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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

少女は世界を変える

【短編】『公子帝国を往く~徒然なる修道騎士の冒険譚』

 このお話は『妖精騎士の物語』に登場する先代ニース辺境伯である『ジジマッチョ』の若かりし頃『若マッチョ』のお話です。世界観は妖精騎士の物語に準じ、また、時代背景は『灰色乙女の流離譚』の少し後の時期になるかと思われます。 



 人の足で踏み固められた森の中の道を二人の男が進んでいく。最近、すっかり治安が悪くなってしまった。いや、昔からさほど良くもなかったか。


 皇帝が軍を隣国に派遣している隙に、小領主である騎士やその成り損ないが帝国街道を行き来する商隊を襲うようになったからだ。それくらい小領主が困窮しているという事もあるが、それだけではない。


「はぁ、はぁ、ちょっと待ってくださいよ若様」

「……汝、我を若様と呼ぶことなかれ。と主は宣う」

「異端になりたいんですか!! 主の名を妄りに唱えてはなりません!!」


 見上げるほどの背丈を持ち、それに相応しい恵まれた筋肉を身に纏う二十代前半と思われる男。その手には、彼の身の丈ほどもある杖を持ち、杖の先端には銀色に輝く金属の『棘』が幾つも生えている。


 聖樹・オリヴィ木の古木から削り出された『棍棒』。本来であれば、古代の神官が持つような荘厳な雰囲気を醸し出すはずであったが、その先端に突き刺された十数本の『魔銀棘』によって、凶悪な姿を見せている。


 それに付き従うのは成人には些か達していないであろう少年。若い鹿のような敏捷さと力強さを感じさせるものの、少々鍛錬不足……いや、前を行く巨漢と比べられれば誰しも力不足に感じるだろう。


 少年は虚弱でもなければ惰弱でもない。ただ、先を行く男が強力過ぎただけなのだ。





 二人は旅の修道士と助修士といった風体をしている。足元こそ革のサンダルではなく、しっかりとした半長靴を履いているが、褐色の染色していない貫頭衣を身に纏い、それに準じた一見スカプラリオに見える革製の胸当を身につけている。その上から、濃灰色のフード付きの外套を羽織っている。


 荷物らしきものも持たず、着の身着のままに見えるが、助修士の腰には一見、藪払い用の鉈に見える『鉈剣(ベイダナ)』が吊るされている。鉈にしては些か剣身が長すぎるように見える。


「街道を行けば良かったのに」

「街道沿いは強盗騎士で一杯。我、無益な折衝はしたくない」

「殺生でしょう。そもそも、若様は言葉より先に拳が出るではありませんか」

「むぅ。であるか」

「であります」


 冗長な会話をしつつも、その歩む速度は一向に衰えない。魔力による身体強化。既に朝から数時間は歩き続けている。その速度に、最初は易々と追いつけていた助修士も、まさか半日一切の休憩を取らず、魔力を纏いつつ歩き続けるとは思っていなかった。


 そもそも、魔力による身体強化は『切り札』であり、終始幕無しに使い続けるこの巨漢が異常なだけであり、本来はほんの四半時使えるだけで優秀な『聖騎士』と見做されるほどなのだ。


 この二人は、『聖騎士』と『聖騎士の従卒』が本来の身分。


 因みに『拳』は、手首まである厚手の革手袋で覆われており、その甲の部分には金属の鋲で補強が施されている。魔鉛の鋲である。





 山道の前方から何やらガサガサと草葉の擦れる音がする。助修士は警戒するように姿勢を低くし、腰の『鉈剣』の柄に手を添える。


「案ずるな、農婦のようだ……むぅ」


 薄汚れた服を着た痩せこけた年増の女の背後から、数人の男が何やら大声を上げながら追いかけて来る姿が、高い視点を持つ巨漢には見てとれた。少年には得られない視点である。


「ど、どうしました」

「……恐らく盗賊……盗賊騎士に追いかけられている」

「あー」


 盗賊騎士あるいは強盗騎士と言われる存在が帝国にははびこっている。帝国ではその昔、アルマン人の慣習としての『自力救済』・フェーデが残っている。不当にものを奪われた、名誉を傷つけられたといった理由があれば、暴力を用いて自分自身の得たい利益を求めることができるという『勝てば官軍』な慣習。


 力が全てであった時代、何事も暴力で上か下かを決めていたのであればそれも容認されていた。とはいえ、今日において、領民と領主の間には保護者と被保護者といった関係が成り立ち、統治を認め税を納めるのであれば、領民を保護する、あるいは法に基づき裁きを下すといった関係が成り立っている。


 自力救済と法に基づく統治は相反する関係となる。


『帝国平和令』が皇帝の名で幾度も発され、少なくとも平民には自力救済ではなく裁判で是非を問う方法が強制された。しかしながら、領主層である貴族は誰が治めるのかという問題がある。


