時代劇に転生しました?
長期入院していた私は、暇を潰すためによく時代劇を見ていた。
現代ドラマはなんだか設定が複雑だし、一話見逃すともう話が分からなくなってしまう。ニュース番組は気が滅入るものばかり。そんな状況なので深く考えなくてよく、主人公がとにかくカッコイイ時代劇を見るのは必然とすら言えた。
日本の時代劇というのは、意外と無茶をするというか、何でもありみたいだった。
たとえば江戸時代なのに上様がノートパソコンを使っていたり、背後に新幹線が走っていたり、カメラの前を車が通り抜けたり……。
そういうあからさまなものを抜いたとしても、時代的におかしい回転式機関銃を敵がぶっ放したり、吉宗の時代には焼失しているはずの江戸城天守が出てきたり、姫路城を江戸城だと言い張ったり……。とにかく、「あぁ、これは雰囲気を楽しむものなんだな」と理解するのにさほどの時間は要しなかった。
そんな、何でもありの時代劇の中で。特に異彩を放っていたのは『信春騒動記』という番組だった。
なにせ実写じゃなくて、アニメ。
いやそれは水〇黄門という前例があるので「珍しいけど、あり得ないってほどじゃない」けれども……特に変わっていたのがその設定だ。
この時代劇、なんと魔法が出てくるのだ。
いや、まぁ、有名な時代劇でも『邪法によって著名な剣豪を蘇らせて~』というものがあるので、魔法が出てきても不思議じゃないかなというのが正直な感想だった。
むしろ魔法を表現しやすいからこそ実写じゃなくてアニメになったのかもね。
内容としては、仙台伊達家の『悪徳姫・和』が、スペイン(イスパニア)から伝えられた魔術によって暗躍し、幕府転覆を謀るというものだ。
悪逆無道。冷酷無残。倒行逆施。邪法をその身に宿すため、悪魔と契約し銀髪となった悪徳姫。
気まぐれで領民を処刑し、財産没収や追放は日常茶飯事、藩主である父すらも魔術で洗脳して思うがままという滅茶苦茶ぶり。
そんな悪徳姫と対するは、次代将軍の若様・織田信春。
織田信長が天下を統一した世界! 飛び交う魔法、空を駆ける天馬! 魔法を平然と刀で切る若様に、次々と登場するスペイン製銃火器やら精密機器! と、ツッコミどころしかない内容だ。
でも、私はそれに心躍らせた。
だって爽快だったから。
若様はイケメンで。不正を決して許さず。悪をバッタバッタと切り伏せて。悪徳姫がどんな謀略を使っても「はっはっはっ」と笑いながら勇気と機転で乗り越えてしまう。そして最終的に悪徳姫は磔(死刑)となり、若様は美しい婚約者と結ばれるハッピーエンドを迎えるのだ。
(やっぱり、イケメンが活躍する物語は素敵だわ……)
そんなことを考えてしまう、単純な私だった。
◇
――とにかく苦しかった。
進行性の病気はすでに私の全身に転移し、もはやどこが痛いのかすら分からないほどの激痛が私を責め立てていた。
痛みで眠ることもできない。
痛みで気絶して、痛みで起きる。その繰り返し。
この苦しみはいつ終わるのか。
このままずっと続くのか。
永遠に続くかのような苦痛の中。私はずっと『死』を望んでいた。早く死にたい。一刻も早く死にたい。死んで楽になりたい。
――神様。
もしも神様がいるのなら。
お願いです。
私を、今すぐ殺してください。
そして、もし生まれ変わることができたなら。
今度は健康な身体を。
病に苦しまなくていい体を――
神様に願う。願うことしかできない。病魔に蝕まれた私はもう身体を起こすことはおろか、腕を動かすことも、声を発することすらできないのだから。
お願い。
お願い。
お願い。
お願いし続けて。
また、痛みで気絶しそうになっていた、そのときに。
『――お願いです』
どこからか、声が聞こえた。
誰の声かは分からない。心当たりなんてない。
まだ若い、若い女性の声だった。
『お願いです。――を、止めてください』
誰を?
名前は聞こえなかった。
誰を止めて欲しいのかは分からなかった。
でも、その声があまりに必死だったから。
あまりにも切羽詰まっていたから。
だから、私は――
◇
「――和! 目を開けてくれ!」
聞いたことのない声。
誰かに身体を揺さぶられている。
瀕死の病人をこんな力強く揺するなんて、いったい何を考えているのか。
抗議をするために私は目を開けた。……すでに、声を発することはできなくなっていたから。
視界に映ったのは、号泣する中年男性。
見覚えは、ない。
太い眉毛。ガッシリとした顎。大きくて印象的な鼻に、涙を流しすぎたのか赤く腫れた目元……。一度見たら忘れないほどに『濃い』顔だ。
けれど、それよりも特徴的なのは、その髪型だ。
――ちょんまげ。
正式には月代というのだっけ? 時代劇でしか見たことがない髪型を、目の前の中年男性はしていた。
こんなちょんまげ男性がお見舞いに来るはずがない。
いや、そもそもお見舞いに来てくれる人なんていなかったのだ。
ならば、この人は一体……?
