【1品目】追放された日の夜に、腹ペコ魔竜をマヨネーズで懐柔する話
「カイト! 貴様の作る料理は理屈っぽくて華がない。今日限りでクビだ!」
美食の国・美食王国の王宮から、俺は着の身着のままで放り出された。
持っているのは、愛用の包丁一振りと、前世の日本で叩き込んだ『食の雑学』の知識だけ。
「……ま、いいさ。あいつら、パスタの茹で汁を捨てるような連中だ。いつか後悔する」
俺は夜の森を歩いていた。腹が減った。
ふと見ると、川べりに巨大な『氷結ワニ』が倒れている。氷を纏った希少な魔獣だが、何者かに仕留められた直後のようだ。
「お前……それ、食べるのか……?」
背後から声がした。
振り返ると、銀色の髪を乱し、薄いドレス一枚を纏った絶世の美女が立っていた。
しかし、その瞳には力がなく、腹の虫が「ぐぅぅぅ」と、およそ美女には似つかわしくない音を立てている。
「あんたが仕留めたのか?」
「そうだ……だが、魔力が尽きた。そのまま食べようとしたが、氷のように硬くて噛みきれん……」
俺がカイトと名乗ると、彼女はリヴィアと名乗った。伝説の氷竜の化身だという。
俺は苦笑して、包丁を抜いた。
「そのまま食うのは野蛮だ。……リヴィア、俺が『調理』してやるよ。あんたが今まで経験したことのない、最高の快楽を教えてやる」
秘儀《官能の乳化》
俺はワニの腹身、最も脂の乗った部位を薄くスライスする。
そして、荷物の中に忍ばせていた「野生の鳥の卵」と「果実酢」、それに「植物油」を取り出した。
「な、何をするつもりだ……? 混ぜるだけなら私でも……」
「いいや、これは科学(魔法)だ」
俺はボウルの中で、卵黄と酢を激しく攪拌する。そこに、糸を垂らすように少しずつ油を加えていく。
「リヴィア、見ていろ。これが『乳化』だ。本来、水と油は決して交わらない。だが卵黄に含まれるレシチンという分子が、水と油の境界線を壊し、手を取り合わせるんだ」
カチャカチャと心地よい音が響く。透明だった油が、魔法のように白く、とろりとしたクリーム状へと姿を変えていく。
「……白くて、ドロドロしている……。不思議な術ね……」
リヴィアは、出来上がっていくマヨネーズ状のソースを、熱っぽい瞳で見つめている。
俺はさらに、隠し味として『山ワサビ』をすりおろした。
「さあ、あーんしろ。ワニの冷たい脂と、このソースの熱が混ざり合うぞ」
舌上の絶頂
俺は、ソースをたっぷりと絡めたワニ肉を、彼女の唇に運んだ。
リヴィアは躊躇いながらも、その肉を口に含む。
「……っ!!」
瞬間、彼女の体が大きく跳ねた。
ドレスの肩紐が滑り落ち、白い肌がバラ色に染まっていく。
「あ、あぁ……っ! 何これ……口の中で、冷たかったお肉が……カイトの作った白いソースに包まれて、どんどん溶けていく……!」
「そうだ。ワニの脂に含まれるオレイン酸は口溶けがいい。そこにマヨネーズの乳化パワーが加わることで、ソースと肉が一体化し、舌の粘膜に直接ダイレクトに旨味が張り付くんだ」
「ひゃんっ! 舌が、舌が痺れる……! これ、何……!?」
「それはワサビのアリルイソチオシアネートだ。辛味成分だが、実は味覚を敏感にする効果がある。これによって、あんたの味覚は通常の数倍に跳ね上がっているんだ」
「はぁ、はぁ……っ! 嘘、体が……勝手に、ビクビクして……。美味しい、だけじゃない……。奥の方が、熱くて、疼くの……っ!」
リヴィアは、自分の胸元を抱きしめるようにして、地面に膝をついた。
その瞳は完全にトんでおり、口端からは一筋のソースが垂れている。
「……カイト、もっと……もっと私を、その理屈(知識)でめちゃくちゃにして……っ!」
追放された料理人と、食べることの悦びを知ってしまった魔竜。
二人の、胃袋を刺激する旅が、ここから始まった。
【今節の雑学:マヨネーズが分離しない理由】
マヨネーズが安定して混ざっているのは、卵黄に含まれる「レシチン」のおかげです。レシチンは「水に馴染みやすい部分」と「油に馴染みやすい部分」の両方を持っており、これが界面活性剤として働くことで、本来混ざらない二つを強力に結びつけているのです。




