私も参戦予定です
それから俺は、ミルルの姉、シャルとその夫であるウィークと一緒に、うどんのお店に行く事になってしまった。
何でもこの地方の有名な食べ物になっているらしい。
ちなみにサーシャは今日はお留守番らしい。
何でも元に戻るのに緊張して、夜に眠れないらしい。
だから家で明るい内は眠るそうだ。
それはどうなんだろうと思いつつ、シャルの姉が持つガイドブックによれば、周辺の街にも知れ渡る有名な物なのだそうだ。
身近すぎるうどんは、この世界でも身近になりつつあるらしい。
着々と、うどんによる世界征服の準備が整っているようだ。
「特に被害はないから構わないか」
「? どうしたのですかタイキ」
ミルルに聞かれたので俺は、以前鈴が言っていたのを告げると、ミルルはおかしそうに笑った。
「なるほど、さすが鈴、面白いです」
「本当にな。これくらい穏便な侵略であれば良いのだけれどな」
「そうですね。そういえばタイキはシャル姉様達にその辺の話は?」
「詳しくはしていない。……あまり人に話すような話でもなかったしそれに、邪神様がシャルの姉と夫のウィークを狙っていたり俺の事も狙っていたりして、それどころではなかった」
「そうでしたね。うん、そうでした」
ミルルが笑うのを見て俺は、自然と俺自身も笑ってしまう。
そうしている内に鈴のうどんのお店にやってきた俺達。
お昼よりも少し早い時間帯のためか、人はいなかった。
そして顔を上げた鈴が、
「あ、タイキいらっしゃい、今日も?」
「今日もそうなるな」
「連続して食べると、うどんになっちゃうぞ?」
「いや、ニュルニュルな触手邪神が俺の家に来たばかりなのでそのネタはやめてください」
「分かった、やめる。……でも私の方に来なかったわね」
「精霊がいないからじゃないのか? 精霊に会いに来たって言っていたし」
「……そうなんだ。ふむ、なるほど……うーん、もしや何か気づかれている?」
「何がだ?」
「大したことじゃないから。それよりもメニューを決めてね~、それと新製品水ようかんが今日はあるよ~」
「早速作ったのか」
「うん、サーシャの杖の精霊用に。でも今日はいないんだね」
「サーシャに付き添っているからな」
何処か遠い目をして俺がそう告げると、鈴が不思議そうに聞いてくるので事情を話した。
どうやら納得してもらえたようだ。代わりに、
「水ようかん、お土産で用意しておくね」
「よろしく」
「いえいえ、それで注文は何にする? シャルさん達、凄く唸ってメニューを見ているけれど」
「あー、未知との遭遇をしているから……あれ、俺今、シャルさん達を鈴に紹介したか?」
鈴はミルルの姉、シャルとは面識がなかったはずだが、そう思って聞くと鈴が手を振って、
「ミルルにそっくりだから。新婚で、ほら、魔王の城にタイキが行った時に出会ったっていう話も聞いていたし」
鈴のその話を聞きながら俺は、確かに言われてみればと思う。
シャルは姉妹というだけあってミルルによく似ている。
これから推察すれば自ずと分かる内容だった。
そうだなと俺は答えて、その二人に近づき、どういったものが好みかを聞く。
するとシャルはお魚が好きだそうで、逆にウィークは野菜でないと嫌だそうだ。
ウィークは肉類が苦手であるらしい。
そういった話を聞いて、今日は美味しいお魚が手に入ったらしくそれを鈴がてんぷらにするらしい。
また、ウィークには野菜のかき揚げか、個別で上げたものを別立てで出すかといった話になり、野菜の味を一つ一つ味わいたいからということで、お皿にうどんとは別に用意することになった。
それから俺達の番になるが、
「じゃあ、シャルさんと同じもので」
「私も」
「「私も」」
シルフとエイネの声が重なる。
どうやらタンパク質? が欲しいと思ってしまうお年ごろなのは、俺だけではないようだ。
そしてうどんを待っている間、ミルルと目が合った。
何かを俺に聞きたそうにしているように見えたので、
「ミルル、俺に用があるのか?」
「……ここにはサーシャがいないのですが、サーシャが元に戻るのって明後日ですよね。元に戻ったらどうしますか?」
「別に。お姫様として生活することになるのだろうから今までみたいに自由でいられないと言っていた」
「確かに。それはそれで少し寂しい気もしますね」
それを聞きながら俺は、感傷的なミルルに言うべきが言わないべきか迷ったが、いうことにした。
