すれ違いとは言葉が足りないために起こるのか
「アレクシア本気か?」
「はい、殿下……私と……婚約を解消してください」
「いやだ」
「え?何故ですの?」
7月となり爽やかな風が吹く学園の食堂で突然繰り広げられた『愛の劇場』。
王都にある貴族たちの多くが通う学園、いつもランチ営業のあとはカフェとして営業する学園の食堂だ。
本日は授業が午前中で終わった為にカフェはいつも以上に生徒がいるのだった。そこで不穏な空気を漂わせる一行がいる。窓際で景色のいい座席、この学園に通う第2王子のお気に入りの席だ。第2王子に近づき話しかける女性は彼の婚約者だ。対峙するのは第2王子と側近達と1人の可愛らしい女性。
「私の方こそ何故だと問いたい」
「殿下は、そちらのお嬢さんと恋仲なのですよね」
「…………はて?まさか、キャロラインか……」
「いいのです……この学園中、そして殿下の側近達も認めているではないですか。私よりも彼女の方が殿下の……隣に相応しいと」
「だがしかし……王命で」
「王命だから……私と婚約を継続してるのですよね」
「違…………」
「殿下の隣を明け渡せと毎日言われ、教科書はこの様な有様」
殿下の前へ、ボロボロにされた教科書を投げ捨てる。
「アレクシア……これは一体、何故言わない……私が公務で不在だった1ヵ月の間に何があった?」
「私が不要なら……婚約を解消してくれればいいのに……もう……限界なのです。周りからは嫌味を言われ続け……疲れましたわ。相談したくても会わせて貰えなくて……どうすればよかったの?」
「違う……アレクシア」
「彼女と何度も寝起きを共にしてると言われたわ」
フラフラとバルコニーに向かうアレクシア。
「待て、危ない」
「……いいじゃない。皆、いなくなれと言っていたわ。よいしょっと」
バルコニーの手摺りに登り、皆を見下ろす。突如現れた婚約者の行動にカフェは騒然となる。手すりの上に立つ令嬢を皆が見上げる。
「何故、皆は青褪めるの?」
ゆっくりと近づく婚約者のアンソニー殿下。
「アレクシア、危ないからこっちにおいで」
「こうでもしないと、貴方は話を聞いてくれない。アンソニー殿下もキャロライン様を側に置くことを許せと言うのですか?殿下も……側近の皆様や学園内の人達と同じように。私をバカにしてるの?」
「そんな事はない。お前ら私の不在の間は愛する彼女を守れと……最近は事情があり忙しかったが一体何が?」
側近達に問うアンソニー。
「わざと2人が仲睦まじくしている姿を見せ……私の悲しむ顔を見て喜んでいたでしょう?」
瞳を潤わせアレクシアは言う。
「仲睦まじい姿?2人?誰と?何が起こっているのだ?」
アンソニーは側近達をアレクシアを交互に見る。
「誰とですって?殿下の愛するキャロライン様に言われたのよ。殿下と過ごす時間は濃厚で……身体の隅々まで愛してくれている。私……アレクシアは……愛されていないと。これから先、殿下と共に寝るのも、殿下の子を授かるのも自分だけだとキャロライン様は言いましたわ」
「はぁ?なんだそれ」
「あら、あなたの側近の方達をつれたキャロライン様に言われたわ」
「お前達、アレクシアに一体何をしたのだ?何を言ったのだ?守る相手が違うだろ」
「あの……殿下の愛するキャロライン様と」
「私達は、殿下とキャロライン様が幸せに」
側近らは口々に言うそして思うのだ。側近らは毎日同じ馬車で通い、王宮を出入りする謎の可愛らしい女性キャロラインの存在を知った。
殿下は突然できた婚約者との関係を終わらせたかったのではないかと側近は思ったのだ。
キャロラインは殿下と住居を共にしているためキャロラインこそが殿下の『真実の愛』の相手だと。そしてキャロラインも殿下を熱い眼差しで見つめていたことを知り、婚約者であるアレクシアと過ごす殿下を見ては悲しそうにしている姿を何度も見ていた。キャロライン様は涙ながらにアレクシア様に殿下を取られたと訴えていたのだった。
