ハーレムの定義
邪神と遭遇したり(何となく気に入られた気がする)、イケメンハーレムを見たりと俺の心は荒んでいた。
約束通り、鈴の店でうどんを食べながら、無料でついてきたいなり寿司を食べる。
甘辛く煮た油揚げが魅力的な、いなり寿司の中の酢飯にはごまが入っていて美味しい。
ただ、以前味噌を作った時と同様、これは豆を使っているのだろうか……という疑問を持った所でどうしようもないし、異世界なので俺は深く考えないことにした。
とりあえずはうどんを食べつつ深々とため息を付いた俺に鈴が、
「あれ? 美味しくない? うどん」
「いや、うどんは美味しい。ただちょっとさっきの事が気になって」
「何が?」
「触手の邪神に何となく気に入られた気がして、次に家を尋ねると言われたことかな」
「……あ、うん、がんばれ」
「鈴も気に入られたようだから人事じゃないんじゃないのか?」
「私は遭遇したら逃げるから」
「よし、俺も逃げよう。さて、その件については片付いたとして……」
そこで俺は深呼吸してから、落ち着かせるようにうどんの汁を味見してから、
「アレックスという男がさっきいただろう。ミルルも覚えているだろう」
「え? あ、はい。いましたね」
「ミルルから見てどうだった?」
試しに聞いてみると、ミルルは目を瞬かせてから、
「イケメンでしたね。一緒にいる女性達に人気があるのも分かる気がしました」
「そうか、そうだよな。そうか……」
「どうしたのですか? タイキ。表情が暗いですよ」
「いや、ああいうのをハーレム状態っていうのだろうかと思って」
「……」
つい呟いてしまった言葉に、ミルルは無言になってしまった。
だが俺としては、もう少し俺にとって都合のいい展開でも良いんじゃないかな、とも思ったのだ。
そこでそれまで黙っていたシルフが嘆息するように、
「ハーレムって、何をしたいんですか?」
「あんなアレックスみたいな感じかな」
「つまり、素晴らしいです、タイキ様と私達にまた言って欲しいと?」
「あれは止めてくださいお願いします」
俺が切実にお願いするとシルフは少し考えこんでしまった。
鈴とミルルは何とも言えない表情で俺を見ている。
何故か一緒に連れてきたサーシャや、女神様も面白そうに俺を見るために出てきてしまった。
今はこの店が開く前で、俺達だけ先に食べさせてもらっている状況なのでここが幽霊の住まう“うどん屋”という悪評だけはなくて済みそうだ。
そこでシルフは、
「まず定義から行きましょう。タイキの言うハーレムとはどんなものですか」
「……周りにいっぱい女の子がいる事かな」
「……いるじゃないですか。鈴に、ミルルにサーシャに、女神様、私、エイネはまだバイト中ですが、これだけ女だらけでは?」
「いや、もっとこう、あのアレックスみたいに」
「? つまり、恋愛したいと? 回りにいる女性は皆、彼に好意を持っていましたね。イケメンですし」
「そうそう……いや、そこまでの恋愛は必要ないです。はい、いえ、ハーレムは特には望んでないです。ええ」
俺はそこで慌てて言い直した。
なぜなら女神様が俺の頭の上に胸を乗せて意味深に上から手を伸ばして俺の頬を撫ぜている。
俺の貞操が危険で危ない。
やはり俺にも好みがあるわけで、尻に敷かれそうなのは何となく嫌だ。
というか良いように弄ばれてしまいそうなのが……。
「タイキ、そんな遠慮しなくていいのにね?」
「いえ、ご遠慮します」
俺はそう返しながら必死でこの場からどう逃げようかと画策した。
すると女神様が、
「なんだ、いい加減美味しくいただけるかなって思ったのに。残念だわ」
クスクス笑う女神様の声が聞こえて、女神様はそのままスマホに帰っていった。
危なく俺はまたもフラグが立ちそうになったと思っているとサーシャが、
「でもハーレムですか?」
「いや、その話はもう良いから」
「女の子が沢山出てくればハーレムですし、男の子がたくさん出てきて異性が一人なら逆ハーレムって言われてませんか?」
「……」
「それとも全員と結婚するのですか?」
「……やめようこの話。そういえば、もう残り3日か。サーシャが人間に戻るまで」
「話を変えようとしても無駄ですよ~」
「そうしたらここのうどんにでも、食べに来たり出来るか」
それに反応したのは鈴だった。
「ぜひ食べに来てよ! とっても美味しいよ! そしてサーシャ姫が食べに来ましたって宣伝して、この世界をうどん屋で支配するの!」
「まさかそのような目的があったなんて。この世界は“うどん”に支配されてしまうのか……という冗談はおいておいて、いいですね。皆美味しそうに食べていますしこんな料理知らないや。あ、でもミィはなにか食べられそうなものはここにありますか?」
「……となると新メニューを考えないと。……やはり和菓子か」
といって何かを考え始めた鈴。
デザートがこのうどん屋では増えるかもしれない。
そう思いながらうどんを食べていた俺は、あるものに目が行った。
それは定食屋やファミリーレストランなどで置かれているような雑誌の類である。
そこは夏の怖い話特集というものが載っていて、見出しにはここの町の図書館には幽霊が現れるとか何とか。
俺が凍りついているとその視線に気づいたらしいミルルが、
「あ、有名ですよここの図書館に幽霊が出る話。確か精霊系の本棚の所で見かけて職員が声をかけると消えるので、精霊ではないかと言われていたのですが……図書館に精霊がいるはずもないので、見間違いだろうという話になっていましたね」
「そ、そうか見間違いか。うん」
それを聞いた俺は、またも心霊スポットが存在しているという事実に頭痛がしたのだった。
鈴にお稲荷さんをおみやげに貰って自宅へ。
エイネが戻ってきていたのでそれを渡すとこんな美味しいものがあるんだと喜んでいた。
鈴の味付けのセンスはなかなかのものである。
でもここまでこの世界の人達の味覚が俺達の世界の人間の味覚と似ているのは不思議に思う。
場所によって、塩味を異様に感じてしまったりする人達もいるらしいのに。
けれどその辺の事情は考えても出てこなさそうなので、俺はその日は特に何も考えずに睡眠をとる。
その次の日は遺跡に行ったのでお休みにし、けれど休みの日はすぐに過ぎていき……。
「サーシャが元に戻るのは明々後日か。だいぶ近づいてきたな」
朝食を食べた後、事前に印をつけておいたカレンダーを俺は確認する。
それから今日はまだ予定がなかったなと思っているとそこで、誰かが扉を茶托おとがする。
今日は特に来訪者の予定がなかったはずだがと思って、いつもの様にマーヤが来たのかと思って扉を開ける。
そこにいたのは美少女だった。
だが美少女でも俺は関わりたくないたぐいのものだった。
「来ちゃった」
来なくても良い、俺はそう思わざる負えない。
だってそこにいたのは、この前遺跡から帰る途中にであったあの、邪神だったのだから。