“人”のようなもの
さて、異世界に行くことは決まったが、そこでごそごそと魔王ロリィが何かを取り出した。
「アケルナルとやらが落とした、その赤い球の複製品だ」
「あら、上手く複製できていますね。……今でほぼ同じ技術水準か。でも、私が落としたものがこうやって、複製されているとなると……」
ちらりと俺の方を見たアケルナルに俺はうめいた。
確かに拾ったのは偶然だがそれに気づかれて分析してしまったのは……と俺が思っていると、
「まあその扉の鍵はもう使えないようにしたからいいのだけれど。下地が魔族の異世界に向かう扉だからわかりやすいかもしれないわね。でもすでに貴方達と接点ができてしまった扉は排除したけれどね」
「そうなのですか?」
「ええ、敵に見つかったら壊してもいいことになっているからね。面倒だわ。普通に特定の場所からの転移も、大体がこちらの女神様には抑えられてしまうしね」
そのアケルナルの言葉に女神様は肩をすくめて、
「どこに穴が開いているのかが分かってとても参考になるわ」
「……皮肉を返されてしまいましたね。それで、どうするのですか? 異世界に行くための門は発見され次第処分することになっていますが」
そう言われて、確かに出会ったときのあの扉は壊れていたが、サーシャが開いたあの扉はどうだろう?
「以前遭遇した時にあったあの扉はどうですか? 閉まっていったあれです」
「あれは……あれは、まだ処分していないわね。幻覚の可能性も考えたから」
もごもごとアケルナルが俺の方をちらちらと見ながら頬を赤らめているようだが……そんな甘い展開になりそうな要素は今までなかった。
そもそも鍵となるものを複製したりしている時点で嫌われていそうである。
こうやって話を聞いてもらえる状態であるのは、このアケルナルが“大人”だからだろう。
そう思っているとそこでアケルナルが、
「私の話を聞いていますか?」
「は、はい」
「復唱してください」
「……そのたまたまであった遺跡の扉を見に行くのですよね?」
「そう、この前のね。鍵は……そこにいるサーシャという姫に固定されているようだから、たぶん開くわね」
俺はサーシャの方を振り返る。
サーシャはびくっとしながらも、
「幽霊だった時に同化したので、元に戻ってもその効果があるらしくて」
「それはいずれ消えるのか?」
「さあ、どうなんでしょうね?」
「……日常生活に支障はこなさそうだから構わないか。それで、出発はいつになっているんだ?」
俺が問いかけると、それに答えたのはリズさんだった。
「思い立ったが吉日で、今ね」
「……サーシャ姫が元にもどってすぐですか?」
「ええ、どのみち随分と騒ぎになったので、少しぐらい功績を立てておいた方がいいと思うわね。すごく怒っていたし、サーシャ姫の両親が」
それは国王たちなんだろうなと俺が思っていたがそこで俺は気づいた。
サーシャの顔が青い。
そしてくるりとリズの方に顔を向けて、
「まさか。それで。リズに再教育」
「ええ。そのような案も出ていましたね」
「タイキ、この件は絶対に成功させましょう、再教育は嫌です!」
サーシャが必死になって俺に言ってくる。
なんでそんななんだと思いつつ、
「でも姫だから一度城に戻って話をつけてきた方がいいんじゃないのか?」
「こ、この状況でそんなの無理です! 自分で幽霊になっておいてこんな失態を犯したと言ったら……レテ、チルド伯爵、私はタイキ達と一緒に異世界に向かいます。父と母に事情の説明をお願いします」
それにしぶしぶといった形でチルド伯爵が頷き、レテは無表情に頷いていた。
また、リズはマーヤに一緒に来るかと聞いていたけれど、
「ここがマーヤの家だからここにいる」
「マーヤ!」
リズは幸せそうだった。
さて、そういった話を一通りした所で、ようやく俺たちは異世界に向かうことになったのだった。
元から道具は沢山あるために一度俺達の家による必要もなかった。
そのままみんなで向かっている中で俺は、ミルルたちも一緒に来てくれた。
「ミルルたちもいいのか? 危険だろうけれど」
