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強制イベント発動中! ~イベントスチルの裏で俺たちは死んでいる~

 ――また始まった。


 そう気づいた瞬間、俺はそっと教室の隅に避難した。

 誰もが息をひそめる。昼休みの和やかな空気は、突如として張り詰めたものへと変わった。


「……茉里奈。お前、今日も綺麗だな」


 教室の中心で、攻略対象その一・瞬(普段は物静かで真面目な副委員長。本名利明)が、やたらキザな声を響かせる。

 どこからともなく風が吹き、茉里奈ちゃん(学園の人気者……というより“指定ヒロイン”。本名聡子)の髪がふわりと舞った。聞きなれたBGMが流れる。


(来た来た来たァ……!)


 周囲のモブたちは、机に突っ伏す者、目を覆う者、こっそり廊下に逃げる者と、各自防衛態勢に入っている。

 誰もがこの“イベントモード”を知っているからだ。

 逃げられなかった数名はスチルに写る“モブ”として動けなくなっている。


「や、やめてください……瞬先輩……っ」


 茉里奈ちゃん(本名聡子)の声が、妙に甘く震える。ちなみに瞬こと利明は同級生なので先輩ではない。

 普段は気さくで元気な彼女が、イベント中はまるで別人になる。

 いや、本人もたぶんノッてない。目が笑ってない。たぶん本心では放せこの野郎くらいは思ってるかもしれない。


(……恥ずかしさで俺たちのHPがゴリゴリ削れるやつだコレ)


 攻略対象たちも茉里奈ちゃんも、“その時”になると強制的に乙女ゲーム展開を始めるこの学園。

 しかも本人たちはイベント終了後、いつも通りに戻るのでタチが悪い。


 そして今日のイベントは、いよいよ最終フェーズに突入した。


「茉里奈。あいつなんかより俺の方が――」


 瞬が茉里奈ちゃんの肩を引き寄せる。

 教室中が息を呑む。


(やめろおおおおおおおお!!!)


 視線を逸らす俺たちモブ。

 だが――。


「待った! 茉里奈先輩に手を出すな!」


 教室に飛び込んできたのは攻略対象その二、蓮(普段は授業中ずっと寝てるタイプ。同学年だが留年しているので実質こいつの方が先輩。本名茂樹)だった。確かあいつのクラスはさっきまでグラウンドで体育していたはずだが……

 ずかずかと大股で近寄ってきた蓮(茂樹)は、茉里奈ちゃん(聡子)の肩を抱き寄せていた瞬(利明)の手を強引に外させる。


 そしてその瞬間、それは3割増しで美形に書かれたイベントスチルとしてカットインされる。

 何を言ってるか分からないって? 俺にも分からない。


『二人の体温を感じて私の胸は高鳴った。これからどうなっちゃうの――!?』


 茉里奈ちゃんのモノローグが流れる。何を言ってるかと思うかもしれないがモノローグはアナウンスのように聞こえる。

 っていうか胸を高鳴らせてる場合じゃないだろ。聡子が死んだ目してるぞ。


 そしてそれを最後にすっと空気が緩む。音楽も止まった。


「……やっぱ無理すぎ」


 瞬が、突然素に戻った。イベントが終了したらしい。


「ごめんだけど二人とも手を放してくれる?」


 茉里奈ちゃん――否、聡子が言えば、利明も蓮も慌てて手を放した。そこにときめきはない。

 瞬は顔を覆い、苦しげに呻いた。


「いや、これほんと恥ずかしいから……勘弁して……。俺、こんなキャラじゃないし……」

「どんまい、瞬先輩!」

「その呼び方やめろ!!!」

「瞬君も蓮君も茉里奈ちゃんもお疲れ!」

「マジ無理だった……!」


 モブたちから小さな拍手が湧き起こる。

 茉里奈ちゃんも「あっ、ほんとすみません……」とペコペコ謝っている。


 完全に空気が戻った。


 そう、これがこの学園の日常だ。


 イベントが始まれば皆ノリきれず、終われば全員が記憶を共有したまま元通り。


 茉里奈ちゃんも攻略対象たちも、誰もこの乙女ゲーム仕様を歓迎してはいない。

 しかも乙女ゲームでの設定は実際とは乖離している。瞬は同学年だし、蓮は後輩ではない。他の攻略対象も天才じゃないのに天才キャラだったり真面目君なのに変人天然キャラにされていたりする。家庭環境も全然違う。

 何故彼らをアサインした? と思うが、恐らく彼らや彼女の顔がよかったからだろう。美形をこんな形で不憫に思う日が来るなんて夢にも思わなかった。


 またきっと、唐突に次のイベントはやってくる。

 そして俺たちも彼らも、共感性羞恥にのたうち回るのだ。


(……この学園、マジでなんなんだよ……)


 そうして弁当を書き込んでいると、遠くからいつものBGMが聞こえてきた。音楽的に切迫したイベントっぽい。今日のイベントは連続かぁ。

 合掌。


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