「お前達まで……アレクシアが茶会を断ったのも……急用ができたと会えなかったのも……全部お前達が?会えないならばとせめて送ったカードは?」
首を横に振るアレクシア。
「おい……お前ら」
「殿下、私達は……まさか……勘違いを?」
「キャロライン様は自分が殿下の『真実の愛』の相手だと周囲の者たちに……」
「涙ながらに殿下への愛を語り……殿下とは既に身体の関係があると……」
「そうだったのか……こうなったら仕方ない」
悲しみで満ちた表現のアンソニーは伝える。
「キャロラインは父上……つまり国王の妹の子だよ。隣国にいる叔母の子だ……私が従姉妹のキャロラインと結婚するわけない。寝起きを共に?同じ王宮で生活していたから嫌でも寝起きは同じ王宮内となる?しかも今回は訳ありの留学だった為にお忍びだ……従姉妹である事は他言できなかったのだよ」
『………………………………』
アンソニー殿下の告白に一同絶句する。
「アンソニー……私達はいずれ結婚すると母がね……。私、アンソニーならイケメンだしいいかなぁって」
キャロラインは隣国で宰相の息子にアピールするもダメだった。宰相の息子には愛する人がいたから、私はイケメンの妻になりたかった。偶然会った従兄弟のアンソニー、彼は顔も良く、剣の腕もいいという。そう、私にピッタリの相手だと思い母に頼み込み今回留学することができた。
王宮で過ごし観察する。アンソニーの寝起きの顔、食事をとる姿、こっそり浴室に忍び込み見た彼の逞しい身体、どれをとっても素晴らしかった。
「キャロライン……前に言ったろ。お前とは切っても切れぬ縁だと……従姉妹なんだからな。私が嫌だと思っても縁は切れない。それが君を勘違いさせたのか?私が面倒な従姉妹の世話を寵愛だと?アレクシア……すまない。私の言葉が足りないばかりに……」
「殿下……では、キャロライン様を側に置くと言ったのは?」
青褪める側近はアンソニーに問う。
「あぁ、キャロラインの母である叔母は隣国ではトラブルメーカーでな、その娘のキャロラインも同じだ。この学園で野放にしていたら何をしでかすか……」
大きなため息と共に側近の問いに答えるアンソニー。
「では、キャロライン様をアレクシア殿に近づけるなと言ったのは……」
「あぁ……私の大切な愛するアレクシアに……いらぬ事を吹き込んだり危険が及ぶといけないから……」
「アンソニー殿下……私は……貴方が公務で不在にしていた1ヵ月の学園での生活に疲れたのよ。だから……婚約を解消して帰りたい」
手摺りの上からアンソニーに話しかけるアレクシア。
膝から崩れ落ちるアンソニー。あまりにも絶望感漂う姿に誰も言葉をかける事ができなかった。
「え……アレクシア……婚約を解消?」
「そうよ、私には王都の水は合わなかったみたい」
「終わった……全て終わった……俺が……やっとの思いでアレクシアの婚約者になれたのに……お前達……」
「殿下……」
「私達は……」
「ははっ、ははははは……この騒動の原因は私なのか?はぁ……そろそろ来る頃だな……」
「アンソニー殿下、一体これは……」
王城から使いの者がやってきたのだった。
「あぁ……キャロラインがやらかした……だから嫌だと言ったのだ俺は……。アレクシアが俺に……俺との婚約を解消したいと……言われてしまったよ……俺は……生きていけない」
「殿下……恐縮ですがアレクシア様の……」
「アレクシアの父上か……あぁ……終わった……完全にな……はは……は……」
天を仰ぐアンソニーに声がかかる。
「おい。アンソニー」
怒りのこもった声で名を呼ぶ男はアレクシアの父であり臨時で騎士団長を任された男であった。2メートを超える身長に熊の様な体躯であり、見るものを圧倒するほどの男が今、学園の食堂に現れたのだ。しかもこの国の第2王子を呼び捨てにする男。
「あの……私は……パパ上……違うのです……」
バルコニーにて様子を窺っていた学生達は思う。
『え……今パパ上と?パパ上と言った?あの熊男に殿下はパパ上と言ったのか……』
