元筆頭魔術師でツンデレな師匠が、実は私のことを可愛がっていたみたいです
「師匠は今日も可愛いですね~」
「男に可愛いというな馬鹿が」
「だって可愛いんですもん!」
彼女は「師匠」である彼をテーブルに頬杖をついてにこにこと見ている。
「見るな、減る」
「減りませんよ! むしろ師匠の可愛さが倍増して……」
「するか」
森の奥深くにある小さな山小屋の中ではこんなやり取りが響いている。
「シルヴィア、そこにある薬品をとってくれ」
「は~い! あれ? 師匠もついに私のことを弟子と認めたんですね!?」
「認めてない。お前がちょうどいいところにいただけだ。早く取れ」
「は~い……」
シルヴィアは口を尖らせながら、彼に言われた薬品をとって渡す。
「ありがとう」
彼女は口が悪くとも必ずこうして「ありがとう」と自分に言ってくれる彼が好きだった。
(ルイ様って、今日も呼べなかったな……)
彼の実験に向き合う真剣なまなざしを見ながら、シルヴィアはそんな風に思った。
彼女とルイの出会いは、約一年前になる。
*****
王宮での政務活動を退いた魔術師ルイは、山小屋でひっそりと一人暮らしていた。
彼が華やかな王宮での仕事を手放したのにはある理由があったのだ。
『これも違う。どうしたら妹を救う薬ができるんだ……』
ルイの妹は彼の強力な魔法でも直せない病にかかってしまっていた。
現在の医療では治療法も薬もないため、ルイは彼女を助けるために山小屋にこもって薬の研究をしていたのだ。
そんな時だった、彼女がやって来たのは──。
大雨の中誰かが山小屋の扉をノックした。
『旅人か……?』
ルイがそう思って扉を開けると、雨でびしょ濡れになった少女が倒れ込んできた。
『おい!』
少女を抱き留めた彼は、急いでベッドへ彼女を運ぶ。
彼女の体は雨で高熱にうなされており、危険な状態だった。
薬箱から解熱剤を取り出して彼女に飲ませると、徐々に少女の呼吸も落ち着いて、熱も下がっていった。
そして、翌日にはすっかり元気になった少女がルイに向かっていう。
『私を弟子にしてください!』
こうして彼女はルイのことを「師匠」と呼ぶようになった。
*****
もちろん今日まで一度たりともルイがシルヴィアを「弟子」だと認めたことはない。
命の恩人だから、という理由で役に立ちたいという彼女を追い出すことはできず、彼女と共に暮らしていた。
「ねえ、師匠! これはなんていう薬草ですか?」
「ああ、これは煎じて飲むと疲労回復に効果があると言われている……って、何してる?」
「え? ああ、私も、この薬草を煎じてみようかと」
「そんなに疲れているのか?」
「私じゃありませよ。師匠に飲んでもらうんです」
「俺だと?」
「はい! 師匠昨日も徹夜してたでしょ! 知ってるんですからね!!」
シルヴィアはルイのことをよく見ていた。
好きだからこそ彼のどんな行動も気になる。
そして、そんな愛情たっぷりの言葉を受け続けていたルイもまた、少しずつそんな彼女の明るさに救われていった。
そんな日々が続いたある日、ルイが朝起きるとシルヴィアの姿が見えないことに気づく。
「あいつどこ行ったんだ?」
いつもならば彼女が「師匠! 私の愛を込めた朝ごはんができましたよ~!」なんて元気な声で呼びに来るのに……。
「シルヴィア?」
彼女の名前を呼びながら階段を下りて一階に向かうと、テーブルに手紙が残されていた。
「なんだ?」
中身を開けて読むと、こんなメッセージが書かれていた。
『師匠へ
一年間ありがとうございました。
悔いはありません。
シルヴィア』
その手紙の意味がわからず、ルイは考え込む。
「どういうことだ?」
彼女自身の性格に似合わない簡素で短い手紙。
それにルイが気になったところは「悔い」と言う文字だった。
「悔いがない、だと?」
その文字を見て彼の心は騒く。
それはまるでこの世に未練がないというような言葉で、ルイの頭に彼女の「死」がよぎった。
「あの、馬鹿!」
急いでローブを羽織ると、魔術で彼女の気配を追う。
彼女の気配は小屋から真っすぐに神殿へと向かっている。
「まさか……!?」
ルイは魔術で加速しながら彼女のもとへと急ぐ。
彼の脳裏には王宮で神官が話していた噂がよぎる。
『昨年、「聖女様」が見つかったらしいぞ』
『では、儀式が?』
『ああ、「聖女様」が十六歳の誕生日に行なわれるらしい』
