昔から?
サーシャの体が白い光に包まれる。
つまりこれで、元の姿に戻るのだろうか?
それともモザイクをかけないといけないような画像が現れるのだろうか?
二つの意味でどきどきしながら俺はその様子を見守った。
やがてその白い光が収まり、砕かれた水晶の中に目を閉じたままのサーシャが眠っている。
そこでゆっくりサーシャの瞳が開いていく。
緑色の瞳が見開かれていく様は、美貌の姫君が目覚めているというある種の感動を呼び起こす……気がする。
そう思いながら俺も含めて静かに待っているとそこでサーシャが眉を寄せて、
「体が重い……ふぎゃあああああ」
そこで、アホなことを口走ったサーシャに向かって目にも留まらぬ速さで何かが飛んできた。
白い残像を残し小気味の良い音の響くそれ。
俺にとっても、女神様に使われて苦い思い出を想起させるあの、“ハリセン”である。
その“ハリセン”を手にしたのはメイドだった。
そこでメイドが冷たくサーシャを見下ろしながら、
「これだけ実なに心配をお掛けして目覚めたばかりの一言が、体が重い? 本気ですかサーシャ姫」
「ふ、ふえ、レテ。だ、だって幽霊の時みたいにふわふわしないし」
「人間は重力に従うのです。それで、他に言うことがありますよね? サーシャ姫」
メイドのレテと呼ばれた彼女がサーシャにそう告げる。
それにサーシャは涙目で、
「え、えっと、そうだ! ようやく人間に戻れたのでご飯が食べられる……ふぎゃああああ」
「間違えるごとに一発です、姫様」
「あうあう……あ、えっと、皆様ご心配をお掛けしました。申し訳ありませんでした」
「……正解です。私達皆心配をしていたのですよ? サーシャ姫」
「……ごめんなさい」
落ち込んだようにサーシャは謝る。
けれどこのメイド、サーシャに対しては容赦がないようだが、サーシャの事は大事に思っているようだった。
そこでリズが現れて、
「お食事の準備が整いましたよ。あら、レテ、嬉しそうね」
「はい、お師匠様」
「サーシャ姫がいなくなったと聞いて、怪しい貴族の家に単独潜入するわ色々していたものね。元に戻って良かったわね」
「お、お師匠様、そのあたりのお話は……」
レテが顔を赤くして焦っている。
それを聞きながら、随分、
「活動的なメイドさんなんですね」
つい口に出してしまうとそこでリズが、
「メイドは完璧ではないといけませんから。料理から戦闘まで全てをこなす、それこそプロフェッショナルです」
楽しそうに笑うリズを見て俺は、それは多分メイドではない……だがその言葉を俺は、必死で飲み込んだ。
イロモノじみているが、そういった人達なのだろう。
この世界の物理法則に突っ込んではいけないように、これはきっとこの世界の“仕様”なのだろう。
少し無敵すぎる気がしないでもないが。
そう思いながら俺はそこであることに気づく。
つまりここにいる先ほど目覚めたばかりのサーシャの顔色が悪い。
どうやらリズを見てそうなったようだ。
そしてその視線に気づいたらしく、リズが珍しくにまぁと笑った。
「お久しぶりですね、サーシャ姫。思い出されましたか私の事」
「……」
「その様子では思い出されたようですね。ですが、精霊を探すのに幽霊にならないとと考えるのはいただけません。生身のままで見つけ出し、奪い去る程度の実力を常に保持せねばいけません。……再教育が必要ですね」
この時のリズの輝くばかりの笑顔を俺は、一生忘れないだろうと思った。
そして、サーシャはというと、
がたがたがたがた
顔を青くして小刻みに震えている。
そんなに凄いことになるのだろうかと思いながらも俺はとりあえず、声を変えることにした。
「サーシャ……姫。姫の状態でははじめましてかな?」
「あ、タイキ、そうですね初めましてです。そして、タイキにはいっておくことがあるのです」
「? なんでしょうか」