「報告は受けた。取り敢えずアレクシアを連れて帰るぞ。アレクシアもいいな」
「うっ……パパ……パパ……」
「あぁ、アレクシア……よく我慢したな。お前が本気になればこの食堂なんぞ血の海だったろうな」
周囲をギロリと睨むアレクシアの父。
「パパ……私は……皆に嫌われてる。だから……もう学園には行きたくない」
そう、キャロライン様とアンソニー殿下の『真実の愛』を邪魔する令嬢、自分達が虐めていた令嬢は騎士団の制服を着用している大きな熊男を『パパ』と呼び、バルコニーの不安定な細い手摺りの上にバランスを崩す事なく立ち続けている。
「アレクシアおいで、そんな所に立っていたら危ない。学園も行かなくていい。アレクシアは殿下と卒業までの一年間学園生活を楽しみたかっただけなのにな……王都に来て数ヶ月だが私も騎士団長を辞職するから一緒に母さん達の待つ辺境に戻るぞ」
その言葉で令嬢令息達は今まで、アレクシアに対して行っていた事を思い返し足が震える。そして思い出す。
『1年間だけ辺境伯の熊男が休養中の騎士団長に代わり臨時の騎士団長となる。そして、その愛娘が学園に転入する。辺境の愛娘の狂犬姫には手を出すな。我が家だけではなく国が滅ぶ』と両親に言われていた言葉だ。
アレクシアの父は手摺りに登った娘へと腕を伸ばす。
「アレクシア……抱っこだ。ここは1階で手摺りも1メート程しかないがジャンプしたら危ないからな」
「うん……わかったパパ」
ピョンと軽く父の腕の中に飛び込むアレクシア。彼女は大好きな父の胸にスリスリ頭を擦り付けるのあった。
「パパ大好き」
「あぁ、私もだアレクシア」
「さてアンソニー、馬車でじっくり話を聞かせてもらうぞ」
「パパ上……僕も一緒にいいの?」
「あぁ、何やらすれ違いがありそうだ。お前らも話し合う時間が足りなそうだからな、まあ、一緒に風呂にでも入り話しあえ。裸の付き合いは大事だからな」
「アレクシア……ごめんね。僕の事嫌いになった?」
「アンソニー……私……」
「アレクシア、パパ上の許可も貰ったよ。だから今日は僕と一緒にお風呂だよ。僕がいつも通りに隅々まで綺麗にしてあげるね」
「皆さんの前で言うなんて恥ずかしいですわ」
恥ずかしくて父親に強く抱きつき顔を隠す。耳と項は真っ赤に染まっているアレクシア。
「アンソニー、わかってるな」
「はい、いつも気を付けてしてます。パパ上」
「さて夕方からお前の親父と話をつけてくるからな」
「パパ上、なんとしてでも僕を婿に」
「あぁ、お前も俺にすれば可愛い息子みたいなもんだ。俺に任せとけ。アンソニーは今日も泊まるんだろ。ついでに言っとくからな」
「パパ上……大好きです」
アンソニーは側近とキャロラインの元へやってくる。
「殿下……あの」
「アンソニー?私はどうなるの?お嫁さんになれないの?」
「キャロライン……君との結婚は絶対にない」
「そんな~」
「お前たち、俺がどんな思いでアレクシアの婚約者になれたと?8歳だ……8歳の頃から辺境に通い詰めてだな。剣1つであの男に立ち向かったんだよ。そして10年だ、やっとアレクシアの婚約者になることを認めてもらったんだぞ。こんな事なら俺が辺境の学校に転校すればよかったよ」
「………………」
「まぁお前たちは今まで頑張っていたからな……でもな『真実の愛』だろうが何だろうと人に嫌がらせをしたり虐めてはいけない。どうするかはアレクシア次第だな」
そうしてアンソニーとアレクシアを抱える父は食堂のバルコニーから手すりを軽々と飛び越え中庭を通り帰宅するのであった。
ちゃぷん。
湯舟に浸かる2人。
「ねぇ、アレクシア?」
「ん?」
「ごめんね。僕が大好きなのは昔からアレクシアだけなんだよ」
――――おしまい――――
面白かったら評価をしていただけると嬉しいです。
感想もいただけると今後の作品作りに役立ちますので他の短編も時間があれば読んでいただけると嬉しいです。短編はシリーズとして『愛の劇場』の中にまとめてます。