このままぼんやりと空を見上げられればいいな
依頼通り、“発光銀花”を五本持って、リズ・エリスさんの住んでいる家に向かう。
北に向かえば向かうほど、閑静な住宅街というか、どことなく高級な雰囲気になってくる。
そして家が大きくなっている。
そんな変化を見ながら俺達はその家を目指す。
そこで俺は嬉しそうに“発光銀花”を抱きしめるミルルに気づいた。
「随分その花が気にいったんだな」
「はい、綺麗ですよ、キラキラ光っていて」
確かにこの白い百合のような花は、青白く輝いていて、光の粒の鱗粉を振り撒いているかのようだった。
魔法の材料やランプ代わり程度にしか思っていなかったが、確かに飾る花としては素晴らしいのかもしれない。
そう思いながら俺達は今日の夕食はどうしようかという話になり、そこで鈴が、
「うどんにしよう!」
「鈴、お前の頭にはうどん以外ないのか!」
「えー、美味しいじゃん。もう、しょうがないな、ミルル、何か食べたいものがある?」
そこでミルルはう~んと考えて次に、
「いまは特に思いつきませんね。シルフはどうですか?」
「お魚が食べたい。ほら、“メーサの焼き魚専門店”あそこ、美味しいらしいって聞いたよ!」
「そうなの? ではそこはいかがでしょうか」
そしてそのお店で夕食を取ることになった俺達は、ようやく目的の場所に辿り着いたのだった。
どう考えても隣の大きな屋敷の離れのような別宅でした。
この位置だとあの人の家だよなと思いながら俺達は、門の入り口の、インターフォンのような四角い魔力の円陣が浮かび上がるそれを押し、
「すみません、“発光銀花”の依頼を受けた者ですが」
「はーい、門の鍵は開けましたのでどうぞ」
箱から、大家であるリズさんの声がする。
確定である。
その声と同時に門の鍵が開くので中に入り、玄関の呼び鈴代わりの金色のドアノックを軽く叩くと、すぐに家の主が姿を現した。
予想通りリズさんだ。
相変わらず怪しげな魅力のある年齢不詳の女性だが、そんな彼女が、
「あら、依頼を受けて頂いたのは、タイキさんだったのですか?」
「はい。丁度用事がありまして、あの……」
「まあまあ、ご苦労さまです。今日は皆さんで遺跡に?」
「え、は、はい」
「いいわね、私も昔、主人と一緒に冒険者をやっていたんですよ。懐かしいわ」
「そうなのですか」
「ええ……そうそう、折角だから皆さんも御一緒にお茶をしていかないですか?」
リズさんが誘うと、この前のマドレーヌに釣られたシルフが真っ先にはい! と答えていた。
そのせいもあってか俺達も断われず、そしてこの前のお菓子の味が忘れられず、頷いたのだった。
案内された部屋は庭に繋がった開放的な場所だった。
そこには白いテーブルクロスが敷かれ、中央には花瓶が置かれている。
リズさんが言うには、一人で住むにはこの離れが小さくて住みやすいので、今はもっぱらこちらで生活をしているらしい。そこで、
「先に花を花瓶にいれてもいいかしら」
そう言ってリズさんはテーブルの上の花瓶を持って、俺達はテーブルに付くよう勧められる。
なので椅子に座っていた。
そしてぼんやりと繋がった庭を見る。
緑の濃い庭には鮮やかな花がいくつも咲いている。
花の名前がそれほど詳しくない俺には何という名前かは分からないが、綺麗だなとは思う。
そこで花瓶に先ほどの“発光銀花”を入れた物を持ってきて、リズさんはテーブルの中央に置く。
「明後日に、昔馴染みの息子さんがこちらに来るのです。何でも、是非耳にいれておきたい話があるからと。なので昔会ったあの子が好きな“発光銀花”を飾りたいと思ったのです。だからとても助かりました。しかもこの花、花持ちが良くて一月以上咲いたままなのです」
