豆らしきものはあったよなと思いながら、洗剤で洗った清潔な鍋にそれらの材料を水洗いしてから放り込み、水を入れる。
この水も特別な材料で作ると違うのかなという気がしないでもなかったが、
「今回は試しだし。これで後は蓋をして、魔力が伝わりやすい魔力薄板プレートに載せて、端の魔力石に手を触れて、呪文を唱えて……“すでのいしいおもてとはるしそみお”? 変な呪文だな」
呪文を唱えるとその板状に魔法陣が浮かび上がって、鍋がかたこと動き出す。
このまま五分ほど待てば完成するはずだ。
そこでその時間なにか作れないかと選択画面を出すが、
「赤い印で、Newって、新しい項目ができてる。検索調合項目?」
試しに開いてみると、その中には食べ物の項目があり、それを開くと更に調味料とお菓子に分かれている。
何となく変な予感を覚えながらそれに触れると、
「“味噌”が作れるようになってる。まさか一度作ったものはこうやって記録されているのか? いや、レシピを調べたかつくろうとしたかの時点で追加されるのか?」
だってここにリズさんのクッキーがあるし。
試しに俺はそれを選択してみたのだが……味噌が出来上がるのと同時に、リズさんのクッキーも出来上がった。
味見をしてみると、それはそれは美味しいリズさんのクッキーだった。
「……どうしようこれ。いや、味噌の方も……何で豆の欠片みたいなものが一杯見えるんだ? 豆は入れてないだろう……」
そう呟きながら俺は、ミルルが帰ってくるまでまだ時間があるなと思って。
多分俺は魔が差してしまったのだと思う。
味噌に続いて幾つもの必要な調味料やら、出汁の材料、植物用の肥料を作り上げてしまったのだった。
それら全てを作り上げてから、一部は冷蔵庫のようなもの、棚において……さっそくそのクッキーを持って上の階に上がる。
まだミルルは帰っていないようだった。
じゃあシルフ達の部屋に持って行ったほうがいいと歩いて行く。
軽く部屋をノックしてから、
「開いているのです―。くっ、なぜ先ほどからサイコロの目が1ばかり……はっ!」
「ふふ、今更気づいたようですね、シルフ。貴方の持っているサイコロの目が1しか無いことを」
「な、なんて卑劣な罠を……」
「少し良く見れば分かるようなものなのに……くくく、ですがそのサイコロを選んだのはシルフ、貴方なのですよ」
「く……幽霊のくせにゲスいですね。いいでしょう、この究極のハンデを背負いながらも私は……」
「はい、三で到着っと!」
「うぎゃあああ、サーシャお姉ちゃんのいじわるぅううう」
「くくく、いつまでも負けてばかりの私ではないのですよ!」
そんな得意げなサーシャに、“魔法の精霊ステッキ”の精霊である、猫の精霊ミィがふよふよと飛んできて、サーシャにねこぱんちを食らわした。
「ふぎゃああ、ミィ、何をするのです!」
「全くサーシャったら調子に乗っちゃって、そうやって調子に乗っていると後でひどい目に合うわよ?」
「ふぎゅう、うう、だって~……あれ、タイキ? その持っているのはまさか……」
そこでサーシャが俺の持っているクッキに怯えと期待のないまぜになった眼差しを送ってくる。
なので俺は、
「リズさんのレシピ、見せてもらっただろう? そうしたら簡単に作れるようになっていた」
「う、羨ましい。前に教えてもらったけれど、料理長でも、菓子職人でも、美味しいのだけれど中々あの味って再現できないんだよね。あ、でも幽霊だからまだ食べられない」
そんな嘆くサーシャだがそこで猫の精霊のミィが近づいてきて、
「そのクッキーが欲しい! にゃ~」
「わ、私も!」
シルフも飛んできたので、二人に出来たばかりのクッキーを渡すと、
「お、美味しい。これはリズさんの家のものとまるで同じです」
「そうか、試しに作ってみたんだが、味見をして美味しかったから持ってきたんだ」
「す、凄い、タイキは天才です」
「食い気は盛んだな、シルフは」
そう笑っているとその横で、精霊ミィがうまうま言いながらクッキーを食べている。
そういえばこの精霊は、お菓子が原因で家出したらしい。
食い意地の張った精霊だと思っていると、そこでサーシャが、
「これだけミィが喜んでいるとなると他の子達も喜ぶかな……タイキ、城の専属の菓子職人にならない?」
「俺、元の世界に帰って普通の人生を送りたいんだ」
「残念、振られてしまいました。でも美味しそうだな……早く元に戻りたい」
サーシャが羨ましそうにそれを見ているとそこで、
「ただいま帰りました。……あら?」
「丁度リズさんのクッキーを作ってみたんだ。ミルルも一つどうだ?」
「……焼き色もきれいだし、美味しそう……頂きます」
そう言ってミルルが一枚クッキーを口にして、幸せそうに微笑んだ。
やっぱり女の子が幸せそうにお菓子を食べている様子は可愛いなと俺が思っていると、
「美味しいです、リズさんのクッキーにとても似ている……」
「喜んでもらえてよかったよ。頼めば材料も沢山あるから食べたい時は言ってくれ」
「はい、ぜひお願いします」
ミルルにシルフ、ミィはまた頼もうと楽しそうに話している。
そこで、この家の扉が叩かれて、
「すみませーん、依頼を頼みたいのですが~」
眠くなりそうな女の声が聞こえたのだった。
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