第10話 読みたい心
「エヴィリオ王子。私に叶えられる願いなら、叶えてみせよう!」
ノエルは胸を張り、どこか得意げに宣言した。
エヴィリオは眉をひそめ、深いため息を吐いた。
「……おい、調子に乗るな。はぁ。これだから作法も学んでいない奴が力を持つと大変なんだ……」
彼はこめかみを押さえ、頭を抱えるようにして呟く。
だが、ノエルはそんな小言などお構いなしだった。
にじり寄ったかと思うと、エヴィリオの顎をすっと持ち上げ、彼の瞳を真っすぐに覗き込んだ。
距離が近すぎる。エヴィリオは戸惑い、思わず体を引こうとするが、ノエルの無邪気な力に押されて動けない。
ノエルは、まじまじと彼を見つめた。
美しい……まるで冬の夜空に輝く星のような、澄んだ黄金の瞳。
(なんだよ……)
エヴィリオは迷惑そうに目を逸らそうとする。だが、逃げられない。
(……て欲しい)
そんな言葉が、不意に心に浮かんでしまった。
ノエルは目を細める。
(よく心が読み取れないな……次に質問をぶつけた時に、探りましょう)
油断ならない相手だ。ノエルはそんなことを思いながらも、楽しげに口角を上げた。
しかしその策略は、あっさりとエヴィリオに見破られた。
「お前、心を読み取ろうとしてるな?」
冷ややかに放たれた言葉に、ノエルはぱちくりと瞬きをして――「御名答です」
彼女は小悪魔のように口元をつり上げ、いたずらめいた笑みを浮かべた。無邪気で、悪びれた様子は微塵もない。
エヴィリオは小さく舌打ちし、顔をしかめた。
だが、それ以上に驚いたのは、ノエルの次の行動だった。
わずかに間が空き、空気がふわりと緩む。
その隙をつくように……
(膝枕で頭を撫でられたい)
そんな密かな願望を、彼は心の中で呟いてしまった。
「ふむふむ」
ノエルは、すべてを理解したように頷くと、無言でエヴィリオの袖を引っ張った。
ぽかんとするエヴィリオをよそに、ノエルはソファへと腰掛け、彼の頭を自分の膝の上にそっと乗せた。
そして、何も言わずに、彼の髪を優しく撫で始める。
エヴィリオは一瞬身を強ばらせたが、抵抗することなく、膝枕と頭を撫でるノエルを、そのまま受け入れた。
瞼を閉じ、彼女の温もりを感じる――こんなにも心地よいものだとは、思わなかった。
今まで、彼は周囲から敬遠され、蔑まれ、遠ざけられることこそあれ、誰かに慰められることなどなかった。
口では必要ないと強がっても、心はずっと求めていたのだ。
(……これが、白い結婚か。意外と、悪くないな)
エヴィリオはぼんやりと思う。
ノエルは、膝の上で目を閉じるエヴィリオを見下ろしながら、そっと微笑んだ。
吸い込まれそうな瞳。優しくも儚い心。――無骨な中に秘めた、未熟で純粋な美貌。
(私は、この王子を絶対に離さない)
ノエルは心の中で、そっと誓った。
その時――
「コンコン、大変です!」
勢いよく扉を叩く音と、従者の慌ただしい声が響いた。
ノエルとエヴィリオは動きを止めた。
ソファに座るノエル、その膝に頭を乗せるエヴィリオ。
それを目の当たりにした従者は、絶句した。
「……」
数秒の沈黙のあと、従者は顔を真っ赤にして頭を下げた。
「し、失礼しました! お取り込み中でしたか!」
「よい、話せ」
エヴィリオは何事もなかったかのように立ち上がり、そっとジャケットを羽織った。
いつもの冷静な王子に戻っているが、耳の先が微かに赤い。
従者は深呼吸して、事態を告げた。
「近域に、A級の魔獣が出現しました!」
「なんだと?」
エヴィリオの表情が一変する。
「領内の傭兵では、到底太刀打ちできません。王宮に、S級の傭兵騎士の派遣を要請しましょう!」
「……よし、分かった。すぐに王宮に知らせよう」
エヴィリオは歯を食いしばりながら命じた。
だが――ノエルはその横顔を見つめ、胸が痛んだ。
(エヴィリオ様……本当は、王宮なんかに連絡したくないはず。だって彼は、王宮からずっと嫌がらせを受けてきたのだから……
私は、エヴィリオ様に、これ以上つらい思いをしてほしくない)
「エヴィリオ様!」
ノエルは思わず叫び、彼の腕を掴んだ。
「……なんだ。緊急で忙しいんだ」
眉をひそめつつも、ノエルに近づくエヴィリオ。
ノエルはそっと彼の耳元に口を寄せ、ひそひそと囁いた。
「えっと……」
エヴィリオの表情が、一瞬にして驚愕に変わる。
「!!!」
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