「そうなのですか。一か月以上も……」
「ああ、そうだ、依頼完了のサインをしないといけませんね」
そう言われて俺は、依頼の紙をリズさんに渡すとサラサラとサインをしてくれる。
これをギルドに持って行くと依頼完了で、料金が支払われるのだ。
今更気づいたが、結構いいお値段である。
随分と割のいい仕事だったんだなと俺が思っていると、
「お茶を淹れるのに少し時間がかかりますので、先に菓子を出しておきますね。そちらの女の子も待ちくたびれているみたいですし」
そう言われてシルフが顔を赤くする。
そんなシルフをクスクスと笑いながら、リズさんはすぐに菓子を持ってくる。
白い皿に並べられた数々のお菓子。
美味しそうな黄金色に焼かれた丸いクッキーや、ココアやドライフルーツ、ナッツのようなものが入ったクッキーや、ドライフルーツの入ったケーキ。
他にもチョコレートがかけられたものや、挟んだクッキー、この前のマドレーヌまである。
こんなに沢山の焼き菓子を一体どうしたんだろうと思っていると、そこでシルフがチョコレートのかけられたクッキーに手を伸ばし、口に含む。と、
「凄くサクサクして美味しい! チョコレートもとろっと濃厚で……もっと欲しい」
再び手を伸ばすシルフを見て、俺達もクッキーに手を伸ばす。
俺が手にとったクッキーはふつうのものだが、口に含むと香り豊かなバターの味がする。
しかもさくっ、ほろほろと崩れるこのクッキー、うますぎる。
「タイキ、このチョコレートケーキも美味しいよ」
「そうなのか、ってか鈴、両手に菓子って……」
「だって美味しいんだもの。後で作り方とコツをリズさんに聞いておこうっと」
「私もそうします」
鈴とシルフが、リズさんに聞こうと二人で楽しそうにキャイキャイ話している。
女の子同士のお友達な感じを見ていて俺も思ったのだが、俺の場合、同性との接点がまるでない。
ハーレム作るにはいいかもしれないが、こう、一人男だけよりは、もう少し馬鹿やったりする友人のようなものがほしい気もする。
そのうちギルドに行って男性の冒険者でも探そうかと考えていると、
「あら、好評みたいで嬉しいですわ」
「リズさん、ぜひこのお菓子の作り方とコツを教えて下さい。凄く美味しいです!」
鈴が抜かり無くリズさんにお願いすると、
「さすがは女の子ね。なのに、うちの娘なんて食べるばかりで教えてくれなんてちっとも言わないんだから。いいわ、教えてあげる。紅茶を飲んだ後で、レシピを書いた紙を上げるわ」
「あの、私もよろしいでしょうか」
「あら貴方も? いいわよ。二人もそんな女の子がいて私は嬉しいわ……あらいけない。抽出時間が少し過ぎているわね」
そう言ってリズさんが砂時計を見て紅茶を入れてくれる。
香り高い紅茶で、でも異世界なので違うものなのだろうと思いつつ口にする。
俺が普段ペットボトルで飲んでいるものと違い、優しい甘い香りが口に広がる。
そこで気づいた小さな銀色のカップには、白いクリームとシュガーシロップらしきものがはいっている。
それを少量入れるとミルクティーになり、これもまた美味しい。
むしろこうした方が香りが豊かになるようだった。
周りを見ると、ミルルやシルフ、鈴が幸せそうにほんわかしている。
これだけ美味しい紅茶と菓子があれば当然かもしれない。
そんな風に思いながら再び菓子に手を出しつつほっこりしている俺達。
庭からは涼しい風が花の香を運んでくる。
平和だ。
先ほどの遺跡での戦闘が嘘のように、平穏な世界。
このままぼんやりと空を見上げられればいいなと俺は思う。
そう、俺は思っただけだ。
それと同時に、このリズさんの家の大きい方の屋敷から爆音がし、くろぐろとした煙が上がったのだった。




