無意識自殺未遂 弐
物騒なタイトルですこと
「病院でですか」
紫雨さんは雪江さんに優しく語りかける
「まぁ、あの時娘も出会ってなかったわよ」
「こう言っちゃアレだけどねぇ……」
雪江さんはひと息ついて、落ち着いて言う。
「あの人、"徹次さん"が居なきゃ」
「娘は結婚できてなかったかもねぇ」
徹次さんというのは恐らく旦那さんの事だろう。
「旦那さんが娘さんとの橋渡しになった、と……」
「……あの人も最後まで認めなかったけどね」
「本望だっただろうさ」
遠い目をした雪江さんは話してくれた。
「認めなかった、ですか?」
「えぇ。でも最後にはね……」
「娘をよろしく頼む。とかですか?」
雪江さんに声を被せ、同時に言う。
紫雨さんはにっこりと笑った。
まるで「予想通りだ」と言うように。
「よ、よくわかったわね。そうね、在り来りよね」
「まぁ、だから……悠ちゃんには嫌われてたかもね」
悠ちゃん、というのは娘さんの夫であろうか。
「悠ちゃん、というと娘さんの?」
「ええ、そうよ」
紫雨さんはメモを素早く取り、話を切り出す。
「……話もほどほどにしてお尋ねしたいことが」
「なぜ自殺をしようと?」
紫雨さんはタバコの煙をひと息吐く。
鋭く、それでいて優しい眼で雪江さんを見つめていた
「あの日はね、徹次さんの命日だった」
「親族って言っても子供家族だけが集まっていたわ」
雪江さんは"あの日"を語り始める。
「孫の顔も見れた。息子や娘の妻や夫も」
幸せそうに語る雪江さんに私はつい言ってしまった。
「ではなぜ自殺なんか?」
すると私の予想外に落着きながら雪江さんは言う。
「あたしはね。孫が成人するまでは死なないって」
「徹次さんと約束してるのよ」
「で、でも自殺しようとしたんじゃ……」
私の言葉を防ぐように紫雨さんは私に言う。
「疑問に思うことは良いことだけど」
「話を遮ってはいけないよ」
私は雪江さんに謝罪し、続きを促した。
「……あたしは徹次さんにお線香をあげた後」
「そこの座布団に腰を下ろしたのよ」
そう言いながら、雪江さんは仏壇の前を指差す。
私達が座布団から視線を戻した頃、雪江さんは言った
「……瞬きをして、気がついた時には病院だったわ」
一瞬、理解が追いつかなかった。
私が混乱しているとわかった雪江さんは言葉を続ける
「つまりね、記憶がないの」
「あたしは無意識に自殺をしようとした」
「ですが、どなたが病院に運んだんでしょうね?」
私が驚いている間に質問を投げたのは紫雨さんだった
「後から聴いた話だとね、悠立ちゃん……」
「娘の夫が見つけて運んでくれたみたいね」
雪江さんの話では、悠立さん。
つまり、娘さんの夫が首を吊っている雪江さんを発見
そのまま応急処置をし、病院に運んだということだ。
それから私達は雪江さんから息子夫婦と娘夫婦
の情報を受け取り、雪江さんの家を後にした。
「初仕事にしてはよくできていたね」
紫雨さんは私に対し微笑む。
「あ、ありがとうございます」
「明日は氷雲悠立。娘夫婦を訪ねようか」
「時雨。君はこの事件について考えてみてね」
「雪江さんも言っていた通り、認知症とか……?」
「あぁ……息子に疑われたという話だったね」
家族の情報を聴いた時雪江さんは確かに言ったのだ。
「息子の大河には認知症じゃないかって」
「施設の利用も考えるって言われちゃったわ」
事件ではない。と私は考えている
今決めるのは時期尚早ではあるのだが……
雪江さんの悲しそうな顔が頭から離れない。
「時雨、君泊まる所がないだろう」
深く考えていると不意に紫雨さんが言う。
「親戚も居ないし……親も消えましたし」
「……確かに。どうしよう」
慌てふためく私を見た紫雨さんはフフッと笑う
「君は本当に予想通りの反応をするね」
「いいよ。うちの事務所に一緒に住もうか」
一緒……一緒!? 私は驚きと同時に嬉しかった。
私は今日、紫雨さんに一目惚れしてしまったようだ
思えば、今から少し意識し始めたのかも知れない
「嬉しいです!」
「でも、事務所って神社なんじゃ……」
不安の混じった喜びの表情で私は聞いてみる。
「あはは、あれは嘘だよ。魅力的に視えただろう?」
「事務所は普通の場所にあるよ」
少し安堵した。
流石に野宿はちょっと、と思っていたから
「さっきはあそこで待ち合わせだったんだよ」
「そ、そういうことだったんですかぁ……」
確かにミステリアスで魅力的に見えてしまっていた
ちょっと悔しい……
「私が遅刻したもので」
「気が立っていたんだろうね」
「ちょっと怖かったです……」
「そうか。でもね、普段はあんな奴じゃないよ」
「よほど焦っていたんだろうね」
亡霊さんを庇う紫雨さんは感情の読めない澄んだ顔。
晴れた空のような澄んだ顔。
「私は正直、君も消えていると思っていた」
一瞬何のことかわからなかったが、少しして
私の家族のことだとわかった。
「前から解ってはいたんだ」
「次の標的は君達だと」
狙われていたとはどういうことだろうか
私は今も狙われているのだろうか
悪い考えばかり頭を回る。
そんな私を安心させるように紫雨さんは言う
「もう大丈夫だよ」
優しく私に語りかける。
胸から重りが取れたような浮遊感に包まれた。
「大丈夫なんですか……?」
不思議だ。なぜだかわからない安堵が襲いかかる
紫雨さんに泣き顔は見せられないな。
「君達ひとりひとりが狙われていたんじゃない」
「"家族"が狙われていたんだよ」
「……もしかして、待ち合わせに遅れたのって」
驚いた顔をした紫雨さんは言う。
「……私は助手を取らない主義だったんだが」
「予想外だった」
「えっ……ごめんなさ」
言い切る前に紫雨さんは言う。
「なんだか思い出してしまってね」
「君を受け入れることにした。ちゃんと理由もある」
「えっ、なんでですか……?」
ひと息置いた後紫雨さんは言う。
「君が私に似ていたから」
まだまだ続く。自殺未遂事件!