「おお! 見ろ! 和が目を開けたぞ! 和が生き返ったのだ!」
歓喜の声を上げながら私を抱え上げる男性。ちょっと、そんなことをしたら体中に刺さった管が抜けて大変なことに――
……あれ?
やはり、何かがおかしい。
痛くないのだ。
いや、ガタイのいい男性から力一杯抱きしめられているせいでそこら中が痛いけど、そうじゃない。
私の体中を蝕んでいた病魔。そのせいで常時襲いかかってきていた激痛。――その痛みが、消えていたのだ。
なんだこれ?
まさか、神様に願ったから、神様が病気を消してくれたとでも?
でも、そんなはずはない。
そんな奇跡なんてあるはずがないし……もし神様が願いを叶えてくれたなら、私は死んでいるはずなのだから。
いや、そのあと『もしも生まれ変わることができたなら――』と願ったから、もしかして……?
いや、そんなことはあり得ない。
あり得ないけど、あの激痛が消えてなくなったのは確かであり……。
とにかく。
今はこの状況を何とかしなければ。
「痛い……苦しい、です……」
声を発することができた。
自分の声を聞いたのなんて、いつぶりだろう?
そのせいか、ずいぶんと違和感があった。自分の声が、自分ではないような……?
「おお! すまんな和よ! あまりにも嬉しくてな!」
男性が抱擁を解いてくれる。……先ほどから言っている『なご』とは、もしかして私のことだろうか? あだ名だとしても、私の名前をどう弄ったってそんな風にはならないのに。
少し距離を取ってくれたので、抱きしめてきた男性と向き合う。
改めて見ても、知らない人だ。
私の知り合いにこんなちょんまげはいないし、そもそも顔に見覚えがない。
「あなた……誰ですか……?」
やはり、妙だ。
声色が私のものとは明らかに違う。そもそも私は呼吸をするのもやっとで、声を出そうとしても言葉にならない呻きにしかならなかったはずなのに……。
「和!? まさか、記憶を失ったのか!? 爺! どういうことだ!?」
先ほど私を抱きしめてきた男性が、すぐ近くにいた初老男性を問い詰める。この男性もまたちょんまげだ。
「お、落ち着いてくだされ。意識を取り戻したばかりで混乱しているのかもしれませぬし……。目覚めた者は今までの記憶を失い、別人のようになるとの話もあります」
「ぬぅ! ならば医者だ! 藩医を呼べ!」
「御意!」
爺と呼ばれた初老男性が慌てて部屋から出て行く。
どういうことだろう?
何が起こっているのだろう?
内心で大混乱に陥る私の頭を、先ほど抱きしめてきた男性が優しく撫でてきた。
なんだか、不思議と安心するような、ホッとするような……。
「大丈夫だ、和よ。たとえ記憶を失おうが、たとえ髪色が変わろうが、我が娘であることに変わりはないのでな」
我が娘。
ということは、薄々そうじゃないかと思っていたけれど。この人は『父親』らしい。
でも、そんなはずはない。彼は私の父親じゃないし、本物の父親がこんな優しい言葉を掛けてくれるわけがないのだから。
それに……髪色が変わった?
最近は髪の様子すら確認する余裕がなかったけど、私の髪なんて平凡な、少し茶色がかった黒髪だったはず。色が薄くなったとか、痛みのストレスで白髪が増えたとか?
疑問に思いつつ自分の髪を一房手にとってみると――輝くような銀色の髪が目に飛び込んできた。
白髪、とは明らかに違う。
銀。
どこからどう見ても、銀。しるばぁ。
…………。
…………。
…………。
……あれぇえ!? 銀!? なんで銀色!? 銀髪なんて創作の中だけで、実際はほとんどいないはずだよね!?
ちょっと今の私どうなってるの!? 薬の影響で色が抜けたとか!? いやそんなの聞いたことないんだけど!?