「くそっ! ふざけるなよ……」
ルイは悪態をつきながら神殿へと走っていく。
そしてようやく神殿にたどり着いた時、ルイの悪い予想は当たっていたことを知る。
「シルヴィア!」
「し、師匠……!?」
シルヴィアは神殿の最奥にある鏡の前で神官たちに囲まれて座っていたのだ。
「なっ! 神聖な儀式の場だぞ! 立ち入ることは許され……」
「黙れっ!」
ルイの怒りの魔術が神官たちを吹き飛ばした。
「儀式なんて生贄と一緒だろうが! お前は俺の弟子だろ! 勝手に死ぬな!」
その言葉にシルヴィアの目は見開かれ、大粒の涙が溢れ出てくる。
しかし、神官は大勢おり吹き飛ばされた神官の奥から何人も神官が出てきては、シルヴィアを逃がすまいとしている。
その様子にさらに憤慨したルイは、神官たちに向かって声を荒らげる。
「お前たちは守り神が100年に一度要求する人間を『聖女様』と称して、生贄にしていたのか!?」
「生贄ではない! これは神聖なる神への贈り物なのだ。これでこの国はまた守り神様のもとで平穏に……」
「こんな少女を犠牲にした平穏のどこに意味がある!? ふざけるなっ!!」
ルイは右手を大きくかざすと、氷の刃を作って解き放った。
刃は真っ直ぐに鏡へと向かい、大きな音を立てて割れる。
「ああああっ! 貴様! なんという罰当たりなっ!」
「神官様ともあろう人が汚い言葉遣いだな!」
神官たちが慌てていると、割れた鏡から邪悪な手が伸びてきた。
その手は近くにいた神官を鏡に引きずり込んでしまう。
「ひいっ!」
神官たちがどよめく中、邪悪で低い声が神殿に響き渡る。
『イケニエをよこせ』
その声を聞いた神官の一人が叫ぶ。
「なんだあれは!」
すると、ルイが神官たちに叫ぶ。
「悪魔だ! お前たちの信仰していた守り神ってのは悪魔だったんだよ!」
「そ、そんなっ!」
神官たちが次々と悪魔に襲われる中、ルイは魔術を駆使して悪魔を攻撃する。
「さ、さすが『筆頭魔術師様』……」
「その役職はもう降りた」
そう言って神官の言葉に反論すると、ルイは一瞬目をつぶって神経を集中させて魔力を高めた。
そして、悪魔に向かって魔術を解き放つ。
「悪魔よ、これで終わりだ!」
「グおオオオおおーーーー!!」
耳をつんざくような叫び声が神殿に響き、そしてしばらくして静寂が訪れた。
神官たちが腰を抜かして皆動けない中、ルイはシルヴィアのもとへ駆けていく。
「大丈夫か」
「師匠、かっこよかったです……」
笑みを浮かべた彼女に、ルイは目を逸らして恥ずかしそうにしながら告げる。
「そこは『可愛い』って言え、馬鹿が」
国の守り神と信じられてきたものが実は悪魔だったという事実は、国民に衝撃を与えた。
と同時に、神官が国民に内緒で少女を贈り物と称して生贄にしていたことで神官への非難が集まり、神官たちは投獄されて「神官」という役職もなくなった。
一方、シルヴィアはルイとの家に戻って薬の研究の手伝いをしていた。
「そういえば、お前はなぜ私のもとへ来たんだ?」
ルイがそう尋ねると、「ああ……」と呟いた後で昔を懐かしむように語り始めた。
「私の母は師匠の妹さんと同じ病で亡くなりました。気味悪がって母のお葬式に誰も来なかった時、師匠だけが花を届けに来てくれました」
「まさか、あの時の……」
シルヴィアは小さく頷くと、感謝の言葉と共にルイに深々と頭を下げた。
「あの時はありがとうございました」
「ああ、君の母上には王宮で世話になったからな」
王宮で魔術師として働いてルイは、王宮の傍で寮生活をしていた。
その寮母だったのが、シルヴィアの母親だったのだ。
「お母さんと同じ病で師匠の妹さんが苦しんでいるって知って、何か私もしたいって。そしたら……」
その先を言えずにいる彼女に、ルイは尋ねる。
「なんだもったいぶって」
すると、シルヴィアは顔を真っ赤にしながら、思い切って告げる。
「好き!!になってました……師匠のこと」
伝えたはいいものの恥ずかしくなったシルヴィアは、その辺にあった布でテーブルを拭き始めた。
「ああ~今日はいい天気ですね~!」
上ずった声で言う彼女をじっと見つめた後、ルイはシルヴィアに近づいていく。
そして、彼はシルヴィアの頬に唇をつけた。
「へ……?」
「もっと可愛い声だせ、馬鹿が」
そう言って彼はニヒルな笑みを浮かべた。
「ずるいです……」
手で真っ赤な顔を覆ったシルヴィアは、そう呟いた──。




