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神様? 神様ぁ……?


 入浴後。

 この世界について爺から色々教えてもらっているうちに、お医者様が到着したらしい。


 女中さんがお医者様を通してくれたのだけど――なんというか、強烈な人だった。


「――きゃー! かわいい! 13歳くらい? ガラスケース(・・・・・・)に入れて飾っておきたいような美少女ね!」


 この時代に『ガラスケース』なんてものがあるの?


 訝しみながら医者だという美女(・・)を観察する。


 現代風の美人だ。年齢は20代の前半くらい? 女子大生と言われても信じられそう。


 この時代に各種美容用品なんてないだろうに、完璧にお手入れされた肌はきめ細やかで真っ白。まるで冬の寒い日に降り積もった新雪のよう。


 初孫に会ったかのようにデレデレッと緩められた目。その中に輝く瞳の色は――血を啜ったかのような赤色。


 そして。なにより。目を引くのは髪色だ。


 ――銀色。


 今となっては『私と同じ』という表現が使える、白銀色。

 いいや、私と同じでは決してない。私の髪より艶やかで。私の髪より美しく。私の髪より輝いているのがお医者の銀髪なのだから。


「あらまぁ、そんなに褒められると照れちゃうわね! お礼に『お姉さんポイント』を進呈しておきましょう! 貯めるといいことがあるかもよ?」


「は、はぁ……。ポイント、ですか?」


 先ほどの『ガラスケース』といい、『ポイント』といい、なぜそんな言葉を知っているんです?


 いやそれよりも。

 私、さっきから声を出してないですよね? なぜ自分の銀髪が褒められたって分かったんですか?


 まさか、心を読んだ……?


