【第二話】「北西の因縁 ― 練馬と板橋」
東京には、かつて「35の旗」があった。
今のように23区などと呼ばれる前、東京市は35の区によって成り立っていた。
だが、それぞれの区はあまりに個性が強すぎた。
商いに長けた者、文化を誇る者、暴を以て支配する者。
隣り合う区同士は互いに睨み合い、争いは日常茶飯事。
そして――「東京大合戦」の幕が上がる。
◇ 静かな緊張
都心三都決戦から数日後。
東京の空はまだ煙を上げ、街には戦いの爪痕が残っていた。
だが、北西――荒川の上流に広がる台地では、別の戦火が燃え上がろうとしていた。
「練馬は……俺たちはもう、板橋と同じ道を歩むつもりはない」
練馬の若き将、光が丘の騎士団長が静かに語る。
かつて板橋と練馬は一つの区だった。
しかし、人口の急増と文化の違いから対立が深まり、ついに分離。
その因縁は、いまだに血のように流れていた。
板橋の陣営では、高島平の団地要塞に集結した兵士たちが武器を研いでいる。
「練馬の連中め、俺たちを裏切った……。あいつらの“野菜畑”を、コンクリートで踏み潰してやる!」
板橋は団地の規律ある兵団と、巣鴨の老人軍団を抱える“堅牢な守り”の区。
一方、練馬は関東最大の農地を持ち、畑から生まれる無尽蔵の兵糧、アニメの聖地・大泉学園から召喚される“アニメ戦士団”を擁していた。
「うちには正義のヒーローがいる。板橋に好き勝手はさせねえ!」
両区は、必然的に衝突へと進んでいった。
◇ 開戦 ― 板橋vs練馬
開戦の火蓋を切ったのは、板橋だった。
「団地の鉄壁を見せてやれ!」
高島平要塞から一斉に団地ミサイルが発射される。
無数のコンクリ片が飛び散り、練馬の畑を削り取った。
「畑がぁぁぁ!」
農兵たちが叫ぶ。
だが、練馬も負けてはいない。
「出てこい、ヒーローたち!」
大泉学園のスタジオから飛び出したのは、特撮ヒーロー風の兵士たち。
彼らはカラフルなスーツを身にまとい、必殺技を叫びながら板橋軍を薙ぎ払った。
「板橋を――守れぇぇ!」
団地兵団が盾を構え、老人軍団が知恵と経験で応戦する。
「腰は痛いが、心はまだ若い!」
戦場はまるで、過去と未来、農とコンクリ、若者と老人の総力戦となった。
◇ 中野と杉並の影
だが、この戦いをただ眺める区もあった。
中野。
「ふふ……漁夫の利を狙うなら、今だな」
中野ブロードウェイのオタク軍団が動き出す。
彼らは練馬のアニメ兵と板橋の老人兵を“フィギュア化”し、商品にしようと企んでいた。
杉並もまた、静かに槍を磨いていた。
「中央線カルチャーの誇りにかけて……。この混乱に、我らが正義を示す」
高円寺のパンク兵団と荻窪文士隊が蜂起を始める。
「練馬・板橋が潰し合えば、中央線の時代が来る!」
◇ 因縁の果て
板橋と練馬の戦は、日が暮れても止まらなかった。
団地の砲撃、畑から召喚されるアニメ兵、老人の知恵と若者の情熱がぶつかり合い――。
だが、両者の損害はあまりに大きかった。
気づけば互いに戦い続ける余力を失い、睨み合うばかりとなる。
「……やはり、一緒にはいられねえ」
練馬の将が血を吐きながら言う。
「だが、だからこそ、俺たちは“別の区”として立ち続けるしかない」
板橋の団地長もまた、立ち上がって答える。
その瞬間、東京の地図は確定した。
練馬と板橋――かつて一つだった二つの区は、もはや決して交わらぬライバルとなったのだ。
