淫魔の魔法を使う
図書館の外にあのニセモノの怪盗を吹き飛ばしたはいいが、そういえばここは住宅街の一角にある図書館だった。
しかも今の時間はそれなりに人通りも多い。
このまま郊外にまでこのニセモノの怪盗を吹き飛ばせればいいが、そう簡単にうまくいくだろうか?
そう思っていた所で直ぐ側で声がした。
「え、えっと、助けてもらったのよね? 私」
アナルケルが顔を赤くして俺にそう言ってくる。
なので頷くと彼女は何かを考えてから、
「……ハダルを倒せるかどうかは別として、ヘタをすると私も裏切り者になってしまうわね」
「……俺達と話しているから、ですか?」
「ええ、元々彼、女である私が上層部にいるのは気に入らなかったみたいだし。私も前からアイツの事気に食わなかったから、そうね……私も私で、“保身”に走らせてもらうわ」
「? どういう意味ですか?」
「貴方があのハダルを倒すか、捕らえるか、取り逃がすかで、対応は変わるということ」
「そのどれか全てで対応は変わるということですか?」
それに彼女が珍しく面白そうに笑う。
「貴方が彼に倒されるか倒されないかの二択で今後の私の行動が決まる、ということです」
「では、俺達は勝たないといけないですね」
そう返しながら彼女との会話を終わらせて、俺はその開けた穴から外に出る。
すでに何事かと人が集まってきていたが、エイネが、
「変な人が突然壁を打ち破って出て行ったんです!」
そう叫んだ。
そしてエイネの周りに人が集まり、エイネが説明している。
図書館に壁穴を開けてしまったが、緊急事態なので仕方がない。
あちらはエイネに任せておけば良さそうだ、そう思っている内にミルルや鈴が出てくる。
どうやらシルフもあちら側に残り、あのアナルケルの様子を見るのとエイネへの手助けに回るようだった。
だから俺達はこの敵に集中すればいい。
そう思いながらも俺は周りを見回す。
住宅が立ち並び、けれどこの場所は広場になっていた。
そこそこ人もいるが、広い空間なのでその分流れ弾が飛んでも住宅への被害は最小限に抑えられる。
問題はなんだろうと見ている野次馬たちだ。
気持ちは分かるが目の前の彼を抑えこむのに巻き込まれる可能性がある。
「この野次馬、この場からいなくならないか。人質にされても面倒だし」
「危険と判断すればこの場から慌てて逃げていくでしょうが……」
「周りの人間にあのニセモノ怪盗が手出しできなければいい、つまり俺とあいつを含めた結界をはればいいってことか」
防御用のそれを張ってしまえば周辺に被害は行かない。
俺は即座に選択画面を呼び出して防御用の魔法を設定する。
と、こちらの話し声が小声で聞き取れなかったらしい目の前のニセモノ怪盗が、
「なるほど、この前の戦闘で学習し防御を初めにしようということか?」
などと言っているのは都合が良かった。
認識の違いが俺達にとっては運がいい。
もっとも即座に選んだ魔法を待ってくれる程度に彼が優しいというわけではなかった。
彼が指輪のようなものを使うと周囲に炎が現れる。
道具を使って魔法を使うのが錬金術でもあるらしく、周囲には炎の塊が浮かび上がる。
一つ一つが、俺達の身長ほどもある大きな炎だ。
「……防御の範囲をそこそこで固定化すると俺達が追いつめられるか?」
「……相手が普通に攻撃してくるのであれば私に考えがあります」
ミルルがそんな事を言った所で、鈴が銃を取り出した。
次々と宙に浮く銃が焔に向かって弾を打ち込むけれど、その炎は少し小さくなっただけだった。
「ちょっと弱めの氷系の弾丸は聞かないみたいだね。でも外れると困るし……炎よりもあのニセモノの怪盗のほうを狙ったほうがいいか」
鈴がそれからニセモノの怪盗に狙いを定めようとした所でその姿がすっと横にずれる。
それこそ一瞬の瞬く程度の間に移動する。
同時に鈴の狙った弾が外れて周囲に小さな氷の柱を作り上げる。
人に当たるとそれはそれで大惨事だ。
急いで俺は結界の準備を始める。
そこでミルルが俺の手をとった。
「タイキ、魔力をお借りします。“淫魔”の特性である魔法を使います」
「どんな?」
「タイキの魔法ではあの炎を反射させる魔法を限定的に生じさせるのには、タイキ自身が呪文を唱えないといけませんが、この特性を使えば今、防御の魔法をタイキが作り上げている間に私がそちらの魔法を組み立てて使えます」
「……確かに俺の魔法はやろうと思えばその範囲に固定する形で反射できる魔法は作れるが、それは次に生じさせるのなら、再び呪文という形の魔法しか無い」
「そうなのですか? 私なら特定範囲内で魔力さえあればその魔法が発動している時間内で反射する板のようなものを幾つも生じさせられます」
「すごいな、よし、頼んだ」
「はい!」
そういった話になって俺は防御の呪文を唱える。
ミルルもその魔法を使おうとしているらしく俺の知らない呪文を唱える。
それをやりながら俺は、やはりゲームの中の魔法しか使えない弊害がこんな所で出てくるのかとも思う。
もう少し現在の俺の持っている魔法で応用出来る部分がないか今後考える必要があるのかもしれない。
そう思っていると鈴が再びニセモノ怪盗に攻撃を開始する。
本体を狙うも避けられているが、とりあえずはこちらに近づけないようにしているようだ。
そして飛んできた炎に関しては、
「何だか大変なことになっていますね、ほいっと」
「あー、私もちょっと協力するか~」
そう言ってサーシャが次々と、“氷の氷結”という小さな瓶に砂状のものが入った攻撃用の爆弾モドキを取り出す。
対象に触れると爆発して炎であれば消しされるが、残りはどれ位あっただろうかと思う。
もう少し威力の高いものなら沢山作っていたのだ、魔物相手だから。
対人戦に関しての対策を立てておくべきだったと今更ながら後悔するが、サーシャとその精霊ミィのおかげで今のところこちらに飛んで来る炎は全部無力化している。
だが鈴の攻撃も当たらない程度に目の前のこのニセモノ怪盗の動くは早く魔法も強力だ。
結界がはれれば強力な魔法をいざとなったら生死を問わずといった形で撃つことも最終的には考えないといけない。
一応は、この世界のものであれば体力のようなものも見えて、気絶する程度までと制限できるがい世界の彼らに対してはどうかはわからない。
そう思いながら俺はそこで、呪文を唱え終わる。
「“風の断崖”」
そう呟くと俺の足元にいつものように魔法陣が広がり、この広場を囲うように結界をはる。
驚いたような声が聞こえた。
「自分達を守るためではないのか?」
「俺達の魔法は威力があるから周りに被害が大きいんだ」
「……その余裕いつまで続くかみものだな」
気分を害したらしく、ニセモノの怪盗がそう叫ぶ。
その間も炎が次々と襲いかかってくるも、何とかそれを抑えていく。
やがてミルルが小さく呟いた。
「“白の鏡”」
同時に白い光がミルルの足元から走って複雑な模様を描き上げていく。
その白い光は結界の境界に当たると反射して、まるでこの地面を塗りつぶすようだ。
その光が幾筋も動いて加速していき結界内が白く塗りつぶされると、
「範囲設定完了、後は空間に固定するだけです」
ミルルが俺にそう告げたのだった。