連日私をご指名ね
告げた言葉に目を瞬かせたサーシャは、
「では私は姫ではないようですね。というかこの私が姫なのはないと思うのです」
「俺もそうだろうと思うのだが、だとすると更に本体への道が閉ざされる事になるからな」
「もう本体なんて気にせずずっと寄生させてもらえれば私はそれで」
駄目な感じの幽霊のサーシャに俺が溜息をつくと、そこでミルルが戻ってきて、
「タイキ、戻ってきたのですか。それで、そのサーシャは何処の誰だか分りましたか?」
「いや、過去にはサーシャという「精霊使い」はいないらしい」
「過去、ですか?」
「ああ、現在いるその精霊使いのサーシャは、この国の姫だそうだ」
その言葉にミルルが黙る。
黙って小さく呻いて、それからサーシャの顔をまじまじと見て……再び呻く。
「いえ、うーん、言われてみると確かに……いえ」
ミルルが悩むようにサーシャを見て呻いて、更に頭を抱えて、
「サーシャさん、髪を下ろす事は出来ますか?」
「それは無理です。だってこれ、多分私が封じられた時にしていた髪形かと」
「そうですか。確かに言われていると似ているような気もして……」
けれどすぐに呻いてしまうミルル。それに俺は、
「そのお姫様に会った事があるのか?」
「ええ、以前我々魔族の国にいらした時に、お顔を拝見させていただきました。ただ……」
「ただ?」
「もっと理知的でお上品で知性のある方で……。少なくとも、『私を飼って!』といって、タイキにまとわりつくような雌……ではなく、女性ではなかったのですが」
「……ミルル、今」
「何でしょう?」
ミルルが口にするとは思えないような言葉が少し出たような気がするが、微笑むミルルにそれ以上聞けない気がした。
そこでシルフが顔色を悪くして、
「お姉様、そろそろ満月が近づいています。言葉を気をつけないと」
「あ……そうですね。シルフ。……私、今何か妙な事を言っていましたか?」
「……ええ」
ミルルが気をつけないとと呟く。
けれど俺には何か分からず、
「その満月が近いと、どうなるんだ?」
「いえ、その満月の時は魔力が影響されて、私達魔族は膨れ上がるのです。ただ私達淫魔の場合は、その、は、発情状態となってしまいまして」
「そ、そうなんだ。へぇ」
「で、ですので、満月の夜はその……タイキを襲いに行ったりしないように、部屋には絶対に鍵をかけておいてくださいね!」
「も、もちろん」
必死にお願いしてくるミルルに、俺の心の中の悪魔が、鍵を開けておいて美味しく頂いてしまえとささやく。
それに俺は、それが出来るんだったら彼女の一人や二人、出来ているだろうがと叫ぶと、俺の心の中の悪魔が悲しげに去っていく気がした。
勝利したのに敗北したような感覚を味わっている俺は咳払いをして、
「こほん、それで確かに人格が違うんだな?」
「はい、もっと洗練された美しい方だったと私は認識しておりました。間違ってもこんな、タイキに寄生しようとする悪霊ではなかったかと」
「み、ミルル、もうすこしい抑えてくれ。でもそうなると彼女は誰なんだろうな。早速とっかかりが無くなってしまった」
他にもこの幽霊な生き霊のサーシャが一体何者かという話になるのだが、
「他に何か自分で覚えている事ってないのか?」
「でも、大きな手が私の本体を掴んで、その後運ばれている間はずっと袋の中でしたしね。本体前の記憶なんて全然ありませんし。たまにあの宝物庫の中をふよふよ飛んで様子見していましたが、防御がすごくてその宝物庫からも出られませんでしたし、人がその宝物庫に来るのもみませんでしたし」
そこで俺は引っかかる。
宝物庫に人が来なかった。
確かに頻繁に引く場所ではないだろうけれど、様子見に来る人間が全く来ないのもおかしいように感じる。
