邪神がやってきた
訪れた邪神様(触手美少女、男女わけ隔てなく襲うらしい)が俺の家にやってきた。
ここの住所も何もないのにここに辿り着き、彼女は美少女の姿で現れたのである。
しかも、来ちゃった、というに軽いノリで。
「よし、逃げるか」
「逃げたら、触手責めです」
「逃げないのでそれは止めてください」
「そうですか? 逃げなかったらじわじわと責めましょうか」
「め、女神様~、へるぷみー」
気に入られているようだというか獲物として狙われているようだと危険を察知した俺は、女神様に助けを求めた。
そしてその声を聞いて、
「はーい、珍しく切羽詰まった声に聞こえたわね。そしてよくここが分かったわね、邪神ちゃん」
「はい、私の種が以前ここで開放されていましたので、その気配がここにいる方に染み付いておりましたのでそれを追いかけてまいりました」
どうやら以前手に入れてしまった触手の種が原因であるらしい。
なんて事だと俺は思いながらも種というと、
「植物なのですか?」
「確かに植物系にもなれますが最近は鉱物系も良いのではと思っております。やはりあまり細かなギミックは使わずにストレートにつるつるというのがスタイリッシュな気がするのです」
「そうですか、触手も色々大変なのでしょう。それでは失礼します」
語りだした彼女にそう言って俺は、扉を閉めようとした。
それが閉まれば全てがなかったことにしようとしたが、
「今、この扉を閉めたら触手責めですよ? ……あら?」
そこで気づけば邪神さんの後ろに誰かがいる。
背の高さから見ると子供のようだが、邪神は少し驚いた顔をした。
「あら、もしかして貴方、“原初の魔族”の子? まだあちらにいるのではなかったの?」
「……やはり、貴方だったのですか。どうしてこちらに?」
「こっちに来るのは私が先だと思うと、最後に別れた時に伝えたでしょう? 貴方はまだあちらにいたいと言っていたから、幾つもこちらへの行けそうな場所を教えた後、貴方の前に現れなかったでしょう?」
「いえ、そちらではなく何故、タイキの所に?」
「ん? 気になる子がいたから。でも女神様のお手つきらしいの。困ったわ~、あ、女神様、少しだけそこにいる男性を縛ってもいいですか?」
そこで邪神の彼女がとても良い笑顔で、ハアハアしながら顔を赤らめて女神様に聞く。
美少女は普通の美少女でいい、変な性癖を付けないでくださいと俺は思った。
そんな俺の気持ちを汲み取る気があるのかないのか女神様は、俺をじっと真剣な目で見てから次に邪神を見て、
「……縛るだけなら、あり?」
「無しです!」
そう俺が即座に答えると女神様と邪神は残念だわ、と笑ったのだった。
マーヤに何が飲みたいのかを聞くと、ココアと答えたので、ココアを作ることに。
今日はほんのりオレンジの香りが香るココアであるらしい。
さてそれは置いておくとして。
「そもそも何が御用でこちらに?」
「いえ、貴方ともう一人が気になったからここに来たのだけれど……もう一つ気になるものが見えたわ」
邪神がそう言って、先程から飴を食べて幸せそうな、杖の精霊であるミィを見る。
ミィはよく分からず首を傾げてから、すぐに目を細くして邪神を見る。
それから邪神の上から下まで見て、次に近づいてきて匂いをかぐような仕草をして、
「あなた、人間じゃないわね」
「ご名答、何だと思う? 魔物?」
「……精霊」
「大正解!」
嬉しそうに邪神が手を叩く。
一方俺としては、
「精霊は珍しいのでは?」
「そうよ? 特にあちらの世界はね。だから私以外は数名しか知らないわね」
「……数名もいるのですか?」
