遭遇した人物
冒険者らしき人の悲鳴が聞こえた。
同時に俺達も走りだす。
「待ってください、何だかいいものがあった気がぁあああ」
「きっと気のせいだから行くぞ!」
いいもの、恐らくは魔石が転がっていたのだろうが今は人命優先である。
走っていく最中ここは10階だと気づく。
“魔物使い”が現れるのは、12階のはずなので恐らくは関係ない、と思いたいのだが、
「サーシャ、一応、階は違うが“魔物使い”が現れている可能性があるから準備をしておくように」
「うう、はーい」
そう言ってゴソゴソと箱の中に戻ったサーシャは、すぐにニュルンと現れた。
手に持っているのは赤い砂の入ったガラス管のようなものだ。
大きさでいえば先ほど雷の魔法を使ったあの瓶よりも更に小さく、部屋の謎の飾り物に出来そうなそれだが、実は先程のものよりも危険なのだ。
「そこまでするのか?」
「先手必勝です。さっきのコウモリよりも強そうですし」
ニパッといい笑顔でサーシャは笑った。
この幽霊、調子に乗っている……だが今回の主役はサーシャだしそれに、俺の作った魔法道具なのでそこまで大惨事にはならないだろうという判断だった。
そしてようやく倒れている冒険者が見えてきて、戦うような音も同時に聞こえてくる。
魔法などが使われているようだけれど、
「く、全然効かない、この化物が」
「撤退しましょう! 私達の手に余るわ!」
「だがこれ以上、被害を出すわけには! それにセレナの仇を……おや」
そこで戦っている男(そこにいたのは一人だけ、後は女。倒れているのも女)が俺達に気づいたようだ。
しかも俺達はようやくその男が何と戦っているのかに気づく。
いたのは大きな蛇の魔物とその周りには小さなそれに似た蛇の魔物。
明らかに事前情報よりも魔物の数が多く、そしてそのボスらしき人物と仲間らしき男が五人。
こちらも依頼の時点での情報と異なっている。
しかもいるはずの階層が、さらに下に下がっている。
ギルドに依頼されたのを事前に察知して、新たに来る冒険者を狙って場所を移動したということだろうか?
敵の作戦勝ちだなと思いながら、サーシャに、
「サーシャ、出番だぞ!」
「はーい、というわけで、とりゃー」
変な掛け声を上げながらサーシャが準備しておいたその赤い砂の入ったガラス棒を投げた。
それは丁度、一番大きな蛇である、確か“ジャソク”の額に当たり割れた。
中に入った砂が、周囲に飛び散ると同時に、爆発する。
灰色の煙と爆音、チラチラと輝く赤い火の粉。
こんな閉じた空間で使うんじゃなかった、というか此方側に風が吹いていたと思って俺は考えの甘さを呪う。
この状況でも体力などは観測できるが、この煙を吸い込むと何だか気持ちが悪い。
そう思いながらも敵の状況を見ると、目の前にいた蛇達の体力は消失して、その背後にいる男達にもいくばくかのダメージを受けているようだ。
その男達もこの煙で視界が閉ざされているのを利用してこちらに仕掛けてこようとしているようだった。
とりあえず俺は、近くに来たら殴るようの棍棒……ではなく、近接用の魔法の杖を用意する。
一発殴るとともに電流が流れて気絶までしてしまう(但し生命の危険はない)魔法の杖を呼び出して準備していた。
俺の前に現れたのは、一番体力のあるボスのような男で、手には剣のようなものが握られていた。
ギラリと銀色の刀身が光るのが見えたが、それよりも俺の杖を振り下ろすほうが早い。
ゴスッ
鈍い音とともに、ツーと体力が削られていくのが見える。
これはとても便利だ、なにせ相手がどんな状況か数字で見れる。
そして完全に殺す状態には持って行かなくてすむ。
そう思っていると今度は風をきる音がした。
何かが俺の頭上を走っていったのを感じていると、煙が晴れてくる。
そして、頭上を凪いでいったのが鈴の持つ巨大な鎚だと知る。
たしかにあれだけの大きなものが動けば空気が移動して煙は晴れるだろう。
それと同時に、シルフが駆け出し鎌で殴りつけ、ミルルが弓で次々と敵を倒した。
ちなみにサーシャは煙が晴れると同時に、転がっていた魔石に魅了されたらしくせっせと拾っている。
敵を倒すという敵への一撃目は果たしたので、後は好物に向かっているのが脱力するもののサーシャらしいと言えそうだ。
さて、こうして俺達は敵を倒しきったわけだがそこで、呆然としたように先ほど襲われていた冒険者が立っている。
一応はそのリーダーであるらしい男性に、
「えっと、とりあえずは倒しましたが、仲間の方はどうでしょうか」
「! そうだ、セレナ!」
慌てて倒れた女性の方に向かって走っていく彼。
よくよく見るとイケメンだった気がする。
そして回りにいる女性も綺麗な人ばかりで何人も……。
俺は、嫌な予感がした。と、
「セレナ、これを飲め」
「んんっ」
瓶から薬を取り出しのませている。
体をなおす魔法薬の類なのだろう。
しばらくすると目を覚ました彼女に仲間達が集まり、良かったと喜んでいる。
とても良い光景だが、時々女性たちの会話で男の取り合い押しているような台詞が聞こえるのは何故だろう?
