大岡裁き?
「では、伊達の屋敷近くまで送っていこう」
さらっと口にする春様だった。偉いお人なのに自ら女性を送るとは……。なんだこのイケメン、紳士か?
「……おのれ野獣のような目をしおって……」
ボソッとつぶやく楓お姉さんだった。いやいや、あんな涼やかな目をつかまえて野獣のようなって。
「和は知らぬかもしれぬが、少し前に子供が連続で行方不明となったのだ。気をつけるに越したことはないだろう」
「あ、なんかそんな話を聞いた覚えが」
藩士の人が教えてくれたんだっけ? たしか三人くらい行方不明になって大騒ぎ、とか。
どんな話だったかなーっと思い出していると、楓お姉さんが私の右腕を掴んだ。
「いえ、若様に同行していただくまでもありませぬ。姫様は拙者がお守りいたしますので」
対抗するように若様が私の左手を握った。
「まぁ、そう言うな。わしが送れば、わしの忍びも合わせて万全の護衛ができるのだぞ?」
「…………」
「…………」
面白くなさそうな顔をする楓お姉さんと、いつも通りの涼やかな目なのだけどなんとなく腹黒そうな春様。そんな二人に挟まれ、腕を掴まれた私。
これは、まさか、あれでは?
――大岡裁き!
時代劇の定番! いや定番ってほどじゃないけど、定番ということにしておきましょう! やめて! 私を取り合って争わないで!
……いや実際、楓お姉さんのパワーで引っ張られたら裂けると思う。真っ二つに。やめて、マジで争わないで。
「埒があかぬな……。和はどちらがよい?」
「へ?」
「わしが屋敷まで送るのと、この忍びと帰る。どちらがいい?」
「う~ん、それは……春様に送ってもらう方が?」
「よし」
春様が満足そうに頷き、
「姫様!?」
楓お姉さんが悲惨な声を上げた。
「いやだって、楓お姉さんとはずっと一緒にいられますし。ここはレアキャラ(?)の春様を優先するべきでは?」
「…………」
「……ふっ」
どこか面白くなさげな春様と、なぜか勝ち誇ったような顔をする楓お姉さんだった。なんか表情の変化が忙しいですね二人とも?
まぁ、なんだかよく分からないけど。
若様に連れられて転移地点となっている屋敷を出ると、遠くに名古屋城天守閣を見ることができた。あの距離を一瞬で移動したとなると、転移魔法って凄いんだねぇ。
屋敷は町の郊外にあったので、そのまま道を進んで町中へ。町の中心部を進んで閑静な住宅街というか屋敷街に出ると、伊達の屋敷も見えてくるはずだ。
まぁ町歩きなのでその前にぶらぶらするんだけどね。
「ここが名古屋名物、銭湯であるな」
「おぉ、これが噂の銭湯……」
時代劇とかでもよく出てくるよね。一階部分が風呂場で、二階が入浴後にのんびりできるスペースらしい。
大きなお風呂に入ったあと、のんびりする。日本人の気質は数百年前でも変わらないらしい。
いやしかし、あれなのでは?
わざわざ銭湯を案内するとは、『わしは和と混浴したいのだ!』という意味が込められているのでは!? だめよこの身体は和姫ちゃんのものなのに!
『……はしたないです』
おっと、思考がヤバすぎたのか背後霊(?)している和姫ちゃんからツッコミをいただいてしまった。すみません自重します。
そんなこんなで町歩きをしていると、伊達の屋敷がある屋敷街に到着した。
さすがに屋敷前まで送ると(姫様が男を連れてきた! という意味で)騒ぎになるということで、少し離れたところで別れの挨拶をする。
「そうだ。和よ。いずれ伊達吉村公に正式な通知が行くだろうが、和はしばらく名古屋城に通い、真法を習うことになるだろう」
「あ、はぁ」
転移魔法を教えてくれるってやつかな、と思っているとまたまた楓お姉さんが殺気を飛ばしていた。あなたもうちょっと忍ばなくていいんですか?
「はっはっはっ、愛されておるな。そういうことだからまた近日中に会うこととなろう。それまで元気でな」
「あ、はい。春様もお元気で」
この時代にも『手を振る』という習慣はあるのか、私と春様は手を振りながら別れたのだった。




