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4.スベスベマンジュウガニは真正面に前進したい



不思議と安心する声だった。


さっきは皆を凍り付かせるような声だったのに。今は温かい。


全身が温かい毛皮で包まれているようで、自分の跳ねていた心臓も次第に落ち着いてきた。


ぱっと部屋の明かりがついて、突然の眩しさに目を細める。


「俺のかわいい、スベスベマンジュウガニ。」


「……え?」


「知ってる?スベスベマンジュウガニって、小さい癖に毒持ってんだよ?」


自分が帷さんの胸元にいることに気がついて、恥ずかしくなり慌てて離れようとした。


でも、帷さんに腕を引かれてもう一度抱きしめられる。


「……スベスベマンジュウガニだ。」


「スベスベマンジュウガニがいる。」


「帷の腕の中に、スベスベマンジュウガニが収まってる。」


周りからひたすらスベスベマンジュウガニの単語を発せられた。皆、どうしたのだろう?


そっと帷さんを見上げれば、なんともトロ~ンとした瞳で見つめられた。


「す、スベスベマンジュウガニの光る着ぐるみパジャマがこんなにもよく似合うなんて……!」


私から手を離し、ぱっと口元を覆う帷さん。


「うちの子、最高。見てみんな、うちの子、こんなにも俺の光る着ぐるみパジャマが似合って……!」


何を言っているのかと自分の姿を見下ろせば、いつの間にか服を着させられていた。


でも帷さんの言う通り、これは着ぐるみだ。しかも帷さんのパジャマらしい。


ところどころに茶色、いや茶色よりも暗い色の斑点模様が入っている。フードまで被されていて、フードの上を触れば、恐らくカニのような小さなハサミがついているらしい。



「話の基軸を戻すぞ。ページを無駄にした。」


冷静な彼が、私よりも冷め切った目で帷さんを見て言った。


ちなみに冷静な彼の名前はダニエルさんというらしい。彫刻のような造りの顔をしていると思ったらハーフだったようだ。


私は促されるまま、ダニエルさんと向い合せにソファに座った。スベスベマンジュウガニの着ぐるみパジャマを着たまま。



帷さんはソファに後ろにあるベッドで関西弁の彼、虎次郎(こじろう)さんといちゃいちゃしながら、ずっと同じようなことを呟いていた。


「はぁーどーしよ、どないしよ虎次郎、俺のぱじゃま、俺の光る着ぐるみパジャマあの子ノーパンで着ちゃってもうやばいよねやばいよね、ほぼもうそれは子供できたも同然だよね?!すべすべすべすべスベスベマンジュウガニの子供?!俺の子供?!どっち?!ねえどっち!?!」