私が大混乱に陥っていると、先ほど医者を呼びに行った『爺』という男性が戻ってきた。
「殿。医者はすぐに駆けつけるとのこと」
「で、あるか」
父親だという男性は私から手を離し、立ち上がった。
「爺。名残惜しいが、儂はこれから城へと出仕(出勤)せねばならん。医者への対応は任せたぞ?」
「御意に」
「和、急に髪色が変わって戸惑う気持ちも分かるが、まずは風呂にでも入って心を落ち着けるがいい」
「あ、はい。分かりました。……お父様?」
「……ふっ、そう呼ばれるのも悪くはないな」
一度頷いてからお父様は部屋を出ていった。
なんだか一息付けた私は、改めて部屋を見渡してみた。
――和風。
まるで時代劇に出てくるような、古式めかしい内装だった。
まさかドッキリ? とは思ったけれど、芸人でもない私にドッキリを仕掛ける意味がないし、いくら何でも死にかけた病人にそんなことをするはずもない。
じっと、自分の手を見る。
細いけれど、肉付きはいい。
病気によって痩せ細ったわけではなさそうだ。
なんだか私本来の年齢より若く感じられる。
手を握って、開いて。握って、開いて……。私の思い通りに動く手を見るに、やはりこの見慣れない身体は私のものであるらしい。
そんなことをやっていると、『爺』と呼ばれていた初老男性が声を掛けてきた。
「では姫様。まずは医者が到着するまで少々お時間をいただければと」
姫様、って私のことだよね?
「あ、はい。何でしょう?」
「……ずいぶんと言葉遣いが……。いえ、使いやすい言葉で結構で御座います。まず、拙者のことを覚えておられますか?」
「え~っと……」
「ああいや、無理をなさらず。では拙者のことは『爺』とでもお呼びくだされ」
分かりました爺さん。
と、呼びかけてやめた。それはちょっと口が悪すぎる。まだ呼び捨てた方がマシでしょう。
「じゃあ、爺」
「よろしゅう御座います。それでは、先ほどの男性に見覚えは?」
「ないです。すみません」
「いえ、お気になさらず。あの御方は姫様の父君、仙台藩七代藩主・伊達吉村様で御座います」
「……仙台藩?」
「仙台藩で御座います」
「ということは、江戸時代?」
「江戸?」
「首都……いえ、将軍が鎮座している都市は江戸ではないのですか?」
「……江戸は現在今川氏が治めております」
「今川というと、今川義元?」
「義元公は今川家中興の祖で御座いますな」
「……ん~?」
今川義元って、桶狭間の戦いで織田信長に討ち取られた戦国大名じゃないの? 中興の祖どころか、家が滅びる原因のような……。そもそも今川がなんで江戸に? 尾張じゃなく北条に攻め込んだとか?
私の様子に何か察するものがあったのか、爺はずいっと身を乗り出してきて、内緒話をするかのように声を潜めた。
「姫様。上様は名古屋城におわします」
「名古屋城というと……徳川家康? いや、最初は織田信長でしたっけ?」
「とくがわ、は存じ上げませぬが――委細承知。どうやら姫様はここと異なる世界を生きてきたようですな?」
「多分そうですけど……。あの、ずいぶんとすんなり納得してくれますね?」
「伊達家に残された文献によれば、髪色が銀になった者の中には今までの記憶を失い、代わりにまったく異なる世界の知識を上書きされた者がいたようですので」
「上書き、ですか」
「はい。そうとしか言えないと文献には」
「その文献、ちょっと気になりますね」
「では後ほど書庫にご案内いたしましょう。……ここで重要なお話をさせていただければ、姫様の知識は危のう御座います」
「危ない、ですか?」
「もしも幕府に知られれば、強制的に城へと召し上げられてしまうやもしれませぬ」
「召し上げというと……」
この時代で言うと大奥に入れられちゃうとか?
「なんでも大神君の御台所(正室)が銀色の髪であったらしく。将軍家は銀色の髪を持つ者の『血』を積極的に取り入れてきたそうなのです。そこでさらに異なる世界の知識を有するとなれば……」
あー、なんかヤバそうだなと私でも分かる。
神君というと、神様になった徳川家康の呼び方だっけ? あれ、でも爺は「とくがわ、は存じ上げませぬ」って言っていたはず。
まさか、徳川家康がいない世界?
私が首をかしげていると、爺が一旦身を引いて深々と頭を下げてきた。
「この世界につきましては拙者が指南いたしますので、姫様におかれましてはしばしの間『記憶を失った』で通していただければと。――それと、何かとうるさい者もいますので、大神君の名はみだりに口になされませぬよう」
「大神君、といいますと?」
「名古屋幕府 初代征夷大将軍・織田信長公で御座います」
「…………」
名古屋幕府。
織田信長が征夷大将軍。
――そして、銀髪となった、仙台藩のお姫様。
そんな、まさか。
そんなのまるで、私が愛した『信春騒動記』の世界みたいじゃないか。
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