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時代劇の悪役姫になりました。~処刑は嫌なので、正義の味方をはじめます~  作者: 九條葉月


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閑話 若様・2

 スリの頭に当たった氷の塊。

 あれは真法だろうと信春は推測する。


 あの呪文を唱えた声は、少女のものであったはずだ。


 ならば話を聞かなければならないと、信春は看病という(てい)で少女らと共に茶屋に入った。


 ……純粋に、少女を心配したからという理由が八割ほどを占めていたが。


 しばらくその少女と過ごしてみて、信春は何とも『面白き女』であるという感想を抱かずにはいられなかった。


 女性でありながら、武器を持った男に対して一歩を踏み出してみせる勇気。正義のため、力なき民のため、動くことのできる気高さ。


 だというのに血を見ただけで立ちくらみを起こしてしまうか弱さ。


 それだけでかなりの緩急(ギャップ)があるというのに、その後もまた激動であった。


 髪が黒から銀になったり。

 幕府直轄の中でも一、二を争う腕前の忍びが隠れる場所を凝視したり。

 信春の正体を見破ってみせたり。


 ……幕府直轄の忍びすら呆れさせる緩さもまた、ある意味で恐ろしい。


 感心したり、庇護欲をくすぐられたり、油断ならなかったり。呆れてしまったり。

 緩急の差が激しすぎる女であった。


 何より恐ろしいのが、それらが全て『素』であることだ。


 信春も次代将軍。多くの経験を積んできたからこそ、相手が嘘をついているかいないかくらいは分かるようになった。嫡男と和姫の婚約破棄申請の場で、池田家当主が誤魔化しをしたと理解したように。


 演技なしで、自由奔放に振る舞う女。


 しかし、考えが足りないかといえば、そうでもない。


 上水道の話で新生児死亡率の話をしたり、下水道整備で疫病が減ると断言したり……。そんなこと、並大抵の教育では理解できないだろう。むしろ『姫』に教える意味がないのだから、それらの知識は自分で学んだということになる。


(底知れぬ女よ……)


 もはや和のことばかり考えている信春であった。


 もちろん、和が転生者であり、前世の知識で上下水道の話をしたなど信春が知る由もない。





 和の『浄化』後。慌てて和たちが去ったあと。

 信春は事後処理を家臣に任せ、城へと戻っていた。すでに彼がするべきことはない以上、下手に位が高いものがいると下の者の動きを阻害するためだ。


 そして、数刻が経過した頃。


「――若様」


 陰陽頭が音もなく現れ、信春に頭を下げた。


「どうであった?」


「はっ、陰陽師を動員して調べましたが、全ての井戸の水が浄化されておりました」


 信春は陰陽道や真法にそれほど詳しくはないが、陰陽頭の表情からただ事ではないことは察せられた。


「それは……凄いことなのか?」


「もちろんで御座います。たった一人であれだけの浄化をするなど、まさしく『あの御方』の再来でありましょう。しかも、髪色も銀とくれば……」


「ふむ……」


 大神君の正室、濃姫。

 彼女は真法を用いて大神君の天下統一と、海外進出を手助けしたという。

 その髪色は『銀』であったと、多くの文献に残されている。


 父上が気に入りそうな話だな、と思う信春である。


 あの父上なら大名同士の婚約にも介入しようとするだろうし、そう考えれば池田家の方から婚約破棄を申請してくれたのは幸いだった。


(いや、あるいはそこまで計算して――いやいや考えすぎだな)


 偉大すぎる父を持つと苦労するものだ、と信春は首を横に振る。


「若様。あの少女、ぜひ陰陽寮に欲しゅう御座います」


「ほぉ? それほどの才か?」


「はい。彼女であれば、次の陰陽頭にしても惜しくはないかと」


「それほどか……。いやしかし、大大名の姫であるしなぁ」


「無理を言っているのは百も承知。しかし、彼女は病弱で婚約破棄をされたと噂になっているようですから、次の婚約を決めるのも苦労するでしょう?」


「すでにそこまで調べているか……。うむ、それは、そうかもしれぬが……」


 なにせこの時代、女性に求められるのは『元気な後継ぎを産むこと』なのだから、病弱という噂が立てば再度の婚約はまず無理だろう。あとは有能な家臣に嫁がせるか、『いかず後家』となるか……。


「――どうせ碌でもない嫁入り先しか準備できないのなら、陰陽寮がもらい受けても問題はないはず。伊達家としても、娘が大神君の御台所(正室)以来の才として陰陽寮に迎え入れられるとなれば名誉なことで御座いましょう?」


「う~む……」


 理にかなっている。

 陰陽寮――つまりは自分の直轄となるのだから父上も反対はしないだろう。

 伊達家としても、婚約破棄された姫の嫁ぎ先を探さずとも良くなる。


 しかし。


 ――信春の脳裏に蘇るのは、屈託のない和姫の笑顔であった。


 陰陽寮に入れば当面の婚約話もなくなるだろう。が、しばらく経てば優秀な陰陽師(魔術師)との結婚を強いられるはずだ。優秀な陰陽師の血を、後世に伝えるために。


 …………。


「……一応父上に話してみよう。だが、父上はわしの嫁にどうかと考えているようなのでな。そう簡単に話は進まぬかもしれぬぞ?」


「ほぉ、それはそれは。そうでありましたか……。いやいや、そうでありましたか。そうでありましたか」


 若いっていいなぁ、という顔をする陰陽頭であった。





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