「帷、あの子があのパジャマ脱いだ後、よーく探ってみ?もしかしたらスベスベマンジュウガニの卵がパジャマについてるかもしれへんで?」


「マジで?!うっそマジで?!ねえ虎次郎!うっそお前の発想力最低すぎてちょっと俺ついてけないんだけど!」


ダニエルさんの言葉に集中したいのに、スベスベマンジュウガニという言葉が頭から離れない。



「とりあえずお前の名前が山元織羽(やまもとおるは)だということと、至極学園(しごくがくえん)出身の高校3年生だということは分かった。」


「……」


私の毛根を見ていた時とは違い、また私に冷たい視線を送ってくるダニエルさん。私に対する警戒心は全くぬぐえていないようだ。


「ただ君が何者であろうが、モニカの身代わりであることに変わりはない。だから、残りの任期は全うしてもらうぞ。」


「任期?」


「"非女(ひめ)"としての任期だ。あと3カ月残っている。」


何度か出てきた"ヒメ"と言う言葉。


モニカさんの必死に逃げている姿を知る私は、それがおとぎ話に出てくるような"姫"ではないのだということはよく分かる。


「まず一に、非女は基本的に流星界の雑用だと思えばいい。」


「雑用?そうじ、とかですか?」


「掃除、もやってもいいが、それよりも男の欲求を解消してもらいたい。」


「……よっきゅう、…それって、」


「ああ、性欲処理をしてなるべくチームの闘争心を抑えるのが仕事だ。」


「そ、そう、ですか……。」


犯されたり叩かれたり、もっと酷い扱いをされるのものかと思っていたけれど、ただの性欲処理だと聞いて少し安心した。


といってもチームって、決まった人とやるということなのか、それともまさか、


「チーム全員の相手をしてもらう。」


「……え、」


「ただし1人1時間まで。集団を相手にする場合は2時間までだが、集団の場合はトップの許可がいる。常にトップが優先。非女に使いものにならない状態になられては困るからな。」


つまり、帷さんがいいと言えば集団での処理も当然あり得るということだ。モニカさんは、それだけ身体を酷使していたということだろうか?


「もう一つの雑用が、敵への潜入だ。」


「敵?」


「流星界には最強と謳われる帷がいる。当然敵は多い。メロウ、Backer(バッカー)Coilgun(コイルガン)がこの辺りに生息しているチームだ。特にCoilgunは一番の好敵手といってもいい。」


もしかして、これが"敵を誘惑する"ことにつながるのだろうか?


「あの、この世界にはいくつかのチームという括りから成り立っていると、そういうことですか?」


「括りとかそんな固いものじゃない。単なるはぐれた集まり、不良の遊戯だ。」


「……不良。」


思った通りだ。


ゲームの中の不良も、彼らのように夜中にウノをして騒いでいたから。


「ところで、私なんかが敵を誘惑、なんて、できるのでしょうか?」


敵を誘惑するためでもあった私の審査結果はどうだったのだろう?帷さんは合格だと言ってくれたけれど、審査の決定権はダニエルさんにあるような気がしてならない。


「リアリティのない身体ではあるが、うちのメンバーが直々にお前を調教していくだろうから大丈夫だろう。」


「……」


調教って。サーカスのライオンやクマじゃあるまいし。


あ、もしかしてハシビロコウの菊地さんも調教されたのだろうか?だから空も飛ばずバイクに乗る芸当を披露していたのだろうか?


