お兄ちゃん、いじめないで?
現れた少女はミルルよりも若い少女で、髪も短く、ミルルよりも背も胸も小さい。
そこまで考えた俺はまず彼女に問いかける。
「えっと、君は……」
「だから言っているでしょう! お姉様から離れなさいと! それとも痛い目に遭わないと分からないの!」
「……まずは平和的に話し合おう」
「問答無用! 死ね!」
え、何だこの好戦的な少女はと思った所で、少女は大きな鎌を取り出した。
死神の持っていそうな黒い柄に銀色に輝く鎌。
俺も装備出来ないアイテムとして持っているので、そこそこレベルの高い武器だと分かる。
更に付け加えるなら、この装備の人間とゲーム内で戦った事がある。
物理的な攻撃は当たればもちろん切れ味が抜群にいいが、基本的には打撃のダメージが大きい。
俺は即座に、物理攻撃、防御用の杖を取り出した。
全体が銀色で、所々に埋め込まれた石が、魔法による武器に付加された威力を弱め、体制を強くする。
この杖ならば、切られたり壊されたりはしない。
もちろん持っている武器の主人が強ければ強いほどのそ威力が上がる。
とはいえこう見えても俺はゲーム内では中堅所だ。
よほど強いならともかく、そこまで圧倒的な差があるとは思えない。
なのでそこそこ対応できるだろうと俺は踏んでいたのだが、
「ふん、杖なの。ただの魔法使いか。お前のような防御に徹するしかない、接近戦の弱い職業の者が剣士である私に勝てると思っているの?」
どうやらツンデレ妹らしい。
色々と美味しいキャラだが、何分敵として見られているので可愛さを味わう余裕がない。
そしてそこで、その少女が大鎌を振るう。
それを防御する俺だが、風を切る音も含めて目の前に迫るそれは恐ろしい。
金属と金属がぶつかり合う音。
その衝撃は彼女の体に比例して小さいものだったが、平和な世界に暮らしていた俺としては、こんなものをすぐに振り回す少女がいる世界は、どんな可愛い容姿をしていたとしてもお断りしたい。と、
「なかなかやるわね、でもこの程度で調子に乗ってもらっても困るわね」
「いや、調子に乗っていませんし、変質者でもありませんのでやめてください、お願いします。ミルルからも何とか言ってくるれ」
俺が見るるを呼ぶと彼女は、
「シルフちゃん、その方は私達のパーティに入るのをお願いした方で……」
「! お姉様の名前を呼び捨てにするようなこんな平凡そうな男をパーティに!? 絶対おかしい、そんなの。お姉様は騙されているんだわ!」
「でもシルフちゃん話を聞いて。タイキは……」
そこで更にミルルの妹、シルフは怒りだす。
「お姉様が男の名前を呼び捨てにするなんて!」
「えっと、ではこれからミルルさんと呼びますので許して下さい」
「ふん、今更謝ったって遅いわ。お姉様に手を出したのが運の尽きよ! ここで引導を渡してやるわ!」
楽しそうに笑う、話を聞かないシルフに俺は真剣に考える。
やはり戦闘に従事しない方向でこの異世界ライフを楽しむべきだろうか。
そうだ、そうしよう。
俺がそう確信した所で、俺は気づいた。
「な!」
「ふふ、右から攻撃が来ると思わせといて、この短剣を仕込んでおいたの。これに懲りて二度と私達に手を出さないで頂戴! ……え?」
「え?」
そこでシルフの短剣が俺のわき腹に差し込まれそうになる。
多分致命傷にならない程度の攻撃だが、それに気づかず防御の遅れた俺はその痛みに恐怖する。
けれどその短剣が俺に差し込まれそうになった所で、高い音を立てて弾き飛ばされる。
シルフが疑問符を浮かべると同時に俺も疑問符を浮かべる。
何が起こったのか。
傷一つ無い自身の体を見て俺は、もしやこのシルフと俺との間には圧倒的なレベル差があるのではないかと気付く。
そうすれば武器すらも跳ね返すこの防御力には納得がいく。
というか、このシルフはどれほど“弱い”のか。
俺はそう考えつつその物理防御用の杖をしまう。
代わりにある別の武器を取り出した。
それを見てシルフが、
「それは、“ピコハン”!」
取り出した道具はピコピコハンマー……と同じ形状をしたピコハンと呼ばれる道具。
空気の入った強化型紙袋がはしについてハンマーーのようになっている、攻撃力ほぼ〇の武器だ。
それを持ち俺は、にやりと笑った。
「……話を聞かない悪い子にはお仕置きが必要だな」
「な、何よ、何する気なの、この変質者! ふぎゅ!」
そこで俺は力一杯、“ピコハン”をシルフに振りおろした。
大きな音がするが、攻撃力はほとんどない。
それに恨めしそうにシルフが見上げて、
「このロリコン! ふぎゅ!」
俺は“ピコハン”を振りおろした。
「鬼畜! ふぎゅ!」
俺は“ピコハン”を振りおろした。
「色情狂! ふぎゅ!」
俺は“ピコハン”を振りおろした。
「大体こんな女にモテなさそうな男なんか、お姉様にふさわしくないんだからね! ふぎゅ!」
俺は“ピコハン”をおもいっきり振りおろした。
そこでシルフは涙目になり、自身の持っている武器を消して、
「お兄ちゃんが、いじめる~」
そう言ってミルルに抱きつく。
そんなシルフにミルルが頭をなぜながら、
「でもこれで、タイキさんの実力は分かったでしょう?」
「うう、でも……こんな普通っぽい男よりももっとイケメンで強い男をお姉様は選ぶべきです」
「タイキは十分強いですよ。私はまだその片鱗しか見ていませんが」
「……お姉様、あの男が好きなんですか?」
シルフが怒ったように見上げてミルルに言うと、
「べ、別に私はそんなわけでは、そ、そうです、タイキに助けてもらったお礼も兼ねて、強そうなこともあってお誘いしただけです!」
そこで半眼になってムスッとした表情のシルフが俺を見た。
そして彼女は俺を更にじっと見てから、
「……そんなに強いんだったら、これから私達と近くの遺跡に行きましょう。私達にふさわしいか、そこで実力を見ます。……人が少ないからって、お姉様に変な事をしたら許しませんからね」
「……ふ、それを俺よりも弱いシルフが止められるのかな?」
先ほど散々ロリコンだのモテなさそうだの言われて頭に来た俺は、一言付け加えた。
そこでシルフは俺の傍に近寄ってきて、
「お兄ちゃん、いじめないで?」
「ぐふっ!」
微笑む美少女ならではの妹属性、その破壊力に俺は呻いた。
それにシルフはすぐさま半眼になり、
「やっぱり駄目ね」
俺はそんなシルフに何も言い返せませんでした。