爺の憂鬱
その日の夜。
爺――片倉は黒脛巾組の弐組組頭・蔵人からの報告を受けていた。
黒脛巾組の主君は伊達吉村であるが、彼に報告を上げる前に片倉へと相談するのが慣例となっているのだ。
まぁつまり、吉村に対する忠誠心が薄めということを意味しているのだが、それには触れぬ片倉と蔵人である。
蔵人の話を聞いた片倉が痛そうに頭を抑える。
「姫様が……町に……?」
「は、婚約破棄の気分転換にと」
「……しかし、昨日、姫様は一日中部屋にいたはずだが?」
「姫様の魔法により、土人形を作り、身代わりに」
「う~む?」
あの日、体調が優れないという和を心配した片倉も部屋を訪れたが、和はだるそうに布団に寝転がり、面倒くさそうな顔をこちらに向けた。さらに言えば「今日はお休みでーす」とだるそうな声まで発していたのだ。あれが、土人形であると?
「まことに驚くべき精度でありました」
「……そうか」
まさか蔵人がこんな冗談は言うまい。とりあえず今は信じるしかない片倉であった。
「して。昨日ではなく今ごろ報告を上げてきたのには理由があるのか?」
「はっ。幕府の忍びから接触を受けていまして。諸々打ち合わせを」
「うむ?」
「なんでも織田信春様と安倍晴明様が姫様に多大なる興味を抱いていると」
ここで言う『安倍晴明』は平安時代に生きた本人ではなく、代々名前を継いできた陰陽頭のことだ。
若様と、陰陽頭。
とんでもない名前が出てきてさすがの片倉も肝を冷やしてしまう。
「なんと……どういうことだ?」
「はっ、姫様は町中で偶然若様にお会いしまして」
「偶然?」
「はっ、偶然。ばったりと」
「……偶然なのか? まことに?」
「少なくとも、後を付けられてはおりませんでした」
「うーむ……」
「信春様は姫様に多大なる興味を抱かれたご様子。さらに、姫様が使った魔法の話を聞き、陰陽頭様も――」
「魔法!? まさか、姫様は町中で魔法を使ったのか!? 蔵人! お前が付いていながら!」
「それについてはまことに弁解のしようがなく……」
「…………、……いや、あの姫様だからな。蔵人であっても止めるのは無理であろう」
深くため息をついた片倉が蔵人に先を促す。
「その後、幕府の忍びより接触がありまして……。本日、織田信春様から姫様に対して書状(手紙)が送られました」
「書状……。どのようなものだ?」
「こちらに」
蔵人が懐から取りだしたのは、かなり上質な紙が使われた書状であった。
「若様からの私的な書状だろう? 儂が読んでもいいのか?」
「姫様からは「無理! 任せます!」とのお言葉を」
「あの姫様が、無理と?」
何かとんでもないことに巻き込まれていないか? 不安になりつつ片倉は書状を受け取り、恐る恐る開いてみた。
――上様が、姫様に会いたがっていると?
そして、陰陽頭からは、陰陽寮に所属せぬかと?
「……無理じゃ。これは無理じゃ。これは儂の一存で処理できるものではない」
「では、吉村様とご相談を?」
「するしかあるまい」
「……大丈夫でしょうか? またあの娘馬鹿を発動するのでは?」
「うーむ……」
頭を悩ませる片倉と蔵人であった。とはいえ、上様まで出てきた以上、報告しないわけにはいかないのだが。




