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第7話 熱烈(強引)な勧誘の結果

 貧民は立派な職には就きたくなかったはずなのに。

 「軍、ですか?」


 ロウはエルザに問い返す。


 「ああそうだ。森での戦闘は見事だった。私は優秀な人材がいたらスカウトしたくなる性でね。」


 エルザは得意げな顔で微笑んでいる。


 優秀と言うのは言い過ぎな気もする。評価してくれるのは嬉しいが身の丈以上の評価は身を亡ぼす。というかお世辞だろう。


 社交辞令から、何とか本当に職にありつけないだろうか。


 「ええと、雑用係のようなことでしょうか。ほら、馬の世話とか。」


 妥当なところじゃないだろうか。ロウが望んでいるのは最低限の衣食住だ。もしかしたら、みすぼらしいロウの姿を見て職を恵んでくれるかもしれない。


 そう思っていると、怪訝な顔をして、エルザが口を開いた。


 「何を言ってるんだ。兵士としてに決まってるだろう。それも、小隊長程度の役職で迎えようと思っている。見たところ王都の人間でいろいろな情報を持っていそうだし、とっさの判断力にも優れていた。私も部下も君に助けられたんだ。文句もそうは出まい。」


 ロウの思考が止まる。なんだって?


 何と言ったんだこの人は。自分が兵士?小隊長?無理に決まっている。


 「ちょっと待ってください。冗談でしょう?」


 「冗談なものか。ウルフの懐にナイフ1本でもぐりこむ胆力は大したものだ。なにより、自らを犠牲にして皆を助けるという精神性が辺境の軍にぴったりだ。ぜひ入ってくれないか?」


 エルザがロウに向かってにっこりとほほ笑む。


 なんとも素晴らしい話だが…。


「それは…自分には無理です。」


 面と向かって戦うとか誰かを指揮するとか、そんな仕事は自分には無理だとロウは思っている。森では、ただハイになっていただけだ。最大限良いように言うと、勇気を振り絞っただけ。宴会でその勇気を、自分なりに踏み出した一歩を兵士のみんなに褒めてもらえたのは嬉しかったけど、戦闘行為そのものを褒められたというと話は違ってくる。そういうのが無理で王都から逃げてきたのだ。


 「なっ、断るのか?…無理だって?何か事情があるのか?」


 エルザが狼狽えた様子で尋ねてくる。断られるとは思ってなかったみたいだ。それもそうか、辺境の軍の高名は世界に轟いている。エルザから言われるまで、自分が入るなんて考えもしなかったくらいだ。


 「いや、…自分なんかにはとうてい兵士は務まりません。」


 ロウはうつむく。情けないことを美女に告げるのは恥ずかしかった。


 「そんなことはないだろう。何度も言うが森での働きは見事だった。ぜひその力を辺境、ひいては世界のために役立てて欲しいんだ。」


 エルザはロウを見つめる。その視線はロウの心の奥を見透かしているようだ。


 「あの時私たちを助けてくれたのは、君に誰かを救いたいという気持ちがあったからじゃないのか?なら、なんでそれを生業にしない?何をためらうことがあるんだ。」


 エルザは畳み掛ける。


 「出自に問題があるのか?だったら気にするな。辺境にはいろんな場所から人が流れてくる。少々後ろ暗い過去があっても問題ない。」


 なおも続ける。


 「ここには、私がいる、父がいる。そりゃあ全く人の悪意がないわけじゃないがいいところだ。」


 「さっきも言いかけたことなんだが、実は私は跡継ぎになることを父の家臣に反対されていてね。今回の森への遠征はそういう家臣への反抗のつもりで計画したんだ。そして、結果は大失敗。さぞや馬鹿にされるだろうと思っていたら、…家臣たちに泣かれたよ。1人で危ないことはしないでくれと。」


 「私が意地を張っていただけだったんだ。君もそうじゃないのかい。」


 「どうか、手を取ってくれ。私には、君が必要なんだ。」


 エルザは、ロウに向かって手を差し出した。




 ロウは答えに窮した。いいのだろうか。この手を取って。


 意地、と言われればそうなのかもしれない。勝手に自分に見切りをつけて、変わりたいくせに変われないと拗ねて。でも、あきらめきれなくて。


 森での行動は、そんな気持ちの表れだ。


 ちぐはぐなことをしているのは自分でもわかっている。自分でも自分がわからない。


 勇者パーティーに選ばれて、最初は馬鹿にされて、やっぱりこんなもんかとあきらめかけたけど悔しくて頑張ってたら皆に認められた。認められてうれしかったはずなのに、どうしても自分の中にある劣等感が消えない。


 誰にどう褒めてもらっても、惨めだった時のことばかり思い出してしまう。惨めな思いをするんじゃないかって想像ばかりしてしまう。


 路地裏で物乞いをする惨めさ。


 勇者パーティーで優秀な仲間に囲まれて劣等感に苛まれる惨めさ。


 貴族にあてがわれた領地で傀儡になる惨めさ。


 恩人として軍に入り、まるで使えない人間であることが露呈する惨めさ。


 全てが怖いし、悲しいのだ。


 ロウには、キラキラして正しいことを言う人間と肩を並べてやっていく自信がない。


 「俺で、いいんでしょうか。」


 「俺は、前いたところから、仲間から逃げてきたんです。その前は物心ついた時からずっと物乞いみたいな生活してて。こんな人間じゃダメなんじゃないでしょうか。」


 思わず、エルザに尋ねる。失礼に当たる言動だとか、そんなことはロウの頭から抜け落ちていた。


 「大丈夫だ。」


 エルザは力強く言う。


 「月並みなセリフだが、過去なんてどうだっていい。私は、私たちを助けてくれた君という男の今を評価して軍に誘ってるんだ。」


 「今を評価…。」


 やってみてもいいんだろうか。


 「…べつに問い詰めてるわけじゃないんだが、妙な空気になってしまったな。君が小隊長は荷が重いというのなら一兵卒でも構わない。ただ、そうなると用意できる給金なんかは減ってしまうんだが…。とにかく君に軍に入ってほしいんだ。私の私たちの仲間になってほしい。」


 「逃げたことを後悔しているのなら、今ここで取り返してみるのはどうだ?私が全力でサポートしよう。それだけの恩を君には感じている。」


 逃げるのを、やめる。もし自分にそんなことが許されるのなら。


 「やってみます。これから、よろしくお願いします。」


 ロウはエルザの手を握り返した。


読んでいただきありがとうございます。


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