「私達は魔族の代表も兼ねて向かうことになっています。でもシルフは危険だから戻っていいのよ?」
そこでミルルがシルフに話しかけるがシルフは首を振る。
「こんな機会でないと異世界なんて見に行けませんから。ちょうどいいです。エイネも行くって言っているし」
「エイネもいいの?」
「私もシルフと同じ意見かな。様子見もあるしいざとなったら全員眠らせるから問題ないわ」
シルフとエイネがそう答える。
余裕があるように冗談を言って見せるエイネ。
人が多い方がいいのは事実でその提案を俺は甘受しつつ、そっと女神様に問いかける。
「いざとなったら、俺たち全員この世界に転送は出来るのか?」
「できるわよ。もっともそれは交渉決裂の時ね」
「それでも、最終手段があるから安心だ」
それに女神様はくすくす笑って、
「まあ私はついていけないけれどね。あちらの神の干渉しないことにしているし」
「鈴にお願いすればいいか」
「そうね、そうして。もしくはスマホかしら。そこは“人間”のネットワークに一部つながっているからそれ経由であれば、何とかなるはず」
“人工知能”は“人間”の物やいう事には手出ししないよう設定されているから。
そう小さく女神様はささやく。
それもあって俺があちら側に向かうんだよなと思いながらさらに進んでいく。
やがて以前と同じように“鼠森の螺旋の塔”にたどり着く。
途中の回まで飛んで最上階を目指す。
魔物は適当に倒して奥へと進んでいく。
リズが一番後ろを歩きながら、まだまだ詰めが甘いわ、教育したいと呟いていたのが非常に気になったが、ここで話すとそのままサーシャの恐れる再教育コースに突入しそうだったので聞かなかったことにした。
そして異世界の扉の前にやってきて、開けとサーシャが呟くと扉が開いていく。
背景は砂漠。
けれどそこには一つの“人”のようなものが存在していたのだった。
“人”のようなもの。
どうして俺がそう表現したかというと、まるで銀色の粘土細工のように、頭と手と足が人の形をしている……そこにいたのはそんな存在だった。
それがなぜこの場所に突然と俺が思っているとそこでその“人”のようなものがどこからともなく声を発した。
「“人間”……やはり、“人間”……命令を……お願いします。この世界、無理……侵略、取り戻す……自己の保持……」
途切れ途切れの言葉から、どうやらこれが壊れた“人工知能”であるらしい。
そして“人工知能”自身が自己を保持するために、侵略を求めているようだった。
しかも“人間”である俺を見分けて、指示を待っているらしい。
「鈴、この“人工知能”は本当に壊れているのか?」
「……こちらを認識して、指示を待っているから、かけられた制限の部分は生きている。そして人間を模した物を送ってくるあたりで……」
「それとも修正できる範囲なのか? なら、これを直せないのか?」
「……確かに異常行動をとっていたけれど、幾つかの機能は生きている、と見ていいのかな?」
「以前俺がここで接触したのを覚えていて、“助け”を求めに来たんじゃないのか?」
鈴は沈黙する。
沈黙してから小さく、
「ちょっと話してくる」
そしてしばらく沈黙してから、鈴は口を開いた。
「会話がある程度できるのであればそれも視野に入れて検討するって。要はおかしくなって暴走状態なのを懸念していたのだけれど……こう出られるとね。タイキ、この“人工知能”に待機するよう伝えてくれるかな」
「現状で待機するように」
鈴に言われた通り告げると、“待機”しますと答え彼はそのばから消えた。
とりあえずはこちらへの侵攻を“人工知能”側から言い出すのはやんだはずだ。
そこでアケルナルが、
「何が起こったの? 今のは私達の世界の“神”で、なんでいうことを聞くの?」
「えっと、俺と、鈴は微妙だが、あちらの世界の人間ではないんだ」
「え?」
「さらに別の世界の人間で、その、アケルナル達の“神”と関係がある。だから今みたいに話が通じたんだ」
「……」
絶句したようにアケルナルが俺を見た。
けれどそれ以上俺は特に説明もできそうになかったので、俺たちはその扉へと足を進めたのだった。