口は災いのもと
次の日、妙に早く目が冷めてしまった俺だ。
「何だかそわそわするな」
今日は、ミルルとの擬似デートである。
だが、仮のデートとはいえ可愛い異世界の女の子とである。
「うん、まあ……その対象にはなれないけれど、役得だよな」
そう思いながら今日着る服はどうしようかと迷う。
やはりデートというからには、良い服が良いのだろうけれど、
「デートに着るような服ってどんなだ?」
突然つきつけられたその現実。
実は洋服も幾つか買ってあったりするし、ゲーム内で使う服などもある。
だがそれらは、冒険に行ったり近くに買い物に行くような服なので、デートという特別な時に着ていく服ではない気がする。
なんてことだ、こんな所でリア充トラップに引っかかってしまうとは!
俺が驚愕する。
していた。
けれどこんな所で立ち止まっていてもなと俺が思ってとりあえずいつもの着ている私服に着替えて、朝食でも作るかと思って部屋を出るとそこにはサーシャがふよふよしていた。
どうやら一人のようだったので、
「サーシャ、どうしたんだ?」
「タイキ……いえ、もう少し、後6日で私は帰るんだな思っただけです」
「帰ればいいじゃないか。ようやく元に戻れるんだし」
「それはそうなんですが……」
サーシャはそう言いながら、俺の方をちらちら見る。
なので俺は、
「いつでも遊びにくればいい。待ってる」
「……何だかんだでタイキは優しくて面倒見がいいですね」
「いや、いつまでも魔力の石やら何やらを求められても困るし」
「ひ、酷い」
「というのは半分冗談で」
「半分本気なんですか!?」
「あー、はっきり言おう。寄生されるのはやっぱり俺も嫌だ」
「い、一応姫ですしお手伝いも出来ますし、それでも嫌ですか!?」
「いや、幽霊にとりつかれるのはちょっと」
一応見知ったサーシャやこの世界の精霊などを知ったし、魔力だと言われると何となく平気な気もするが……その辺の俺自身の嫌悪感は置いておくとして。
「前も言ったけれど、いつまでも俺に寄生しているわけにも行かないんだぞ? 異世界人だし」
「うう……はーい」
渋々といったようにサーシャが頷いてそこでサーシャは何かに気づいたようだった。
「タイキ、まさかその服でデートに行く気ですか?」
「え? それはまあ……タキシードとか着ていくわけにも行かないし」
「いえ、それ以前の問題です。いいでしょう、今日は私がデートのコーディネートをして差し上げます!」
それを聞いて俺は遠慮したかった。
けれどやる気満々なサーシャに押されて俺は結局、服を着替えさせられてしまったのだった。
着替えた後でもまだ早かったためか、結局、朝食を作ることにした俺。
「確か俺の世界のものに似た野菜が確か残っていたから、よし。これでナスの味噌汁と……」
といったように料理を始めようとした所で、
「あ、タイキ、おはようございます。もう起きていたのですね」
部屋からミルルとシルフが顔を出し、ミルルが嬉しそうに微笑む。
服も青と白の縞柄のワンピースというシンプルなものだけれど、いつもは結んでいた髪を下ろしている。
ネックレスは以前もらった真珠のものだろう、控えめながら上品に胸を彩っている。
いつも以上に綺麗な様相のミルルに一瞬俺は沈黙してしまった。
そこで下から声がする。
「そこの朴念仁、お姉様に言うことがあるのでは」
「? シルフ、何が」
「ほら、いつもと違うとか」
「綺麗だとは思うが、えっと、そうか。こういう時、綺麗だって言ったほうがいいのか」
「……そうです」
なるほどと俺は思う。
確かにこういった綺麗だと素直に口にした方がいいのだろう。
これがリア充の心得か、なるほどと俺が思っているとそこでミルルが、
「でも綺麗と言ってもらえて嬉しかったです。今日はよろしくお願いします、タイキ」
「あ、ああ、俺で良ければ」
そう答えた俺は今更ながら恥ずかしいようなそんな気持ちになる。
そういえば今まで女の子相手に綺麗だななんて言った覚えがあまりない。
……俺は思い出したくないので、それ以上は考えないことにした。
さて、そんな風に思っているとミルルが、