「おうおう、俺が直々に調教したる♡ほーら早速おいでえなマンジュウガニちゃん♡」


虎次郎さんがベッドから私を手で、"おいでおいで"と誘う。


でもその手は帷さんがすぐにつかんだ。


「だめだめ、虎次郎はモニカみたいなベテランが好きっしょ?あの子はバージンだから虎次郎にはムリムリ。」


その言葉でダニエルさんが帷さんの方を向く。


「はあ?処女だと?嘘だろう。」


「嘘じゃないって!バージンだからそんないきなり虎次郎の変態プレイにはついてけないって!」


「なぜ帷がそう言い切れる。」


「だからっ!山元織羽はビッチじゃないから!おっとり純粋キャラの設定だから!!」


一瞬、静まり返るも、驚いた様子のダニエルさんと虎次郎さん。そして2人とは違い、微かに頷きを見せた竜彦さんと竜馬さん。


さっき帷さんが暗闇で言っていたスリーサイズに加え、処女だということまで知られているなんて……。


プライバシーも何もあったものじゃない。顔が自然と熱くなる。


「いや、処女だとしたらなぜモニカの身代わりになるなんて言った?!詳細は分からずとも、そういうことがあるかもしれないということくらい想像がつくだろう!」


今度は私に驚いた顔を見せたダニエルさん。なぜだろう。少し怒っている気もする。


「別に、それでもいいと思って。」


「お前、親御さんにもらった大事な身体をそう簡単にどこぞの馬の骨かも分からない連中に差し出してもいいと思っているのか?!頭おかしいのか?!」


「す、すみません。でも、私にはもう、行く場所もないですし」


「せめて最初くらいは好きな人間に捧げようとか思わないのか?!そんなに金が大事か?!」


「……お、お金?」


「金目当てじゃなかったら非女になろうなんて思わないはずだろう!!違うのか?!」


なぜ、なぜこんなにダニエルさんは、興奮して怒っているのだろう?ここにいる誰よりも怖いのは、ダニエルさんで間違いない。


とりあえず、初めてこの時点でお金の話を聞いた私。どうやらモニカさんの身代わりになればお金がもらえるらしい。月に20万円も。


しかもその他かかる衣食住や多少の娯楽も別で提供してくれるのだとか。


そうなんだ。知らなかった。


でも最後にダニエルさんは、落ち着いた様子で私にこう告げた。


「ただし、裏切れば100万円の罰金と拷問が待っているからな。」


罰金と、ご、拷問……?そういえば帷さんもさっきそんなことを言っていた気がする。


裏切るって、そんなことがこの環境でできるとはとても思えないけれど。


「例えば昔、流星界を内側から潰すために、非女を自ら名乗りでた女がいた。」


「……」


「その女が別のチームから派遣されたスパイだと知れた時、帷はその女をどうしたと思う?」


ダニエルさんの切れ長の瞳に、閃光が走るような鋭さで私を見つめる。


「帷はこの界隈では"悪魔の道化師"と呼ばれている男だ。」


悪魔の、道化師?


「帷は高笑いしながらその女を天井から逆さまにつり上げ――――――」

「ワーーーーーーーーー!!!!!!!!!」


帷さんがダニエルさんの唇にキスした。


ダニエルさんの顔が一気に青ざめる。私も同じように青ざめているに違いない。


そして怒ったダニエルさんが思い切り帷さんの顔に蹴りを入れた。最後にダニエルさんが私を見て言った。


「それと、ここでは恋愛は禁止だ。ここでは余計な情を持つだけ無駄だ。」


「……」


はい、と答えればいいのに、なぜか最後の言葉が一番威圧的に聞こえた気がして、私は何も言えなかった。


「おい帷。」


いまだ顔面に蹴りを入れられながら話かけるダニエルさん。


トップであり悪魔の道化師と呼ばれる帷さんによく蹴りを入れられるな、と思いながら、ダニエルさんの靴がねじ込まれる帷さんを見た。


「お前も、な。」

「……」


何も言わない帷さん。


いや、靴がめり込んで何も言えない状態の帷さんだ。


「ねえ、処女なら僕らが一番もらっていい?」


ずっと興味無さげに、目の前でポッキーを食べていた竜彦(たつひこ)さん。


私に、ではなく、ダニエルさんにそう聞いた。


でも帷さんがダニエルさんの足を押し返し、めり込んだ靴を顔から引きはがすと、靴を竜彦さんに向かって投げた。


「駄目。許可しない。」


「集団っていっても竜馬(りょうま)との2人でだよ?帷の許可いるの?」


「いる。」


「それに帷が非女の貸し出しを拒否るのってあの時以来じゃない?その子に何か特別な感情があるわけじゃないよね?」


「……。」


「恋愛感情抱いたっていいこと一つもないの、よく知ってるでしょ?」


「……」


さっきまで帷さんがこの空間を制圧していたと思っていたのに、急に周りから圧され気味になってしまった彼。


……どうしたというのだろう。


「まさか、菜々星(ななせ)のことを忘れたの帷?」


「……るさい、」


「過去に帷を裏切った女がいたことを忘れたとは言わせないよ。」


「うるさい。」


「あの時誰よりも傷ついたのは帷自身じゃないの?」


帷さんが怒っているのは明らかなのに、どんどん問い詰めていく竜彦さんの口調も荒くなっていた。


結局帷さんも最後は言い返せないままだ。


帷さんを裏切った人がいるって、つまり、帷さんとは恋人のような関係だったということだろうか?


帷さんは今日初めて会った人だし、この流星界のトップで悪魔の道化師と恐れられている人だし。さっきダニエルさんから恋愛は禁止と予防線を張られてたはずなのに。


なぜだろう。こんなにも息が詰まるのは。


私に優しく接してくれたことで、何か余計な感情が芽生えてしまったとでもいうのだろうか。


今はそうじゃないことを祈るばかりだ。






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