 皇帝は王ではあるが、有力諸侯である『選帝侯』による選挙で選ばれた存在であり、領主としてそれぞれの諸侯の領内に影響を与えることは現状できない。皇帝の権力の及ぶ範囲は、皇帝直轄領、皇帝に仕える小貴族、帝国自由都市といった皇帝を担ぐ範囲でしかない。都市に関しては、自治を認める代わりに税を納めさせているのでさらに狭い範囲に過ぎない。


 帝国の中で、貴族に自力救済から裁判による決着を認めさせるには、いまだ時期尚早といったところなのだ。故に、何でも『フェーデ』=自力救済ではなく、裁判の形をとった『決闘』という妥協も為されつつある。


 強盗騎士とは、フェーデの慣習を利用した強請集りを行う食い詰め騎士達のことを言うのだ。





「お、お助け下さい修道士様ぁ!!!」


 足にしがみつく農婦。顔貌は悪くはない。農婦としては。恐らく、慰み者にした後、売り飛ばす算段でもして襲ったのだろう。三人の騎士らしき装備を身につけた男たちがその背後に現れる。


 巨漢の修道士の姿に驚き、10m程手前で立ち止まる騎士。足元にしがみつく女を助修士が抱えて邪魔にならないように引きはがす。


「おい、そこの女をこっちへ寄こせ」

「はは、薄らデカい修道士だな。物騒な杖をもってやがる。なんだ、やる気か」

「まあよせ。修道士さんよぉ、その女に俺達は用がある。あんたには関係ない事だろう? 余計なことに首を突っ込まず、巡礼なり修行なり励んでくれ」


 背後の女がが鳴り立てるには、彼女の村の領主の息子が三人のうちの一人であり、勝手に領主の名前を使い『税』を取ろうとしたという。村長がそれを断ると、『フェーデ』を宣言し、村長を斬り殺し財物を奪おうとしたという。


 農婦は村長の妻であり、その一部として持ち去られようとしているところを隙をついて逃げ出したという。


「それで」

「だ・か・ら てめぇにゃ関係ねぇ!!」

「そうもいかんな。我、修道騎士故に」

「……修道……騎士……」

「ほれ」


 緑色に彩色された三角を四つ組み合わせた聖エゼル十字のロザリオ。決まった時間、決まった回数、定められた祈りを繰り返さねばならないため、この首飾りに付いた玉を用いて、回数を数えて行くのだ。ロザリオの飾り玉を祈るたびに動かし、何度数えたか玉の数でわかるようにするという便利グッズなのである。


 その便利グッズを目にして硬直する三人の男。


 聖征の時代、設立された当初は兎も角、今日において聖騎士と聖騎士団は世俗の領主・君主は勿論、その地の教区教会・大聖堂の指示命令系統から独立し、騎士団総長と教皇のみに仕える存在とされている。


 また、自らの判断と責任において『自力救済』の判断を行う事ができる。つまり……


「汝は領主の息子故、この行いの裁きは領主に伝え行わせるものとする。村を治める領主の代官である村長を殺し、財物を奪い、妻を手籠めにしようとした行為、必ずや教皇庁と皇帝陛下にお伝えする」

「ひいぃぃぃ」


 貴族の家に生まれた故に『騎士』となったに過ぎない者からすれば、異教徒と文字通り生死を掛けて戦い続けている『聖母騎士団』のような聖騎士・修道騎士の持つ武力・暴力の強烈さはその『格』の違いに容易に想像がつく。つまり、なにをしても勝てない。


「び、ビビんないで下さいよ兄貴。こんなところに現れる聖騎士? 本物かどうかわかりませんよ」

「そうですよ!! おい、デカ物、俺が叩き切って……」


 強盗騎士の一人が剣を抜いて前に出ると、一瞬で移動した巨漢は頭上から棘棍棒で叩き伏せる。金属の兜を『棘』は易々と貫通し、腐った林檎のようにグシャリと潰され、兜に空いた穴から血を噴き出しつつ横へと倒れた。


「「「ひぅあああ!!」」」


 二人の強盗貴族と農婦の恐怖を湛えた絶叫が林間にこだまする。


「こ、降参する」

「た、助けてくれ。い、命ばかりは……」


 二人の強盗騎士に向け、棍棒を振るうと、二人は腰が抜けたように崩れ落ちる。そのまま近づいていき足を踏み折った。


GUGYA


BOGI


「「いっでえぇぇえぇぇぇ!!」」


 村長を殺した罪を考えれば、一生犯罪奴隷として村でこき使われることになる。走って逃げられないように足を圧し折り不具にしておく。恐らく、男手のない村長の妻の家で飼われることになるだろう。その為にも、力を奪っておく必要がある。


「汝、折れた足を治せ。曲がったままな」

「……若様……ええ、やります、やりますとも」


 助修士は何やら詠唱をしたのち、懐から出した『水』を二人の折れた足へと掛ける。助修士は何やら、癒しの魔術……奇蹟が使えるようである。そう、修道士・助修士の使う御業は魔術ではなく『奇蹟』なのだ。間違えてはなりませぬ。





