エピローグ2
若様――織田信春は名古屋城天守に呼び出された。
将軍の私的な部屋で待っていたのは父である織田信継。
どこか機嫌の良さそうな。信春がどんな返答をするか楽しみにしているかのような。
どちらにせよ、信春からしてみれば楽しくない時間になりそうだった。
「岡山池田家の藩邸。調べさせたそうじゃな?」
「ははっ」
「忍びには、儂は静観すると伝えさせたはずじゃが……。それでもなお調べた理由は?」
「…………」
今の状態では池田家を潰そうと思っても証拠がなさ過ぎる。
それに、無理をして忍者を忍び込ませれば池田側が警戒を強める可能性もあった。
それを分かっていてもなお、池田家を調べさせた理由は――
「和姫が悲しむからで御座います」
そう。そういう風に忍びへは説明したし、忍びも「女のためか」と納得したはずだ。
しかし、父であるこの男は誤魔化せない。
「違うだろう?」
「…………」
詰問され、もはやこれまでと覚悟を決めた信春は正直な心境を吐露することにした。
「子供が三人も行方不明となり、此度は五人も……。奉行所も手がかりを掴めていない以上、これからさらに子供が行方知れずとなる可能性は高う御座いました」
「うむ」
「罪なき子供が犠牲となるかもしれぬのに……どうして放っておくことが出来ましょうか」
「次期将軍としては、そのような些事に構うことはあるまい?」
「…………」
それは、そうであろう。
将軍とは日之本全体を見て采配を振るべき者。いちいち小さなことにかまけていては大局を見失うし、過労で倒れてしまうだろう。南蛮には、優秀でありすぎた故に部下に仕事を任せられず、早死にした君主もいたという。
分かっている。
信春には分かっていた。
だが。
「……それでも、見捨てることはできませんでした」
若さ故の暴走か。あるいは、腹黒さの中にも真心があったのか。――もしくは、底抜けの善人である和姫に影響されたか。
下手をすれば『将軍の資格なし』として弟にその座を奪われるかもしれない。
だが、信春に後悔はなかった。
もし自信の将軍位に固執して五人もの子供を見捨てては――二度と、和姫に向き合えなくなるが故に。
深々と頭を下げる信春。
そんな息子に対して、信継は満足げに頷いてみせた。
「――うむ。ようやった」
「……は?」
ようやった。
つまり、よくやったと褒めてきたのだろう。
だが、この父がそう素直に息子を褒めるはずがないと考える信春は理解が追いつかなかった。
そんな息子の何が面白いのかクククッと喉を鳴らす信継。
「愚息。大神君(織田信長)が天下を統一しようとしたのはなぜじゃ?」
「……迫り来る南蛮の脅威に対抗するには、日之本が一致団結しなければならぬと判断したからでは?」
「うむ。確かにそういう風に伝えられておる」
「……では、真の目的は違うと?」
「で、あるな」
「…………」
信長公は天下を統一し名古屋幕府を開いた英傑であるが、敵対者には容赦をしなかったという逸話も数多く残されている。そんな彼の、天下統一に対する真の目的とは……?
「それはな、――民のためよ」
「民、で御座いますか?」
「うむ。民が農作業の合間に寝転がり、安心して昼寝をすることができる。大神君は、そのような太平の世を目指しておられたのだ」
「民が、昼寝を……」
「大神君の時代、尾張の領主として終わるという道も確かにあった。だが、それで満足せず、多くの苦難と犠牲を払ってまで天下を統一したのは――80年以上も続いた戦国の世を、我が手で終わらせるしかないと決断なされたが故よ」
「そのような御心が……」
「信春。織田家のことだけを考えれば日之本全体のことなど放っておけばいい。各地の領主に任せてな。だが、我らがそれをせぬのはひとえに大神君の『夢』を実現させるためよ。大神君の後を継ぐ者であるならば――救える民は、救わなければならぬ」
「……御意に御座います」
「うむ、励めよ」
息子の成長に満足したのか、どこか嬉しそうに部屋を出ていく信継であった。
◇
「和、待たせたな」
「いえ、春様。妾も今来たところですので。……それで今日はどうしたのですか?」
「うむ。まだ池田が怪しい動きをしておるようなのでな。町歩きのついでに調べてみようと思ったのじゃ」
「そうですか……」
「うむ? どうかしたのか?」
「いえ、こういうときは嘘でも『町歩きのついでに調べよう』と言うべきではないかなぁとですね」
「はっはっはっ。であるな。ならば言い直そう。――今日の主目的は和との町歩きよ。池田の屋敷など忍びにでも調べさせればいい」
「その言い方もどうかと思いますが……」
呆れたようにため息をついた和は、苦笑しながら信春に手を差し出した。
この国で、この時代で。女性なら手を差し伸べることなど一般的ではないし、そもそも手を繋ぐという習慣も薄い。
だが、信春は迷うことなく和の手を取った。『そういうのもいいか』と考えながら。
「では、参ろうか」
「えぇ、そうしましょう」
八代将軍織田信春と、その正室、和姫。
二人の物語は、こうして始まったのである。