「何か朝食を?」
「味噌汁を作ろうかと」
「あ、あれですね。美味しかったです」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。作ったかいがある」
「では私もタイキの隣で朝食を作りますね、共同作業です」
ミルルがそう言っていたずらっぽく笑う。
でも共同作業……というと何となく、こう。
言ってもいいのか分からないが、こう……。
いやいや、多分気にしているのは俺だけだ。
そう思っていたらそこで俺は、半眼で俺を見上げるシルフに気づいた。
「何で俺をそんな冷たい目で見る」
「……ふと、世の中の小説や漫画には鈍感主人公や難聴主人公なるものがいたのを思い出しただけです」
「……いや、俺は敏いから関係ないな。そもそも主人公だったら、もっとこう、俺にとって都合のいいイベントがあるはずだ」
「……女神様に胸を押し付けられていたではないですか」
「あれはカウントしない!」
そう言い返した俺だがすぐに回りを見回す。
どうやら女神様が出てくる気配はないようだ。
良かった良かったと俺が思っているとそこで、
「今、大丈夫だったって安心したでしょう? タイキ」
「ふごっ」
そこで俺の頭の上に、背後から何か大きい物が2つが乗せられた気がする。
気のせいではないと俺が思いながら冷や汗を垂らしていると、
「まあいいわ、今日はミルルに免じて見逃してあげる。でも、私の気分次第でどんな“お仕置き”がタイキに待っているのか分からなくてよ」
「そ、それはR18グロの方でしょうか」
「エロのほうね」
「……」
「いい子にしていたら、まだ手出ししなくてよ? じゃあね」
そう言って女神様は、消えていきました。
俺は、これ以上は触れないでおこうと心に決めつつ、女神様のセクハラの度合いが段々にレベルアップしている気がした。
早く何か対策を立てねばと思っているとそこでミルルが、
「タイキは本当に女神様に気に入られていますね」
「……そうだな」
「何だかやけちゃいます」
「え?」
「さあ、朝食はスクランブルエッグにしようかな」
ミルルがそう言って卵を割り始めたのはいいとして。
今の言葉の意味について俺は冷静に考えて……つまりミルルは、男性とあんな風に掛け合いをしたいということなのだろうかという結論に俺は達した。
彼女いない歴という意味でプロの俺は、間違いないと判断して頷く。
そこでシルフが、
「でもお姉様、そうやって二人並んでいると新婚さんみたいですよ?」
「シ、シルフ、そんなわけないじゃない」
シルフはそこで無言で無表情に俺を見上げた。
何故か責められている気がした俺だけれど、多分気のせいだ、俺にはやましい所など何もない、と思いつつ不安を抱えているとそこで、
「あれ、ミルルも起きていたんだ。そしてどや、タイキの服があまりにもデートっぽくなかったのでちょっとお手伝いしてみました。どやっ」
「……私のため、ですか?」
「……? 気に入りませんでしたか?」
「いえ……そうですか、ありがとうございます」
そこでドヤ顔から不安そうな表情になったサーシャにミルルが困ったような笑顔でお礼を言った。
それにサーシャも嬉しそうに目を輝かせる。
何となくミルルはサーシャに引っかかりがあるように見えたけれど、気のせいであったらしい。
やがて、エイネや杖の精霊ミィが起きてきて、その頃になってようやく朝食の準備ができたのだった。
朝食を食べた後、俺達は早速擬似デートに向かった。
「今日はよろしくお願いします」
「こ、こちらこそよろしく」
そう俺はミルルに答えると、ミルルが俺の手を握る。
焦ってしまう俺だけれど、
「恋人同士は手をつなぎますよね」
「な、なるほど」
というわけで俺は、ドキドキするような変な感覚を覚えつつ、家を出たのだった。
タイキ達が出た後、エイネが、
「よし、つけましょうか」
「もちろん、変な行動をしないように追いかけましょう」
「「おう!」」
そんなわけでエイネとシルフ、サーシャにミィの全員が、タイキ達の擬似デートを影からこっそり見守ることにしたのだった。