出合え、出合え
「何奴!?」
吉村が誰何しながら中庭へと顔を向けると、そこには―― 一人の青年と、一人の少女が立っていた。
辺りはもう暗くなり、雲が月明かりを隠しているので顔はよく見えぬ。
だが、少女の方は誰であるかすぐに知れた。――あのような、夜にあっても輝くような銀髪を忘れるものか。
和のふりをした、偽物だ。
和の全てを奪おうとする、怨敵だ。
となれば、牢人風の格好をした青年は偽物の協力者ということになろうが……。
「生け贄だと? 下郎、どこまで知っておる?」
青年を問い質しながら、面倒くさいことになったと吉村は内心で頭を悩ます。ここで隠し部屋の存在が知られ、『吉村』が攫った子供を生け贄にしていたと知られれば、あの偽物も簡単には傷の治療をしないかもしれない。
ここは、縄で縛って無理やり治療させるか。吉村がそんな算段を立てていると、青年は心底呆れ果てたように鼻を鳴らした。
「下郎、とな? 伊達陸奥守吉村。我が顔を見忘れたか?」
「なにぃ?」
吉村が訝しげな顔をするのと同時、天の悪戯か、雲の隙間から月明かりが差した。
月光に映し出された、その顔は。
「わ、若様!?」
反射的に膝を突き、頭を下げる吉村。悪党であろうがあるまいが、関係ない。武士として生まれた以上、『征夷大将軍』とそのご子息に対する礼儀は身体に叩き込まれているのだ。
そんな吉村の態度に、若様――織田信春が満足そうに頷く。が、だからといって容赦はしなかった。
「吉村。怪しげな術のために市中から子供を攫い、生け贄にするなど言語道断。しかも一度だけでは飽き足らず、二度もなど……。せめてもの情け! この場で大人しく腹を切れぇい!」
「ぬぅ!」
若様からの切腹命令。つまり、責任者の自害によってこの事件を終わらせるという温情。伊達家自体は嫡男が藩主となって存続することができるだろう。
逆に言えば、ここで手向かえば伊達家お取り潰しとなる。それが分からぬ吉村ではない。
ない、が。それがどうしたというのだ。
吉村がにわかに立ち上がり、刀を引き抜いた。
「何が若様じゃ! 儂は織田信長公を窮地に陥れたる伊達の血を引く者ぞ! ――曲者じゃ! 出合えい! 出合えい!」
藩主の怒声に従い、藩邸に詰めていた藩士たちが続々と中庭に集まってくる。
「――愚かな」
大人数に取り囲まれたというのに、慌てることなく刀を抜いた信春。
逆に、戸惑っているのは呼び出された藩士たちだ。
出合えと命じてきたのは主君である伊達吉村。
その吉村が『曲者』と呼ぶのは、とてもではないが賊には見えない爽やかな青年と――愛娘である和姫ではないか!
その空気を察したのだろう。和は腹の底からの大声で断言した。
「皆の者! 父上がご乱心じゃ!」
主君とその姫から言い渡される、まったく異なる内容。
「なんと、」
「これは一体、」
「我らはどうすれば……」
一体どちらに従うべきか。
主君であるのは吉村だが、万が一乱心しており、乱心者に従って無実の姫を切り伏せたとあっては――切腹どころの騒ぎではない。さらに言えば、和姫には幾度となく傷の治療をしていただいた恩義があるのだ。
どうしたものかと顔を見合わせる藩士たち。
そんな中、吉村が和姫を睨め付けながら怒声を叩きつけた。
「父上だと!? 巫山戯るな! 貴様など娘ではない!」
なにを、と騒然としたのは藩士たちだ。
吉村が和姫を溺愛していることは藩邸に勤める者なら誰でも知っていることだ。それは和姫が生死の境を彷徨い、目覚められて銀髪になってからも変わらないはずだ。
そして、和姫。
元より美しく心優しい姫であったが、『力』に目覚めてからは積極的に藩士とも交流し、ケガ人が出たときなどは術によって治療してくれた、慈悲あふれる姫君。
明らかに狂気をその目に孕んだ吉村と、優しく慈悲深い和姫。
どちらを信じるかなど、決まっていた。
そうして。
藩士たちの心が和姫に傾きつつあった中で、トドメとなる一撃がもたらされた。
「片倉様! ご無事で!?」
「皆の者! 手を貸せ! 吉村様が攫ってこいと命じられた子供が、この中に!」
意識の朦朧としている爺を支えながら騒ぎ出したのは――黒脛巾組(忍者)の楓。そして表向きは勘定役ということになっている上忍・蔵人。
本来なら影に潜むべき忍びたちが、その姿を現し声を張り上げている。――和姫に助力するために。
戸惑いつつ、藩士の幾人かが隠し部屋へと入り……縛られた子供を抱えて外に出てきた。
「おい! 子供だ! 本当に子供が捕らえられているぞ!」
「しかも白骨死体まである!」
「――殿がご乱心じゃ!」
和姫の言葉。
ぐったりとしている片倉。
そして、縛られた子供たちと、白骨死体という発言。
それらを受けて、藩士たちの心は決まった。
「殿!」
「まずは刀を鞘に納められよ!」
「話は座敷牢にて拝聴いたす故!」
ことが明るみに出れば吉村は斬首。御家取りつぶし。藩士の多くも牢人となってしまうだろう。それを防ぐためには吉村を座敷牢に監禁し、病気を理由に隠居、他の当主を立てるしかない。
その企みを察したのだろう。吉村の額に血管が浮かんだ。
「おのれらぁ! 謀るつもりかぁ!?」
もはや事実乱心したとした思えぬ吉村が滅多矢鱈に刀を振り回し、吉村を拘束しようとした藩士数人が手傷を負う。
「――――っ!」
まだ血を見慣れないのか。あるいは見知った顔がケガをしたのが耐えられなかったのか。小さな小さな叫び声を上げる和。
その叫びを、近くにいた信春が拾う。
「……和。どこか安全な場所に移動し、手傷を負った者と、あの初老男性を手当てしてやってくれ」
「え? でも……」
「吉村はわしが何とかしよう」
「だ、大丈夫なのですか? 私がいれば結界を張ることも……」
「はっはっはっ、わしを誰だと思っておる? ――信じよ、和」
爽やかな笑みを向けられて。和姫は頷くしかなかった。
「では、ケガをしたらすぐに呼んでください」
「うむ、約束しよう」
信春の返事を信じた和は、近くにいた藩士に命じた。
「ケガ人は部屋に運んでください! ここではいつ襲われるか分かりません!」
「ははっ!」
「御意!」
幾人かの藩士が動き、和姫を手近の部屋へと案内した。