 いやでも、さすがにあり得ない。


 しかし、それを言い出したら病室から江戸時代(名古屋時代?)に転生して、銀髪の美少女になる方があり得ないのだから……。


 私が今日何度目かも分からない大混乱に陥っていると、お医者様は真面目くさった顔で咳払いし、爺に視線をやった。


「では、これより診断を始めます。お召し物を脱がせますので男性の方は……」


「おっと、そうでした。では姫様、拙者はこれにて」


 お医者様に深々と一礼してから爺は部屋を出て行ってしまった。こんな怪しい人物と『姫様』である私を二人きりにして。


 これは、元々このお医者様がこんな性格だから何も言わなかったのか。


 あるいは、疑問に思えないように(・・・・・・・)してしまったのか。


「――あら。ずいぶんと鋭いわね? 私、何か疑われるような不手際をしたかしら?」


 にっこりと。

 余裕ぶった顔でお医者様は笑う。まるで全てを見抜いたかのような笑顔だ。


 先ほどの天真爛漫さが嘘であったかのようなひりついた雰囲気。あるいはこちらが本性か。部屋の温度が一気に下がったような気さえする。


 ここで呑まれたら(・・・・・)マズいな、と直感で理解する私。


「不手際も何も。あれだけ堂々と心を読んでおいてよく言いますね?」


「ふふっ、どんな説明をするより手っ取り早い自己紹介だったでしょう?」


「……それは、まぁ……」


 このお医者様は只者じゃない。と、すぐに理解できたけれども。もうちょっとやり方とかないのだろうか? あと、単純に気づかない可能性もあるし。


「これで気づかない鈍感ちゃんなら、扱いやすくて助かるんだけどなぁ」


 なんか腹黒いことを言っていた。


「腹黒いとは失礼な」


 なぜか上機嫌にクスクスと笑うお医者様。……いや、敵か味方かも分からない謎の存在。


「味方よ。少なくとも、あなたが悪事を重ねでもしない限り」


 平然と心を読み、会話を繋いでくる。

 正直、前世では病気のせいで『声を出す』という習慣が薄れていたので、わざわざ声を出さなくても意思疎通ができるのは助かるかもしれない。


 恐れるでもなくそんな感想を抱くと、彼女はわざとらしく着物の裾で涙を拭う動作をした。


「あ、ちょっと待って。泣きそう。私そういう系の話に弱いのよ。そうよね、病気で声も出せないほど弱っていたんだものね。全身に管を刺されて、痛そうで……」


 その口ぶりは、まるで入院中の私を見たことがあるかのようであり。


「以前の私について、なにか知っているのですか?」


 声を出さなくても通じるとは思うけど、質問するからにはちゃんと発言するべきだと思う。


 私の問いかけを受けて、彼女は自慢げに胸を張った。


「もちろん。だって私があなたをこの世界に連れてきたのだもの」


「…………」


 普通に考えれば妄言。どんなに想像を働かせても、やはり無理がある話。

 ただし、超然とした笑みを浮かべる彼女を前にすると――不思議と説得力があるように感じられた。


「……あなたは、神様なのですか?」


 死にかけた私が願い続けた存在。痛みを終わらせて欲しいと。死なせて欲しいと。そして、次の人生があるなら病気で苦しまなくていい人生を、と。


「神様ねぇ? 人を超えた力を持つという意味では、そうなのでしょう。あなたの願いを叶えたというのなら、そうなのでしょう。神様として生まれたかと問われれば、それは否。私は人間として生まれ、人間として生きています」


「あ、はぁ」


 なんだかこだわりがありそうなのであまり深く触れないでおこう。『神様みたいな力を持ったお姉さん』ということで。


「あら、いいわね『お姉さん』って。あなたみたいな美少女からそう呼ばれるとキュンキュンしちゃうわ!」


「あ、はぁ」


 自称お姉さんは身悶えるように身体をくねらせていた。

 何となく察する。

 この人はこちらが話の主導権を握らないとドンドン脱線していく人だ。


「え~っと、なぜ私をこの世界に? というかここは異世界ですか? ……『信春騒動記』の世界でいいのですか?」


「まぁそうね。そう考えてくれていいわ。よくある『物語の世界の美少女に転生しちゃった!?』みたいな展開ね!」


「転生……。やはり私は死にましたか」


「……なぁんか、あっさり受け入れたわね?」


「そりゃあ、まぁ。長生きできるとは思っていませんでしたし。むしろ一刻も早く死にたかったですもの」


「だ~か~ら~、そういう系の話はやめてよ~」


 また着物の裾で涙を拭う動作をするお姉さんだった。ちなみに本当に泣いているわけではない。


「死んだのは理解しましたが、なぜ転生を? どうして私の願いを聞き入れてくれたんですか? 別にお参りしたわけでも、敬虔な信者というわけでもなかったのに」


「そうねぇ……。私もちょっと油断していたのよね」


「油断、ですか?」


「うん。私はもう第一線を引退してスローライフを送っているのだけど、そのせいで気づくのが遅れちゃったのよねぇ。でも言い訳してもらうなら、『力』を持った存在はちゃんと監視していたのよ? ほんとほんと。お姉さん嘘つかない。ときどきしか」


「はぁ……?」


 何を言いたいのかまるで理解できないけど、お姉さんは話を進めてしまう。


「あなたの入っている(・・・・・)肉体はちょっと特殊でねぇ。分かり易く言うと勇者とか、救世主とか、そう呼ばれても不思議じゃない『力』を持つ肉体なのよ。


「勇者……救世主……?」


 思わず自分の体を見下ろす私。……別に筋肉があるわけでも、何らかの不思議な紋章が刻まれているわけでもない。普通の、少女の肉体にしか見えない。


 でもお姉さんにとってそれは『事実』なのかそれ以上の説明をすることなく話を先に進めてしまう。


「で、どうしたものかなぁ放ってもおけないよなぁって悩んでいたら――ちょうどいい魂を見つけたのよ」


「魂?」


「うん、そう。普通は魂を別の肉体入れると拒絶反応が起きるのよ。臓器移植したときみたいに。でも、そんな拒絶反応が出ないほどそっくりな魂を見つけたから――これは、入れちゃえば(・・・・・・)いいやと思ったのよ。ナイスアイディアじゃない?」


「…………」


 察するに、その魂って私のことだよね? そんな軽いノリで私はこの肉体に入れられてしまったのだろうか?


 私の呆れを察したのかお姉さんが咳払いをする。


 途端、再び空気が張り詰めたような気がした。


「――そっくりな魂がいました」


「はぁ」


 いきなり敬語になったのは、それだけ真面目な話をするということだろうか?