俺の穿った色眼鏡がそのような幻覚を見せているのだろうか?
そうだ、そうに違いない。
そう思っているとそこでリーダーの男が俺に近づいてきて、
「助かったよ、俺はアレックス。冒険者をしているものだ」
「タイキです。俺も冒険者で、依頼を受けたのでここに来た所、貴方がたの悲鳴が聞こえたので」
「そうでしたか、助かりました。セレナが倒されたりして撤退するのも、といった状況ですから」
「いえいえ。ところでそちらの女性達は……」
「仲間です」
そう答えたアレックスだが次の瞬間セレナという倒れていた女性が、
「恋人です」
「私もー」
「私は妻ですね、嫁です」
「えー、ずるーい、じゃあ私も嫁で」
と言った一緒にいたらしい女の子三人という美人がそう言っている。
そしてアレックスが困ったように何かを注意しているが、俺は、俺は……。
「タ、タイキ、大丈夫?」
そこで鈴が珍しく俺の心配をするように言ってきた。
だが目の前でイケメンが美少女に取り合いをされているという光景を目撃させられて、
「俺だって、俺だって物語みたいなハーレムが欲しかったんだ!」
そう叫び全力でその場を逃走した。
一秒としてもこの空間にいたくなかったのだ。そこで、
「ここは突っ込むところなのでしょうか」
シルフがそんなふうに呟いたことなど、俺は知る由もなかったのだった。
全力疾走して上の階に登った俺は、精神的な疲労という名のストレスを魔物にぶつけることにした。
現れた、魔物を次々と倒していく。
何故か女性陣は、タイキの気が済むまで付き合いましょうと小さく話していた。
微妙に生暖かい優しさに包まれながら最上階に近づく。
そんな中でサーシャは一番幸せな状況にあったと思う。
積極的に倒した魔物から得た魔石を手に入れてすすすっと箱に戻っていく。
サーシャが主役とはいえ、何だかなと俺が気づいたのは最上階に来た時だった。と、
「よし、最上階だからそろそろ下に降りようね」
「鈴、どうしてそんなに嬉しそうなんだ」
「いえいえ、魔物を倒してそこまで強くなりたいのとか」
「だがまだ俺は満足できない。やっぱりちょっと高い買い物でもしてしまおうか。杖とか、材料とか」
「うーん、だったらうどんに課金しようよ、うどんに」
「それは、トッピングというのでは」
「新メニューががあるんだよ。今なら実験台価格で、10割引き」
「何が追加だ?」
「いなり寿司」
それはトッピングではないと俺は思ったが、いなり寿司自体は好きだったのでそれもいいかなと思い始める。
そして魔石を拾っているサーシャに、
「じゃあこの辺で帰るか?」
「えー、じゃああそこに行ってからにしましょうよ。何だか体がムズムズしますし」
そう言われて俺達はそちらに向かった。
けれどそういえば以前ここには、異世界からの魔物のようなものが沢山いた気がする。
今日はどうしていないのだろう、そういえばこちらの方には来ていなかったなと思って歩いて行った俺達は、見てしまった。
設置されていたのは幽霊屋敷で見かけた大きな扉。
うわ、見つけてしまった感がある。
そこで、サーシャが近づき、
「開けー、開くのですぅ」
と冗談を言った。
だがそれと同時にサーシャの体が淡く赤く光って、その扉が開き始める。
その扉の先には砂漠が見えてそして、この前、取り逃がした彼女が立っていた。
同時に彼女も俺たちに気づいたらしく、ちょ、と声を上げていたが、
「と、閉じろです~」
とサーシャがつぶやくと同時に閉まっていく。
そして完全に閉まってから俺は、
「よし、逃げるぞ」
その言葉を合図に俺はその場から逃走し、空をとぶアイテムを使い20階から地上に逃げ出したのだった。