「あら、この世界の方が精霊は沢山いるわよ? あ、なるほど。どうも人間とあまり関わり合いたくないみたいで、隠れているのよね。だから人間は精霊がそんなにいないと思っているようなのよね。そんなわけで私はこの世界の精霊達に、ご挨拶に伺っているの」
「そうなのですか。別に遺跡で待ち伏せしているわけではなかったのだということですね」
「……にこっ」
邪神が微笑むだけでそれ以上は答えなかった。
背筋に寒いものを感じた俺は、
「精霊を追いかけているのは分かりましたがどうして家に?」
「気配がしたから追いかけてきたの」
「精霊のですか?」
「そう、ここにもいるしね」
笑う邪神に俺が、
「ミィのことですか、なるほど」
「……ふふっ」
「何で意味深に笑うのですか」
「さて、何ででしょう? ちなみに間違えたら触手責めね」
「沈黙します」
「残念だわ」
見事に俺の質問を封殺した邪神は、それ以上精霊関係を聞いてもどうにもならなそうだった。
代わりに少し彼女から話を聞こうと思う。
「今こちらに侵略してきている世界から来たのですね」
「そうなるわね。あの子たちが気の毒だから錬金術の発展のお手伝いをしていたのだけれど」
「発展ですか?」
「ええ、精霊だから魔力の動きなども分かるし、私は暫く魔族の技術を見ていたしね。それを少し教えたりお手伝いしていたのだけれど……」
「けれど?」
「私は鼠なの。沈みかかった船から真っ先に逃げ出す、ね」
遠回しにあちらの世界が終わりだと言っている。
それが彼らがこちらを狙う理由なのだろうかとふと思う。
そこでマーヤが、
「でもまたあえて嬉しい」
「本当にね。今はどうしているの? 魔族の所にいるの?」
「うんん、違う。人間の、リズの所にいるの」
「リ……ズ……」
名前を聞いた邪神がそこで動きを止めた。
どことなく顔色が悪い。
そして彼女はココアを一口飲んでから息を吐き、
「別にリズという名前は他にもいっぱいいるし」
「あら、そのリズだと思うわよ? 邪神ちゃんに触手プレイをした」
沈黙した邪神。
そしてまたもリズさんの武勇伝を聞いてしまった。
触手邪神に触手って……そう俺が思っていると彼女は、
「さて、この話はやめましょう。今日は普通に精霊の仲間に会いに来ただけだしね」
「そうなのですか」
「ええ。それはそうと、誰かまた来たようだけれど、よろしいのかしら」
邪神が俺の後ろを指差すと同時に声がしたのだった。
ミルルが現れた二人に、
「シャル姉さん、それにウィークさん、どうしてこちらに? 新婚旅行なのでは?」
「新婚旅行ついでに寄ったのよ。ミルルとシルフはどうしているのかって。そして、タイキさんの様子を見に」
そこでシルフの姉シャルが、俺をちらりと見た。
その意味深な視線というか、その視線がこんな女の子に囲まれてというようなゴミを見るような目……のような気がしたが多分気のせいだった。
周りの女性陣全員を見てから次にエイネを見て、
「エイネちゃんもこんな所にいたのね」
「はい、ここを格安で貸してもらっているんです。しかもこれなら歌っても大丈夫なんですよ」
「まだ歌姫の夢を?」
「はい!」
「……そう、ご両親はいつでも帰りを待っているわよ?」
「……」
黙ってしまうエイネにシャルは困ったように笑う。
そんな二人を見ていた邪神がそこで、
「その二人は、新婚さんかしら。魔族の。それもエルフと淫魔の組み合わせ。綺麗どころが二人ね」
「そうですね」
俺は特に考えずに返事をすると、邪神がそこで笑い、
「新婚の男女二人……美味しそうねぇ……二人揃ってしていいかしら」
「……鬼畜過ぎるのでは?」
「そう? 初々しい感じがまた、うふふふふ」
「俺の家で止めてください。あと、そんなものは見たくないです」
俺のその言葉に、シャル達は分かっていなかったようだが、ミルル達はほっと胸をなでおろしているのが見えたのだった。