第6話 突然の来客
新連載作品です。
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ぶどうを頬張りながら、ノエルはソファの上で姿勢を崩しつつ、エヴィリオに身体を傾ける。
「私が、太ったら、なぜ許してくれないんですか? 白い結婚なのに?」
エヴィリオは口に含んでいた紅茶を危うく吹き出しそうになった。なぜ突然そんな痛いところを突いてくる……
(部屋に戻ってくるのが気まずく、意味もなく言ってしまった……)
「そ、それはだな……!」
咄嗟に言い訳を探す。が、見つからない。仕方なく、適当に返したつもりの言葉が口を突いて出た。
「王子の妻は……美しいという決まりなんだ……」
「えー、そんな決まりがあるんですね。知らなかったです……」
ノエルは少し驚いた表情を浮かべたが、そのまま素直に受け入れた様子で、特に疑うことなく頷いた。
「よし、バカで助かった」
エヴィリオは心の中でガッツポーズを決めた。
対するノエルは、両手でぶどうを摘みながら目を潤ませエヴィリオに訴えかける。
「でも……私、食べるのがこんなに好きなのに……」
(……なんて無邪気なやつだ)
エヴィリオはその様子に、つい頬を緩めてしまう。
彼女のことを”教養が皆無の娘”としか思っていなかったはずなのに、どうしてこんなにも自然に笑えるのだろうか。
「白い結婚だがな……お前が今の美しいままで居てくれたら、こちらは目の保養になる」
「……え?」
ノエルはその場で固まった。頬がみるみる赤く染まり、耳の先まで真っ赤になる。瞬きもできないほど驚き、ぽかんと口を開けたままエヴィリオを見つめた。
(エヴィリオ様が、私のことを……そんな風に思ってたの?目の保養になるって……私の方こそなんですけど!)
彼女の視線を正面から受けたエヴィリオも、途端に目を逸らす。わずかに耳が赤くなり、紅茶を持った手が微かに揺れる。
(な、なんだ今のは……まるで口が勝手に動いたみたいじゃないか。落ち着け、俺……これはただの気遣い、礼儀、そう、社交辞令だ……!)
「ま、お二人ともお似合いで素敵ですわ」
と、空気を読まない一言がオルビアから投げ込まれた。
(なんで話を止めるのよオルビア!今いいところだったのに!)
ノエルは心の中で叫ぶ。せっかくの胸キュン展開を中断され、ぶどうの味がしなくなった。
――その時だった。
バタン!
店の扉が乱暴に開け放たれた。
「……!」
中にいた全員が振り返る。そこには、ぼろぼろの鎧と薄汚れた外衣を纏った傭兵の男たちが10人、ぞろぞろと入ってきた。見るからに粗暴で、礼儀という言葉とは無縁な顔つき。剣を腰に下げ、店内の空気を一気に重たくする。
「やぁ、オルビア。久々だなぁ」
中央に立つ、ひときわ大柄な男が笑いながら手を振る。笑顔の奥に、鋭く光る牙のような視線。
「酒を出せ」
「……何のご用でしょうか? 10人も一斉に入れるような広いお店ではありません。本日はご遠慮ください」
オルビアは一歩も引かずにそう告げた。声には一切の震えがなく、冷たい静けさがその言葉に宿っていた。
だが、男はそれを鼻で笑った。余裕と挑発を滲ませるように口元を歪め、にやりと笑う。
だが男は鼻で笑った。
「つれないなぁ。今日、クエストから帰ってきたばかりなんだ。少しぐらい遊ぼうぜ」
そのままぬるりと手を伸ばし、まるで品を値踏みするように、オルビアの顎を掴んだ。
(これが……傭兵?)
ノエルは背筋が凍った。
顔を見られないように、視線を俯け、膝の上で両手を固く握り、息を殺してその場に溶け込むように小さくなった。
「おい、誰の前で無秩序な真似を働いているか分かっているのか?」
立ち上がり、オルビアに触れていた手を払いのけるエヴィリオ。その低い声が空気を切り裂く。
「もちろん存じてますよ、エヴィリオ王子」
だが、男たちはエヴィリオに怯まず、一人の傭兵がエヴィリオの腕を掴んだ。次の瞬間、もう一人、そしてもう一人とエヴィリオを掴み、周りを取り囲む。
本来であれば、即座に地に額をこすりつけ、命乞いをしてもなお、赦されるかどうかも分からない所業だ。
それなのに、なぜ平然としていられるのか。一体何を考えているというのか。
ノエルも、オルビアも、理解が追いつかずに硬直する中
――男はエヴィリオを睨み据えたまま、口元だけで笑った。
「……オレたちはな、今回のクエストでヘマを打って、傭兵をクビになったんだ」
投げ捨てるようなその声には、もう後戻りしないという覚悟が滲んでいる。
「だから、もう俺たちは傭兵じゃねえ。これからは――盗賊として生きていく」
男は顔を歪め、今にも噛みつかんばかりの勢いで一歩前に出た。肩が震え、怒りに満ちた声が吐き出される。
「前から気に食わなかったんだよ。力もない、雑魚のお前が、偉そうにしてることがな」
――この一言で、空気が完全に変わった。
ノエルの震える手が、ぶどうを一粒、転がし落とす。
(……エヴィリオ様……!)