ましてや奪われて……となると。
「何処かの古い見知らぬ遺跡の宝物庫っぽかったか?」
「意外に新し目の倉庫みたいでしたよ? 私を連れ去った賊も、早くここの貴族に気付かれる前に逃げろって言っていましたから」
「貴族の屋敷だったのか! しかも、古い遺跡に閉じ込められてしまった謎の少女とか、冒険の匂いが凄くするのに、全く関係が無かったのか!」
「いや、えっと……ごめんなさい?」
「本当にごめんなさいだよ。ちょっとロマンを感じた俺がバカだった。……だがそうなると、最近、封じ込められたという話になるな?」
人が来たのを見た事がなく、それが貴族の宝物庫ならばそうだろうと俺は予測して、ついで、
「そういえばここの部屋が借りれるようになったのは何時からだ? もう一度ギルドに行って聞いてくるか? いや……部屋を借りる時に、確か契約書があったはず」
俺は、後で読もうと入れておいた傍の机の引き出しを探し、その契約書を読み……ひと月前だと分かる。
そして宝物庫の確認をひと月もしない貴族がいるのかは怪しいから、更に運ばれる時間を考えて、そもそも貴族の宝物庫が襲撃されるような事件となれば、
「ミルル、この世界の事情が分かるような--新聞は存在するか?」
「ええ、ありますが……それが何か?」
「その新聞で、ここ数ヶ月以内だと思う、貴族の宝物庫が荒らされる事件はなかったか?」
「申し訳ありませんが、何時も目を通しているわけではありませんので。それに、地域のニュースに限定されてしまいますし」
「そうなると、全国紙みたいものはこの世界に存在するのか?」
「たしかこの国の都市で発行されている新聞であれば、全国をある程度網羅していたように思います。図書館にはおかれていたかと」
「それを探しに図書館に行こう。それで何時頃にサーシャが封印されたかがわかれば、そこをとっかかりにして探してもいいんだが……」
そこで俺は考える。
ここまで推測が立った所で、あの最終兵器を投入すべきではないかと。
あの面白がる彼女であれば、調べるまでもなく全てをお見通しだろう。
但し、話してくれるか分からないが。
そして、俺も彼女に対して苦手な部分もあるのだが、俺はそれに関して諦めスマホをかざし、
「助けて、女神様ー!」
「はーい! やーん、タイキ、連日私をご指名ね。もう、サービスしちゃう!」
そう言ってぎゅうと俺を抱きしめた。
顔にぶにっと胸が当たるが、大丈夫、もう慣れたんだ、俺は大丈夫、そう繰り返して俺は修行僧のように必死に堪えた。
そんな俺に女神様が、
「タイキが焦らない。つまらないわ~、やっぱり女の子に囲まれた、ただれた生活を続けていると純情少年もこんなふうになってしまうのね。悲しいわ~」
「……女神様、それでお聞きしたいことがあるのですが」
俺は、この女神様の性格に適応して質問していいかと問うけれど、それに女神様は、
「そこの幽霊の事? サーシャ姫よ? 他には?」
俺達にそう告げる。
質問をする前にまず答えの一端を教えてもらえた俺。
そして女神様が嘘をつくかといえば……この女神様の場合、嘘はつかずにはぐらかすだけのようなので、多分信用できる。
違っていたらその時はその時で、また考えればいいしと俺は思いながら、目の前で何が起こったのか分からず固まっている幽霊のサーシャに、
「良かったな、サーシャ。女神様のお墨付きをもらったぞ」
「え、ええ! 何でこんな場所に女神様が……」
「その辺の説明はその内に。それで女神様、このサーシャの体は……」
更に聞こうとする俺に、女神様は笑って、
「これ以上は、今はサービスできないわ。じゃあね。また新しい事が分かったら解説してあげるから呼んでね~」
これ以上はまだ答えないよと言って、スマホに引っ込んでしまったのだった。