 農婦が村へと戻ると、領主の息子の暴挙を知らされた領主が兵を率いてそこにいた。


「お、親父ぃ……」

「馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、これほどまでに馬鹿だとは思わなんだ」


 兵士が数人と、その兵士とさほど変わらない装備の従卒を連れた中年の騎士がいる。恐らくは騎士領なのであろう。騎士領とはいっても、幾つかの村がまとまったもので、騎士は領主しかいない場合が多い。領主の装備も古臭いもので、馬もあまり馬格が良くない。傭兵主体の戦争が広まった今日、軍役は金銭納となり、騎士=重装騎兵という時代ではなくなりつつある。戦い長ければ傭兵になれば良いし、統治に専念したいなら皇帝や諸侯の官吏として登用されるように読み書き計算の力を高めればよい。


 見るところ、馬鹿息子はどちらも行わず『騎士の息子』という立場にしか目が向かなかったようだ。


 巨漢の修道士と助修士、そして村長の妻に領主は目を向ける。村長の妻が逃げ出した後の経緯を語り、修道士・助修士が間違いないとばかりに頷いて見せる。


「それで、足を圧し折ったと」

「ああ。それが我の下した裁きだ。この男は、村に犯罪奴隷として預ける。村長宅に住まわせず奴隷小屋に起居させ、働いた対価を慰謝料として村長の妻に与えるというのが落としどころか」


 領主は「ふむ」と頷き、であればと付け加えようとするが修道士は一つ提案をする。


「領主殿。この村の村長の代わりはすぐ見つかるのだろうか」

「……いや、難しいな」


 小さな村の村長というのは、それ以外の農民とはかなり異なる。代々、村長の仕事ができる程度、言い換えれば領主や帝国からの「命令」が理解できる程度には読み書きができ、税の徴収と記録ができる程度には計算が出来なければならない。それ以外の農民は、街に奉公に出て商家などで教わらない限り、その能力を持たない。


 近くに都市のある村ではないので、この村に次期村長の宛はないだろう。外から人を連れて来るか、領主が行うほかない。


「汝の息子に村長の仕事をさせてはどうか」

「……村長にしろということか」

「否。貴君の元で村長の業務を代行させる。そして、村で必要な雑用をさせるのである」

「そういう奴隷奉公をさせろと」

「是。領主の仕事、村長の仕事、共に理解できれば、良き領主となる」


 殺してしまった村長は生き返らせることはできない。ならば、村の為に村長を殺した息子ができることは……その代わりに仕事をし、村をより良くすることにある。幸い、もう一人犯罪奴隷がいるのであるから、二人して村の畔を直したり、出来る仕事は沢山ある。真面目に働けば少なくとも、次期領主と、その従者くらいにはなれるだろう。


「如何」

「……有難いことだ。これは、上には報告されるのか?」

「それも我の責務」

「承知した。なにとぞ良しなに」


 領主はそういうと、修道士と助修士を伴い自らの領主館へと誘うのである。ささやかな歓待と、息子の新しい門出を……二人に祈ってもらうために。





 翌日、領主館を出ると、二人は再び間道である山道を歩き始める。


「若様、良かったんですか?」

「良かろう。それに、小領主の後継者がいなければ皇帝直轄領になり、さらに村が荒れる。代官は税をとるときにしか現れぬし、何もしてはくれぬ」

「そうですね。今のまま官吏になれるわけではありませんしね」


 皇帝とそれに従う騎士の関係と、皇帝の官吏との関係は従うべき法が

異なる。騎士領は世襲だが、代官は世襲ではない。その辺り、実質的に

世襲のようにしている司教領の代官などはいるものの、長年かけてそういう

仕組みを創ってきたこととは異なるのだ。


「さて、騎士の反乱はどうなったんでしょうね」

「騎士襤褸負け。我には分かる」

「でしょうね」


『ファルツの騎士反乱』は、皇帝軍の遠征の隙をついて生じた自力救済を題目に行われた反乱だとみられている。


大司教領を狙った襲撃は、当初成功するかに見えたが、時間が経つにつれ形成は逆転し、皇帝軍の帰還と大司教が編成した討伐軍が編成され、反乱を起こした帝国南西部の騎士領へ向かうと、騎士達は各個撃破され多くの反乱に参加した騎士の討伐のみならず、騎士領も荒されたという。


「どうなるんですか」

「さて、それを調べるのが我と汝の仕事である」


 修道士となりニースから帝国への回国修行の旅にでた二人。混乱する帝国で情報を集め、皇帝と辺境伯に報告を上げねばならない。修道士も世知辛い世の中なのである。




ジジマッチョの若かりし頃の設定をいろいろ考えておりますが……意外と充実!! 初陣にて重装騎士として負け戦での突撃!!


とかですね。同時代人であるオリヴィともどこかで交錯するかもしれません。


このお話は短編ですが、続編が気になる方はぜひ評価をお願いします!!


また降りてきたら続編を書きたいと思います。


『公子帝国を往く~徒然なる修道騎士の冒険譚』(仮)


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