異世界に飛ばされたが、アイテムなどは標準装備でした
俺の名前は伊藤大輝。
黒髪黒目のごく一般的大学生だ。
ちなみに彼女なしの、非リア充。
そこまで俺は考えて、冷静に周りを観察した。
「……ここはどこだ?」
見上げた空はどこまでも青く、綿菓子のような真っ白な雲が浮かんでおり、太陽がさんさんと輝く。
次に目線を少し落とせば、右側には森、左側には町が見える。
その町には見覚えがあり、同時に俺は頭痛を感じた。
「あれは“リリルの町”だよな。形がそっくりだし……」
見覚えのある町。
しかしそれが自分の今目の前に現実のように存在しているという事実。
はっきり言って俺は現実主義者だ。
空想と現実の区別は十分ついている程度に、科学崇拝主義者だ。
そんな俺の前にあの町が、それこそ現実のように目の前にあるなど一体誰が想像しただろう?
そこで俺の頬を風が凪ぐ。
吹き抜ける風、草の匂い。
このリアルな感覚は一体何だろうと思いながら周りを見回すと、そこは草原で、少し離れた場所に町と森を結ぶ道がある。
この道を辿っていけば、すぐにでも町に着くだろう。
日暮れまでには、ここでいくらか昼寝をしていても町には着けそうだ。
「って、そうじゃないだろう。なんで冷静に考えているんだ俺は。そもそもどうして俺は、さっきまでやっていたはずのゲームに似た世界に俺は立っているんだ?」
俺は呻くように呟いて、ここにやってくる前の記憶を無理やり思い出す。
VRMMO、「終わりなき世界の憧憬」という中二臭い、いかした名前のゲーム。
ゲーマーではない俺はそこそこ楽しめれば良いと、中堅ゲーマーを一人でやっていた。
その場その場で気楽に話しかけたりして仲間に入れてもらったが基本一人。
それでも運の良さもあってか、当時は最高のレベル500まで気付けば達しており、その後レベルが999まで上げられるよう仕様が変更されって、俺は625まで自身のキャラクターを上げたのだ。
そして今日も今日とて、ゲームをしていた俺だが、気がつけば暗闇にいて、何だかやけに狭いから場所にいて、ここから出たいと左右に手足を押し出したのだ。
ビキッ、ガシャーン
かたい石か何かが割れるような音が耳に響いて、俺の目の前に光がさす。
そして今に至る、というわけなのだが、
「何だか俺、俺の身長の二倍くらいの大きさの灰色の巨岩のオブジェから現れたように見えるんだが……」
俺を取り囲むように真っ二つに割れたその巨岩と、周囲に散らばる小さな小石。
ただのゲーム内に置かれた飾りの石から俺は生まれたようだ。
そこまで考えて、俺はこの突拍子もない現実を受け入れる事にする。
物語でゲームのような異世界に飛ばされる話を事前に読んでいたのが良かったのかもしれない。
まずこの異常事態に対応するには冷静な頭が必要だ。
「まずゲームの世界に飛ばされたと仮定して、この世界から現実世界にどう戻るかは……いったん保留だな。まずこの世界で俺がどう生きるかだが……ゲームのシステムと同じだといいんだが」
そうだったなら馴染みがあるので手を出しやすいし、言語も通じるだろう。
この世界で“生活”は出来る。
そこまで考えて俺は気づいた。
「……チートやら何やら、俺は持っているのか? 確かこのゲームは、冒険者ギルドに行って登録をしないとレベルが分からないはずだったが……経験値が0からだったりしないだろうな」
これまで上げたレベルが全てリセットされて、初めからするのは面倒だ。
けれど登録をしていない生まれたばかりらしい俺が、そんな高いレベルでいられるのかは不明だ。
あまり期待せずにいた方が良さそうだと俺は嘆息する。
「そう言えば俺の集めたあの装備はどうなっているんだ? アイテムだってあんなに沢山あったし、お金もそこそこあったはず」
だが俺の服装は普段の私服だ。
「ポケットに財布が入っていたな、でもこの世界で使えるのか? いや、硬貨なら金属だから売れるだろうか? そもそもこの世界に存在している金属と同じだといいが……名前が同じだけで別モノだったりすると困る」
そんな事を考えながら俺は自分のズボンのポケットを探っていた所、紐のようなものが手に引っ掛かった。
試しに引っ張ってみるとポケットからずるりと、明るい茶色い革製の袋が飛び出してくる。
明らかにポケットの容量を超えるその袋は、持ち歩けるアイテムを更に増やせる装備品だったはずだ。
きっと四次元に繋がっているんだ、などと冗談を言っていたあの頃が懐かしい。
今は俺のズボンのポケットが異次元に繋がっているようだ。
そう現実逃避しそうになりながらも、更にポケットを探るとお金が出てくる、装備品が出てくる、アイテムが出てくる……これでしばらくは生活ができそうだと俺は気づく。
そして持っていたはずのアイテム等を取り出しながら、その革袋に放り込む。
全てがまるでブラックホールのようにその袋の中に消えて行った。
「全部この革袋に入ればいいな。でないと服が洗濯できない」
自分で言うのもなんだが、心配する所はそこではないよなと思うも、きっと今そんな事を考えてしまうのは不安でたまらないからだと俺は気づく。
自由度の高いゲームだからかもしれないが、説明役の存在が不在だ。
出来れば可愛らしくて胸の大きい女の子が良いなとぼんやりとキャラクターを頭に浮かべたが、俺の前には誰も現れる気配がなかった。
「きっと冒険者ギルドに行けば女の子とのイベントもあるだろう」
自分を慰めながら、俺は取り出したものをひたすら革袋に入れた。
結局、その袋に全てが詰め込めたので、これさえ持っていれば安心だと立ち上がる。
そして俺は道に向かって歩き始めた。
目指すは冒険者ギルドだ。
「確か最低二つで、三つまで好きな職業が選べるはずだったな」
ゲームをしていた時の俺は、「魔法使い」+「錬金術師」+「ほにゃらら」だった。
理由は遠距離から魔法攻撃が出来る「魔法使い」と、「魔法使い」では出来ない金属系の調合が出来る「錬金術師」になる事で、自身の武器や装備を自分で強化したからだ。
自分の事は自分でするために俺はその二つを選んだ。
一応、「魔法使い」とはいえ近接攻撃もあるのだが、接近するよりは遠距離から攻撃した方が一人で戦うには安全なのだ。
……何だか考えていたら悲しくなってきたのでそれ以上は考えないようにして、
「やっぱり、登録するならその二つだな。後一つはその内考えよう」
職業を変えても経験値の割り振りを再設定すればいいだけ。
このゲームの良い所だ。
もっともここがゲームと同じシステムならば、だが。
「でもこの革袋やそういったアイテムやらがそろっているから、ゲームのシステムは同じだろう。そうだ、希望を持とう、俺。……町に行くまでに弱い魔物に会うかもしれないから、この伝説の杖その1だけは出しておくか」
全体が黒く、赤い石がはめ込まれた禍々しい杖を俺は取り出したのだった。