「まずここで考えておきたいのは、サーシャがお姫様時代に何をやっていたか、だ」
「夜な夜な外に出て、悪者を退治していたのでしたか」
「そうだ。それくらい自由なお姫様なのに、元に戻った所でこれまでは……一緒に暮らしていたのがそうでなくなるだけで、サーシャ自身は来たいと思えばいつでもここに来れそうな気がする」
「……それもそうですね。寂しいような気がしたのは気のせいでしたね」
ミルルが嬉しそうに微笑み、けれど何処か投げやりなように言っている。
だがそんなミルルに俺はさらに続ける。
「だが、これからについて俺は真面目に考えてみた。そう、今考えているのは、そんな自由なサーシャの“お守”のようなものをさせられるかもしれないという恐るべき事実だ」
「……何となく手を焼いていそうですしね」
「そうだ。だがあくまで想像の範囲内だし、記憶が戻った途端もう少しあのドジッ娘ではなく頼れる感じになってしまうかもしれない。ミルルが会った範囲では、違った雰囲気だったんだろう?」
「はい、もう少し知的なではありましたが……よくよく思い出すと、怪しいなということが幾つか」
トロンとさせた瞳のミルルが俺にそんなことを言う。
ようはサーシャは姫時代は、一応は取り繕う事が出来たらしい。
それでも今よりは幾分かましになるのだろうか?
もう少ししっかりしてもらえればなと思いつつも、人間そんなに記憶あるなしで変わるのだろうかという不安が俺の中に残った。
そこでミルルが、
「でもそうですね。私、サーシャに負けません。うん、頑張らないと」
一人つぶやいている。
どうやら何かを競争しているらしいと思っているとそこで鈴が、
「なるほどなるほど~、ちなみに私も参戦予定です」
「! 負けません!」
「私もだよっ、というわけで、よし、お魚と野菜の天麩羅完成っと」
そこで輝く黄色い衣をまとった天麩羅を鈴が見せつけてくる。
重々と美味しそうな音と油の臭がしていたが、出来上がりを見ると美味しそうだ。
そしてうどんと天麩羅を受け取りながら、さあ食べようかと俺が楽しみにしているとそこでそれまでの黙っていたシャルが、
「そういえばミルル、もう固有魔法は使ってみた?」
「! ま、まだです」
「慣れも必要だから、そっちの練習もしておいたほうが良いわよ。この前なんてウィークがね……」
何故か愚痴が始まっていたが、そういえば淫魔には他者の力を使って魔法が使えるという能力があったよなと思いだした。
でもこの話を聞いていると信頼出来る相手からの魔力は効率的に使えるらしい。
ただ、その分ウィークさんは大変なことになっていそうではあったが。
そう思いながらこの魚の天ぷらはうまいなと思っているとエイネが一人、何か雑誌を呼んでいる。
見るとこの前の図書館の幽霊に関する話で、シルフも興味があるらしく二人で覗いている。
何故好き好んで怪談話を読むのか、その神経が俺には理解できない……そう俺が思っているとそこで、
「また、最近は当図書館では新しい“精霊”に関する本を購入し増やしています、だって。それ目当てで幽霊が出るのではと言った冗談、ね」
「面白い冗談です」
と笑っているのを聞きながら俺達の図書館のシステムが頭に浮かぶ。つまり、
「……図書館は、誰かがその本を購入して欲しいというと入れてくれたりするのか?」
「? はい、そうですが」
ミルルがそう答えるのを聞きながら更に俺は、
「ではその幽霊が“精霊”に関する本を頼んでいる、という可能性は?」
「幽霊でなく人間だったならそうですが、どうして“精霊”について調べるのでしょう」
「……考え過ぎかもしれないが、“精霊”があの異世界では重要な存在のようだった。だから調べている?」
「……見に行って何事もなければ、いいですね。もしかしたならただの趣味な人がいるのかもしれませんし」
「そういえばギルドのお姉さんはそんな感じだったな。あの人の陰謀だろう、うん。見には行くが。鈴はどうする?」
そこで四角い水ようかんをお皿に乗せていた鈴が俺の方を見て、
「もちろん行くよ。明日の午前中、ちょっと修理の関係があってお休みだから、朝タイキ達の家に迎えに行くよ」
「よろしく」
そうして俺達は、普通にうどんを楽しみ、そしてミルルの姉達と別れて、水ようかんをお土産にして家に戻ったのだった。