ひと夏の夢、一夜の祭
夏休み。夏休みと言えば、親の帰省。小学四年生の女の子、鈴木 灯里(すずき あかり)は、そんな訳で、東京から、父方の祖父母の家に来ていた。
「今日は、お祭だから、おめかしせんとねぇ」
灯里の祖母は、灯里に浴衣を着付けた。灯里は全身鏡の前で、くるくると回る。
「うん、良いじゃん」
朝顔柄の浴衣は灯里のお気に召した様だ。
「じゃあ、お祭、行ってくる!」
「一人やったら危ないで」
「私、もう四年生だよ! 一人で行ける!」
灯里はそう言って、用意された草履を履いて、一人、祭へと繰り出した。
「わー、すごーい」
神社の長い階段の下に、ずらりと並ぶキラキラ光る夜店達。どこを回ろうか、きょろきょろしていると……。
「君、見ぃひん顔やな」
声をかけられ振り向くと、自分と同い年くらいの甚平を着た男の子がいた。
「誰?」
「誰って言われても……太郎(たろう)」
男の子は困った様に名前だけ告げる。
「ふーん、地元の子? 私は鈴木 灯里。東京から、おばあちゃん家に来てるの。太郎の苗字は?」
「い、いや、苗字なんて、ええやん……。まあ、地元やな。東京から来たんか」
「あんたも一人なの?」
太郎の近くには、友達や家族らしき人はいない。
「みんな忙しいんや」
「へぇ」
「なぁ! 一緒に夜店回らんか!」
灯里は少し悩んだが、どうせこちらも一人なのだし、いいか、と思った。
「良いわよ」
「よっしゃ! どこ行く?」
「うーん」
二人は目的の店へとやって来た。
「スーパーボールすくい勝負や!」
「ふふん、負けないわよ」
灯里は袖をまくり上げる。
数分後、太郎の器には、こんもりとスーパーボールの山が。
「なんでそんなに取れるのよ……」
「何年祭行っとると思ってんねん!」
「ヨーヨー釣りや!」
「こういうの取れた事無いんだけど」
「まあ、見とり」
「取れたっ!」
「どうや」
「すごい!」
太郎は、少し頬を染めると、ヨーヨーを灯里に差し出す。
「あげるわ」
「え? いいの?」
「ええから、やんねん。受け取り」
「ありがとう!」
太郎は気恥ずかしそうに、頬を掻く。
「射的かぁ~。こういうのって……」
「どれが欲しい?」
「え、あのクマのちっちゃいやつ」
「俺に任せ」
「取れちゃった!」
「何年……」
「太郎すごいね!」
「ま、まあな……。これ、やるわ」
頬を染めた太郎は、景品を灯里に渡す。
「え、貰ってばっかりなんだけど……」
「灯里の為に取ったんや」
「……ありがと」
灯里は嬉しそうにはにかんで、受け取った。
「お腹空いてきたね」
「なんか食べるか?」
「あ! イチゴ飴だ! 食べる?」
灯里は飴屋を指差す。
「お、ええな」
「イチゴ飴二つくださ~い!」
灯里は代金を払い、串に刺さったイチゴ飴を両手に受け取ると、片方を太郎に差し出した。
「はい! あげる!」
「えーっと、三百円か」
「あ~、いらない、いらない、あげるの」
「え?」
「だって、太郎からいっぱい貰ったから、今度は私の番!」
「あ、ありがとう」
二人は笑いあった。
「まだ足りない……」
「まあ、イチゴ飴だけじゃなあ」
「しょっぱいものが欲しい……」
「お、じゃあ、唐揚げとかどうや」
「食べる!」
「買ったは良いけど、串、一本しかないや」
「あー、じゃあ、おっちゃんにもろて……」
「はい、あーん」
「んえっ!?」
「あーん」
「……あー」
最初は躊躇っていた太郎も、結局、それに乗る事にした。
「美味し?」
「うまい……」
「良かった!」
「こっちや、こっち」
「ねぇ、本当に、こんなとこ通って良いの?」
二人は神社の建物の間を抜け、小さな森の中を抜けていた。
「大丈夫や。俺しか知らん、花火の絶景スポットやからな」
「浴衣で森を歩かせないでよ……」
「はは! すまん、すまん! もうちょっとやから」
少しして、視界が開けたと同時に……。
ヒュ~、ドォン!
「わぁ……」
「な、綺麗やろ?」
「うん……」
二人はしばらく、花火を黙って見ていた。
「今日は楽しかった。ありがと。太郎のおかげだよ」
神社の境内に戻った灯里は太郎に、そう言った。
「それは、こっちの台詞や。灯里がいたから寂しゅうなかった」
「ねぇ、太郎の家ってさ、どこ? 明日も遊ぼうよ!」
「……」
「太郎?」
暗い顔をする太郎を灯里は覗き込む。
「家はここや」
「ここ……って神社……?」
「俺な、神様やねん」
「は?」
太郎の唐突な発言に灯里は目を丸くする。
「やから、今日しか会われん」
「嘘だよね……?」
「楽しかったで、灯里」
太郎はそう言うと、神社の奥に駆け出した。最後に、笑顔で振り向いて手を振って。
灯里は、ただその場に立ち尽くすしかなかった。
次の日。
灯里は、とぼとぼと駄菓子屋への道を歩いていた。
「(あれは、夢だったのかな……。ううん、確かに太郎はいたよ。私は……)」
駄菓子屋が近づいて来ると、店前のベンチに男の子が座っていた。
「(ん……?)」
よーく見ると、なんだか見覚えがある。そう、つい昨日会った……。
「太郎……?」
「……えっ? ああああ灯里!?」
洋服を着ていたが、確かに太郎だった。
「……神様がなんで駄菓子屋にいるのかな~?」
「そ……それは……」
「た~ろ~う~?」
「私に忘れられたくなくて嘘ついた~?」
「や、やって、灯里、東京帰るやん……。俺の事なんて……。神様やって、もう会われんって言ったら、ずっと覚えてもろえる思て……」
灯里は、わなわな震えると叫んだ。
「来年も再来年も来てやるよ!! 忘れてなんかやるもんか!!」
「え……」
「連絡先は!? スマホ持ってる!?」
「も、持っとる……」
ひと夏の夢になるはずだった出来事は、現実になった。一夜の祭が、二人を繋げた。
「ちなみに、太郎の苗字って何?」
「……だ」
「なんて?」
「山田(やまだ)……」
「山田……太郎……」
「やから言いたくなかったんや~!!」