意外に初心なんですね
歌声の聞こえる方に向かうと、そこには一人の女性が佇んでいた。
真っ白い髪に紫色の瞳。
胸元の開いた白いドレスを着て、ただ一人その場所で歌っている。
こんな魔物の遺跡が多い奥深くで何をやっているのかと思っていると、よくよく見れば周りで魔物達がぐっすり眠っている。
さきほど眠り攻撃してきた魔物達も幸せそうに眠りこけている。
そこでミルルが歌っている彼女に、近づき、
「エイネ、久しぶり」
「……ミルル? どうしてここに?」
「私、婿探しの旅に出たんです。それで今冒険をあちらの方々としているんですよ?」
ミルルに紹介されて俺は軽く会釈する。
それに彼女も同じように会釈し返してから、
「ちょっと色々と悩みが多くて。そういえば皆さん私の歌声で眠らないのね、“セイレーン”としては悲しいわ」
「そんな、私達は眠くならない薬を持っているだけです。それを使って耐性を付けているだけですから」
その言葉にはっとしたように彼女は俺達を見た。
まるで何か素晴らしい案を閃いたような笑顔で彼女は、
「そうよ、それだわ! それをお酒にほんの少し混ぜてしまえばいいのよ!」
「エイネ? えっと、嬉しそうなのはいいのだけれど、事情が私は良く分からないのだけれど……」
そこでエイネは満面の笑みを浮かべて、
「実は私、普段は酒場で歌を歌っていたのだけれど、ほら、私って“セイレーン”じゃない? 魅惑の歌で、人々を眠らす持ち主じゃない。まあ、今は睡眠障害の貴族の家で歌っている事が多いけれど、やっぱり私の歌をもっと色々な人に聞いてもらいたいという欲求もあるの」
「うん、そう言って家を飛び出したのよね。それでどうしてここに?」
「酒場で歌うと、クビになっちゃうの」
何処か遠い目をしながらエイネが呟く。
彼女が言うにはこうだ。
何でもセイレーンの歌声は眠くなるので、良い気持ちになるのだがそのまま客が眠ってしまい、料理は頼まないわ客の回転率も悪くなるわで……リストラされまくったらしい。
そんなエイネの話にミルルは、
「やっぱり実家に帰った方が……」
「それでも私は歌いたいの! この歌声をもっと色んな人に聞いて欲しいの! 安眠用の枕みたいな扱いではなく!」
「でもどうしてこんな所で歌っているの? 魔物達は……眠っているから安全かもしれないけれど、こんな場所で歌う事がないじゃない」
「だって、うち、防音の壁じゃないんだもの」
ミルルが首をかしげて、
「その心は?」
「道行く人が私の家の前を通るだけで、歌声を聞いて眠ってしまう。おかげで交通事故が起きそうになったり、仕事の時間に遅刻したり……苦情が殺到して歌えなくて」
「それは……」
「実家にいた時は、周りはセイレーンばかりだし、魔族の中でも貴族は特に魔力やら耐性が強いから大丈夫だったの。でもここはそういった眠り耐性に弱い人達ばかりじゃない? 仕方がないから歌えそうな場所ってここくらいしかないの」
「でもせめて防音の部屋のほうが安全じゃ……」
「クビにされまくってお金があまりないの! 今日だって歌とは全く関係のないアルバイトがまたあるし」
「……エイネはこの程度の魔物なら問題ないから、仕方がないわね」
「そうそう。はぁ、でもこの歌を聞いてもらうためならと思って今日まで頑張ってきたけれど、でも、ミルル、貴方は素敵なことを教えてくれたわ!」
そこでエイネがキラキラした瞳でミルルの手を握った。
ミルルが若干引いているように見えるが、
「ミルル、そう、眠気覚ましの薬よ! 私が歌う前後で料理にちょっと混ぜて、ほろ酔いで気持ち居眠りあたりになるまで調整すればいいの!」
「……黙って薬を盛ると」
「でも眠り耐性なんかを上げるだけでしょう? 特に妙な副作用はないし。歌で気持ちよくなって帰る程度なら、大丈夫なはずよ! お願い! その眠り耐性の薬を私に売って! ……あまりお金は払えないけれど」
「え、えっと、私は魔法使いじゃないから作れないの。頼むなら、妹のシルフかタイキに頼んで?」
ミルルに紹介されてシルフは腰に手を当てて偉そうなポーズをする。
エイネはそんな俺とシルフを見てから俺の方に来て、俺の手を握り、
「あの、眠り耐性の薬を作って頂けませんか? 私、どうしても歌いたいんです……」
俺の手を握り、したから見上げるように涙目で彼女は俺を見つめている。
ちなみに俺からすると、胸のあたりが大きく開いているドレスなので、胸の谷間がよく見えるという……。
かと言って彼女からかを背けるわけにもいかず俺は、
「わ、分かりました。お力になれるのでしたら、俺も、夢のためにお手伝いさせて頂きます」
「ありがとうございます。そして、タイキさん、でしたか?」
「は、はい」
「意外に初心なんですね」
「え、えっと何のことですか?」
けれどそれ以上彼女は何も言わず、微笑む。
分かっててまた弄ばれたのだろうかと、切ない気持ちになる俺。
何だかこの世界に来てから、女性と接点が増えたのに、俺に都合のいいというよりは女の子の弄ばれる展開ばかりになっている。
違うんだ、俺が望んでいるのはこうじゃなくて。
でもさっきみたいに、ただひたすらロボットのように素晴らしいです! って女の子に言われているのも嫌だし。
でもハーレム欲しい。
だって女の子は好きだし。
そんな悩む俺にミルルが近づいてきて、
「ありがとうございます。エイネ、あんなに喜んで」
「いえ、この程度は。でもこれからの依頼を考えると早めに薬草を育てる畑を借りたほうがいいな。戻ったら、近いうちに借りておこう」
そう呟くとそこで俺は機嫌の悪そうなシルフに気づいた。
「シルフ、どうした?」
「また子供扱いされた」
「でもこの眠気覚ましの薬を作るのには、俺はとても助かったぞ?」
「……タイキに褒められても嬉しくないのです」
ぷいっとそっぽを向くシルフだが、頬が赤い。
子供なりに背伸びをしたいお年ごろなのだろうと思っていると、そこでエイネは、
「シルフにもお願いしたいのですが……ほら、昔髪の毛がパンチパーマになる薬や
首が長くなる薬で騒動が……」
「う、あ、あれは……うう」
どうやらシルフが昔何かをやらかして、信頼を失ってしまったらしい。
そして後で俺の内に依頼に来るとのことで、エイネに俺の家の住所を教えてその場で別れたのだった。
俺達のたどり着いた場所は、幸運にも広い空間で、しかもあまり人が入っていないのか“発光銀花”が沢山咲いていた。
「これで家にも飾る分が採れるな。……もしかして、エイネが歌っていたから皆来なかったのか?」
確かこの花はどれくらいで開花するんだったかなと俺は思っているとそこで、
「タイキ、ここが荒らされなかった理由は、別にあるのかもね」
鈴が何処か楽しそうに告げ、鈴の視線の先を見ると、てんとう虫を大きくしたような魔物がこの場所に大量に入り込んでくるのが見えたのだった。