「その二つはビックリするほどそっくりな。双子じゃないのかって疑いたくなるような魂です」


 二つの魂を表現するかのようにお姉さんが右手を左手を挙げる。


 そして、左手をほんの僅かに挙げた。


「一つの魂は、神様に願いました。これ以上の悲劇は避けて欲しいと。これ以上の暴挙を止めて欲しいと」


「悲劇に、暴挙ですか……?」


 私の疑問に答えることなく、お姉さんは右手をほんの少し挙げた。


「もう一つの魂は、願いました。速やかな死を。苦しみの終焉を。――次の転生において、病に苦しむことのない健康な人生を」


「それは……」


 私のことか、と理解する。


「なので私は二つの魂の願いを聞き届けることにしました。まず、健康を望んだ魂に、健康な肉体を。その代償として、あなたにはこれ以上の悲劇を防いでもらおうと思います。それは元の身体の少女の願いでもあります」


「…………」


 いや、生き返らせてもらったのだから代償に何かをしろというのは納得するし、生きられなかった少女の願いを叶えることに文句はない。


 でも、私には何かを解決できるような力も頭脳もないし、別の世界から魂を引っ張ってこられるほどの力があるのだからお姉さん自身が解決してしまえばいいのにと思う。


 ただ、そんなことはお姉さんも織り込み済みであるはずだ。その上で私に頼んできた理由があるはず。


 だからこそ。もうすでに異世界転生(報酬)を受け取っている私にできることは、代償としてこれ以上の『悲劇』とやらを食い止めること。


「……私は一体何をすればいいのですか?」


「今のところは、何もしなくていいです。新しい世界に慣れることだけを考えてください。――いずれ、『運命』はあなたを巻き込むでしょうから」


「運命、ですか……」


「さて、と」


 真面目な話はこれで終わりとばかりにお姉さんが手を叩いた。口調も元のものへと戻ってしまう


「じゃあ、お待ちかねの転生特典ターイム!」


「……転生特典、ですか?」


「あれ知らない? 前の世界じゃ結構流行っていたでしょう? 異世界に転生した主人公が神様からチート能力をもらって無双するってお話」


「入院していたときは時代劇ばかり見ていたので、そういう流行はよく分からないんですけど……」


「泣いた。ちょっとサービスしてあげましょう」


 お姉さんは悩むように人差し指を自らのアゴに当て、うーんうーんと悩み始めた。


「まずはテンプレとして『自動翻訳(ヴァーセット)』よね。日本人とはいえ難しい言葉遣いとか多いでしょうし。あとは願い通り病気になってもすぐ治るよう『自動回復(イルズィオン)』スキルもオマケしましょうか。それと……魔力は生まれつきチートだし、目も良いから心配ないとして――」


「魔力、ですか?」


「うん、そう。『信春騒動記』でも魔法を使っていたでしょう?」


「いや、それはそうですけど……。江戸時代なのに?」


「正確に言えば名古屋時代ね。首都・名古屋」


「いやいや、ちょっと待ってくださいよ。時代劇で魔法とか、世界観を壊しすぎじゃないですか?」


「転生とか銀髪とか出てきている時点で、今さらじゃない?」


「それは、そうですけど……」


「おっと、まずは『魔力』がどういうものか理解しないとね。はい、というわけで手を出して」


 促されるまま両手を差し出すと、お姉さんが握り返してきた。


 ――温かい。


 人の手に触れるのは、久しぶりだ。前世では人と触れ合うこともできなくなっていたから。


 忘れかけていた温もりに感動していると――その温もりが、どんどん強くなってきた。止まることなく手から腕へ、腕から胴体へ、胴体から全身へと広がっていく。


 血管の中に血以外の『何か』が流れているような。心臓がもう一つできて脈打ち始めたかのような。そんな不思議な感覚は私の胸を高まらせ続けて――


「きゅう……」


 急に辺りが暗くなった私は、そのまま布団に倒れ込んだのだった。


「あら魔力酔い? 相性が良すぎてちょっと流し込みすぎたかしら? ……ま、結果良ければ全てよし! じゃあ頑張ってね? あなたの活躍を期待しているわ! 今度はイケメンと恋をしてみるのもいいかもね!」


 好き放題言い放つお姉さんに抗議したかったけど、私にはもうそんな余裕もなくて。


 こうして。

 たぶん私は気絶してしまったのだった。







※お読みいただきありがとうございます。面白い、もっと先を読みたいなど感じられましたら、ブックマーク・評価などで応援していただけると作者の励みになります! よろしくお願いします!


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