「デートの約束は守ってもらいます!」
俺は凍りついた。
そして周りも凍りついた。
いや、俺はデートの約束をしたのではなく、
「擬似デートの約束では」
「どっちも同じような物です。さあ、遊びに行きましょう!」
「……ただあ遊びに行きたいだけか。……まだ幾つもすることがあるからそれが終わってからな」
「はーい。うん、よしよし、そんな風にタメ口でいてくださいね、タイキは」
「あ……」
「お姫様命令です。よし、これでようやく元に戻ったわけだし、美味しいものを沢山食べるぞ……レテ、顔がなんとなく怖いけれど」
「……姫さまの体調管理も私の仕事です」
そう告げたメイドのレテを、サーシャは絶望したような表情で見ていたのだった。
食事の場所で、サーシャはレテに食べるものを管理され、そのとなりで杖の妖精のミィがが幸せそうに延々と菓子を食べている。
この杖の精霊はどうなんだろうと俺は思ったが口には出さなかった。
そこでリズがある人物を連れてくる。
アケルナルだ。
「……大丈夫でしたか?」
「ふふ、心配してくれるのは嬉しいけれど、私は貴方の敵なのよ? もう少し、警戒スべきだわ」
「すみません」
「謝る必要はないわ。でも、そうね……それでどうする? 私達をどうやって止めようと思っているの?」
楽しそうな問いかけに俺は少し黙ってから、
「力を背景に、これ以上こちら側に干渉しないようにと押さえ込みます」
「でもあちらがわ、私達の世界は切羽詰っているの。この状態で、どうする?」
「……あちらでは一体何が起こっているのですか?」
「魔力の急速な減少。そして我々の“神”と呼ばれているものは、足りないから侵略しろと言っているわ」
「足りないから?」
「ええ、誰もが自分の欲望に忠実だったというだけ」
「こちらから取ればいいから、現状に甘んじている、とはいえませんか?」
いまの言い回しにふと思った俺は問いかけると彼女は嗤う。
「そうよ、でもより豊かになりたいのは誰でも同じ。そして私達は力を持っている、ある程度圧倒できる、ね」
「でも俺達のような人間もいる」
「そう、だから根本的に計画は見直さないといけない。そして、私達に分かりやすい形でその力を見せてほしいのよ」
つまり、相手に分かりやすい形で“力”を見せつけつつ、ある種の譲歩を引き出せと言っている。
ただそれは、
「こちらからの侵攻をそちらの侵攻の口実にされても困ります」
「気づいてしまったのね、それも確かにあるわね。……でも招待した貴方に力を見せてもらうのは構わないでしょう?」
「それは、まあ」
「それに女神様とも少しお話したけれど、こちらの世界に私達の中でも神と同格に崇められている触手の精霊がいるそうね」
「……います」
「私達にとって精霊は信仰の対象よ。交渉するならうまく手を貸してもらうことね。特にその精霊であるならばなおさら、ね」
気づけば女神様ともお話をしたらしい。
そしてその交渉の席に俺はついて俺も、彼らと話をしないといけないのだろうか?
だがそれでこの世界の侵攻を止められるならば、俺もやってみる価値が有ると思う。
そう思っていると女神様が現れて俺に笑いかける。
「覚悟は決まった?」
「なんとなく色々俺に向かって丸投げされている気がしますが、俺もこの世界に愛着があります。だから、俺なりに少しはお手伝いしますよ」
「ありがとう、タイキ。タイキは昔からおひとよしだものね」
そう笑った女神様の笑顔が鈴と重なる。
えっ、と俺が小さな声を上げた所で……俺は、上も下もない青い夜空のような空間に放り出されたのだった。
ようやくここまで書けました、長かった……次回、ちょっとした説明といいますかネタバレ回になるかな。ただ、そうなってくるとジャンルをどうしようか考え中。色々放り込みすぎた気がします。
明日は更新……出来るといいな