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プロローグ 静寂の幕が下りるとき

 体育館には、人のざわめきが渦巻いていた。

 パイプ椅子の脚が床を擦り、教師たちの呼びかけが飛び交い、誰かの彈けるような笑い声が響く。

 演劇の開演を今か今かと待ちわびる観客たちのささやきが薄暓い空間を駆け回り、大きな流れをつくっていた。

 ――そして、鋭いブザー音が体育館を突き刺す。

 その音はざわめきを一瞬にして取り払い、体育館全体に静けさを落とした。

 舞台袖から、少女がゆっくりと姿を現す。柔らかなライトがともり、少女の顔と白い衣装をぼんやりと照らし出す。

 少女はそっと口を開き、静かに第一声を放った。細くも確かな声が、光の流れにすっと流れ込む。

 その瞬間、張りつめた静寂の中で、観客たちの心が一斉に彼女に引き寄せられた。空気が震え、まるで体育館全体が少女一人を中心に脈打つように、静かに、確かな熱を帯び始める。

 高い天井からは、吊るされたシャンデリアの白光が舞台へと降り注いでいた。

 ステージに立つ少女だけが、その光に照らされて煌めく。純白の衣装を身にまとい、細い両腕を静かに広げる。束ねた黒髪のうなじが、わずかに振れた。指先が少し振るえ、空気を探るように柔らかな軌跡を描く。

 少女はその眼を一瞬伏せ、すぐに前を見すえなおす。唇に力を込め、台詞を紡いでいく。

 体育館に満ちる沈黙の中、少女の声だけがそれに逆らう流れとなって観客の中を流れていく。

 観客席では、誰もが身じろぎひとつせず、視線を少女に向けていた。その視線は、少女のわずかに震える指先までもが見逃すまいと注がれる。

 やがて、物語の流れに合わせ、次々と別の役を負った生徒たちが舞台に登場する。少女を中心に、物語は着実に進んでいく。

 物語が終盤にさしかかろうとしたとき、舞台上の空気がすっと冷やかに変わった。天井の暗やみで、金具がわずかに軋む。縮んだワイヤーが細かく震え、天井の暗がりに誰も知らない不穏な気配を滲ませた。

 その下、少女は何も気づかぬまま、ただ語り続ける。

 そして、一瞬の静寂の中、するりと落ちる鋭い金属音が体育館に響く。時間が軋み、すべてが止まったように冷えて硬直した。

 天井から舞台へ、シャンデリアがまっすぐに落下する。光の粒が爆ぜ、割れたガラスの破片が四方へ散らばる。

 光と破片に紛れ、少女の姿は一瞬にして観客の視界から掻き消えた。舞台の中央、動かなくなった少女の白い衣装に赤い色がじわじわと広がっていく。

 初め、観客たちはそれが演出の一部だと思った。巨大なシャンデリアが落下する轟音、白い光の炸裂。それは、突然の悲劇の演出なのだと。

 だが、舞台上の生徒たちが、驚きと恐怖に満ちた声を上げていることに気がつく。台詞とは違う、素の声。

 その異様さに、観客たちも違和感を覚える。そして、状況を一足早く理解した誰かの悲鳴をきっかけに、静まり返っていた空気が破られ、ざわめきが一気に広がった。

 

 

 一気に音が爆ぜた体育館の中、舞台袖の暗がりで一人の少女だけが動かずに立ち尽くしていた。

 手に持っていた台本が指先からするりと滑り、かすかな音を立てて木の床に落ちる。

 それに気づくこともできず、少女はただ、その場に凍りついたままだった。

 震える背中。小さく、途切れそうな呼吸。

 視線の先、砕けたガラス片の中に、倒れ伏した白い衣装が赤く滲んで広がっている。

 喧騒に満ちた世界の片隅で、彼女のかすかな震えだけが、確かにそこに生きていた。

 ──かすれた声で、少女は呟く。

 

 「私が、殺した」

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