そして、周囲で虎視眈々と狙う中野、杉並、豊島。
戦いの火種は、さらに大きく燃え広がろうとしていた。
◇湾岸の沈黙
都心の三都決戦、そして北西の因縁戦争――。
東京はまさに乱世の様相を呈していた。
だが、その混乱をじっと見つめる巨大な影があった。
江東区。
広大な埋立地と湾岸エリアを抱えるこの区は、いまだ動きを見せていなかった。
だが沈黙こそ、力を蓄えている証だった。
「豊洲市場、兵糧は尽きぬ」
市場の将たちは海の幸を蓄え、他区への供給を握っていた。
「夢の国、永遠の戦意高揚装置なり」
臨海部にそびえる夢の国――ディズニーリゾート(※浦安は隣だが江東軍の同盟とされる)。
その魔法の力は兵士の士気を常に最高に保ち、他区の羨望と恐怖を集めていた。
「湾岸の未来都市は、我らが築く」
有明の高層都市群、ビッグサイトを拠点とする展示会軍団は、最新技術を武器にする知識集団。
江東区はまさに「未来」と「食糧」と「夢」を同時に支配する、恐るべき潜在力を持っていた。
◇大田と葛飾の動き
だが湾岸を狙うのは江東だけではない。
大田区。
「我らが空の門――羽田を忘れるな!」
羽田空港を擁する大田は、空軍力を誇っていた。
国際線を象徴する飛行団は、東京全域に空から影響を及ぼす。
さらに蒲田の町工場群は「職人兵団」として最強の武具を製造していた。
「空を制する者が、東京を制す!」
大田の将たちは江東に並ぶ湾岸覇権を虎視眈々と狙っていた。
一方で、内陸からは 葛飾区 が動き出す。
「下町の魂、江戸っ子の意地を見せてやる!」
柴又の寅さん軍団、亀有の両さん警察部隊。
葛飾は庶民の怒涛の突撃軍であり、規律よりも勢いと数で押し切る力を持っていた。
「江東や大田のカッコつけに、下町が黙ってられるか!」
葛飾は荒川を越えて、江東の背後を狙い始めていた。
◇湾岸大戦争
ついに、湾岸の火蓋は切られた。
まず江東の市場軍が船団を繰り出し、東京湾を制圧。
「この魚介の力、食わぬ者に勝利なし!」
新鮮な寿司兵糧で兵士たちの士気は最高潮。
だがそこに、大田の空軍が襲いかかる。
「魚は空から焼き払うのみ!」
戦闘機が海上を爆撃し、江東の船団を次々と沈めていった。
「くそっ、大田め!」
江東軍は高層ビルの砲台で応戦するが、空からの優位は揺るがない。
そこへ――葛飾の地上軍が突入。
「おい両さん!突撃だ!」
「了解っす署長ォォ!」
警察部隊が警棒を振り回し、寅さん軍団が笑顔で敵陣に乱入する。
規律など関係なく、下町魂の突撃は江東の市場を荒らしまわった。
「おいおい、俺たちの寿司が!」
兵糧を奪われた江東軍は一気に劣勢に。
だが――江東にはまだ切り札があった。
「行け……夢の国軍団!」
光と音楽と幻想の軍勢が一斉に出撃する。
花火が夜空を彩り、パレードが戦場を覆い尽くす。
その圧倒的な演出力に、葛飾軍は足を止め、大田の空軍ですら動揺した。
「なんだ……なんで俺たちは、笑ってんだ……?」
敵兵すら魅了する夢の国の力。
戦場は一瞬にしてファンタジーに変わり、戦いは膠着する。
◇ 終幕
夜明け。
江東・大田・葛飾の三軍は睨み合ったまま、決着を見なかった。
だが誰もが理解していた。
――湾岸を制した者が、東京を制する。
その野望を胸に、三大区は牙を研ぎ続けるのだった。
【第二話・完】
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