第5話 冷酷な理由
土日はこの作品投稿をお休みします
「本当に、なんなんだ、お前は。そんな目で俺を見るな!」
「え、目も美しく手もきれいでその中指の指輪がよく似合っています」
「――ッ、ばかにしているのか!俺はこんな左手……切り落としたいほど、嫌いだ。お前だって、王子のくせに指輪が輝かない能無しと心で笑ってるくせに……!」
彼はノエルから手を放すと涙を堪えた表情で仕切りを抜けて奥の扉へと消えていった。
店の子に手を出していないと言うのはノエルに対する優しい嘘で、本当は裏に相手を待たせていたのだろうか。
ソファの上で膝を抱え込むように座り、エヴィリオが消えていった扉をじっと見つめる。
白い結婚で始まった以上浮気くらい許せぬ狭量ではない。冷酷と恐れられ、王族の素質も無いと決めつけられた、エヴィリオが、何かに縋らなければ生きていけぬ境遇だったことはノエルの頭でも理解している。
(血も涙もない、冷酷な王子か……)
やはりこの噂がどうも引っかかる。
「まぁまぁノエル様、エヴィリオ様はすぐ戻ってきますわ。それまで私とお話ししましょう」
「ねえ、オルビア…エヴィリオ様が冷酷と言われてるのはなぜなの?」
「ほら、みんな仕事に戻って」
オルビアが手をぱんぱんと鳴らすと、彼女以外の女性は一人、また一人と奥の部屋に消えていった。
タブーな事をノエルが聞いたのかも。そう思い、察した様子で居なくなったのだろう。
「ノエル様は歴史をご存知ないのですか?」
ノエルがコクリと頷くと、オルビアは話を続けた。
「この国の内戦はいつも神脈の加護を持たない王族が起こしているの」
国は神脈の加護の力で、天災を回避したり、雨を降らし農村を枯れさせないようにしている。
だが、内戦を防げるわけではなく歴史上、内戦はいつも王宮にいる神脈の加護を持たざる王族が起こしていた。
外から攻め込まれると、力で予知する事も可能だが身近な存在の裏切りには対応が出来なかった。
現在は、エヴィリオのように力を持たざる者は王宮に住むことはできない。
ノエルはオルビアの言葉に小さく首を傾げた。
「でも……それは、偶然では?」
「私にも、わかりません」
オルビアはため息混じりにワインを片手に俯いた。
「神脈の加護を持つ者は、国の繁栄を支える存在として生まれます。一方で、加護を持たない王族は……生きる意味すら……」
オルビアの声音は節々で詰まり、その瞳の奥には、どこか憐れみが宿っているように見えた。
つまり、神脈の加護を持たない王族は、”反逆者予備軍”と見なされ、冷酷な人間と決めつけられる。
ノエルは思わず、さっきまでそこに座っていた彼の姿を思い浮かべた。
(血も涙もない、冷酷な王子――そう呼ばれるのは、彼がそう振る舞っているからではなく……”決めつけられている”から?)
「うーん……分かんない!」
ノエルのキャパは限界を超えていた。陽気で怖がる事を知らず、図々しい彼女には、そんな昔話は何も怖くなかった。ノエルはふっと肩をすくめ、考えるのをやめた。
「まぁ、いいわ! 難しいことは置いといて、エヴィリオ様も悪い人には見えないし!」
(頭使ったから、糖分糖分)
テーブルに残っていたぶどうを両手で掴んで交互につまむ。
オルビアは呆れたように目を細めたが、次の瞬間、くすりと笑った。
「ふふ……ノエル様って、本当に面白い方ですね」
「でしょ? こういうのは難しく考えすぎると疲れちゃうのよ!」
オルビアはそんな彼女の姿を見つめながら、ふと呟いた。
「私はエヴィリオ様に感謝してるんです……元々このお店のお客は新人の傭兵ばかりで、態度が悪い人が多かったんです。そこにエヴィリオ様が来て、その冷たいオーラに恐れて来なくなり、今や高ランクの傭兵がくる店になりました。」
オルビアが言うには、エヴィリオは店の女性には手を出さず、時々店に顔を出して新人の傭兵の溜まり場になっていないか、秩序を保ってくれているらしい。
(なんだ、良い旦那になりそうじゃないか)
昔話を気にしないノエルは気分が良くなり、果物を食べ続けた。
「おい、お前食い過ぎだろ。体型維持出来るのか?」
タイミングよくエヴィリオが裏から帰ってきたようだ。
「ぶくぶく太ったら許さんぞ」