何だかむずむずするような変な感覚
図書館に戻ると、ミルルが沢山の新聞を見てくれていたようだ。
「随分調べてくれたんだな、助かるよ」
「! タイキ、何時の間に後ろに!」
「ご、ごめん。一生懸命調べているから邪魔するのも悪いかと思って」
「いえ、こういった調べ物をするのも、私は好きですから」
後で食事でも奢ろうかな、シルフと一緒にと俺は思う。
なにしろ懐が温かいので、色々と心にも余裕がある。
そこで俺の買ってきた地図などに目を移したミルルは、
「どうしましょうか。まず全国版の地図に印をつけましょうか」
「そうだな、色ペンも買ってくれば良かったか」
「いえ、印と最低の情報だけですから、そこまではなくても大丈夫かと」
ミルルに言われてそうだなと俺は思いながら、地図を広げていく。
それによると俺達がいる場所は大陸の東の端、であるらしい。
この地図では縮尺が小さすぎるので、もう少し大きい物はないかと思ってみると、この国の拡大された地図が数枚セットになっていた。
そして初めの物よりも100程度縮尺の大きい地図を選択して、大まかな位置を記載していく。
書かれているのはどこどこの誰々の別荘という記述のみだが、ミルルが場所を知っていたのでそれと時期を俺はここに書き込んでいたのだが、
「ここです、あっ」
「ご、ごめん」
指さすミルルの手に、俺の手が触れてしまう。
別にただそれだけなのだが、何だかこう、緊張してしまうというか……。
ミルルの手は白くほっそりとしていて、指が長い。
それに身長のせいもあるのか、俺の手よりも一回り小さくて、それもまた可愛いというか、こう……何だかむずむずするような変な感覚になる。
更に俺はここは書庫なので、人気は少なくて、今はミルルと二人っきり。
そう考えると俺は更に緊張してくる。
だから早くこの印を付ける作業を終わらせようと思うが、そう思うと更に焦ってしまいミルルに触れてしまう。
そして、どうにか調べたここ一年の襲われた所に印を付ける。
ついでに、俺達がいる現在地は大きな地図で以前ゲーム内で見た事があったので、知っていたので印を付ける。
「……近いな」
「そうですね」
最新の襲撃のあった場所と俺達のいる町は、近い場所に存在している。
そうなってくると考えられるのは、
「ここの地域の貴族の屋敷はミルルは知っているか?」
「実はこの町の貴族の方、エリス家は、早くに夫を亡くされて女手一つで頑張ってこられた方で、あまり舞踏会にもいらっしゃらないので私もお会いした事がないのです」
「そうなのか……でも貴族の屋敷ならこういった事は知らされているか? 有名な窃盗団のようだし。でも伝え損ねという場合もあるし、かといって俺達も推論でしかないし」
どうしようか、後で相談して決めようと俺はそこで話を区切る。
そして俺はミルルに、「精霊」について知りたいので、どの本が良いだろうかと相談したのだった。
精霊について知りたいのなら、専用の本棚があるらしい。
ここは町一番の大きな図書館なので、そういった物も置いているらしい。
精霊というと突然現れて攻撃してくるちょっと強めの敵のイメージしかない。
そして精霊使いという分類が魔法使いの中にあるのを俺は知らない。
もしかしたなら、そういった特別な職業がゲームの中に存在していたかもしれないが、俺が知る限りではない。
そう思いながら、図書館内の案内板を見て本棚を探した俺だが、
「……随分と多いな」
「はい、精霊自体は危険とはいえそこそこの場所にいますから。ただ……」
「ただ?」
ミルルがどう言おうか迷ったように口ごもり、それから、
「その、それぞれの先生方の学説のようなものがありまして。色々な説や独自論が正しいと書かれていますので、多分これほど沢山に」
「まだ精霊については良く分かっていないのか?」
「そうですね、なにしろ希なケースですから。共通するのは魔力が強い魔石――これは自然界で魔力が集まりやすい場所でも生じますので、遺跡などで更にその魔力の結晶化が進むと生まれやすいとは言われています」
「……だとすると、それくらいの知識に今はとどめておいた方が良いか。そうなると「精霊使い」についてだけ見ておくか。俺はそんな物があるなんて知らなかったし……一冊だけか?」
「歴史上にそれほど多くなく、記録をまとめるのが主になっていますから」
ミルルの説明を聞きながらその薄い本に手を伸ばす。
黒表紙の簡素な本。
古いものらしく、紙自体が随分と黄ばんでおり、年月を感じさせる本だった。
ざっと斜め読みすると、その精霊使いでも能力はピンからキリまであるらしい事がわかる。
従えられる精霊は、確かに精霊が生まれる条件は強い魔力であり、魔力が結晶化した魔石は生まれるには適した素材であることは確かだろうが……そこでふと俺も思う。
「確か魔物でも、魔力で作られた敵もいたような。その区別はどうなっているんだ?」
ページをめくりながら俺は見ていくが、よく分からない。
そこでミルルが、
「そこが現在の学説の争点になっているのです。力の弱い魔物も“精霊”に分類すると、確かに精霊使いの人数は増えますが、それでは圧倒的に強い上位の“精霊使い”との差が大きくなってしまいます。もしくは「魔物使い」といった下位分類を作るべきでは、といった話や、“妖精”という“精霊”よりも弱い自然発生の魔物を呼ぶかといった話も有りまして……ただ今は厳密に、強い力を持つ“精霊”を従えるものが一番危険なために“精霊使い”と称される運びになっていたかと」
簡単にまとめた話だが、とてもわかりやすい。
そしてあの時受付嬢に危険を感じて説明を断ってよかったと思う。
下手をすると今日一日で終わるかというかのような長い説明になっていたかもしれない。
なので説明してくれたミルルに俺は、
「ミルル、詳しいんだな。わかりやすくて助かったよ」
「そ、そうですか。タイキのお役に立てて嬉しいです」
照れたようなミルルだが、この詳しい知識はさすがに貴族のご令嬢というべきなのだろうか。
でもそれよりもこんな顔のミルルも可愛いなと俺は思ってしまって、慌てて本に目を移す。
それによるとこの「精霊使い」とやらは、その強力な精霊を、半自律的に使役して操り攻撃するらしい。
どうやら遠隔操作でき、そして単純な命令ならば自律的に判断してその場で行動ができるようだ。
しかも巨大な力を持った精霊がである。
「これは確かに危険だな。でも一国の姫を封じようとするって、一体どんな理由があるんだか」
「危険だから封じた、という線が濃厚かもしれませんが」
「……これでアホな理由だったら、俺、怒るぞ?」
そう呟いてみて、なんとなくサーシャの性格を思い出すと、ありそうな気がして不安を覚える。
さり気なくミルルの顔を見ると、ミルルも微妙な表情になっていた。
けれどサーシャ姫といえば、
「そういえば一週間後にこの町にサーシャ姫が来るんだったか」
「ええ。でも女神様のお墨付きのサーシャ姫はここにいて。となると影武者でしょうが……」
「一体何を考えてこの町に来るんだろうな。何だかきな臭くなってきた気がするあまり関わらないようにしよう、巻き込まれたくないしな」
「そうですね。……これで調べ物は終わりですか? タイキ」
それに俺は、知りたいことは知ったので頷いたのだった。




