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第5話 奮戦

 止まったら死ぬ。終わりだ。

 ロウは腕に思いきり力を入れ、倒れている女性に襲い掛かろうとしているウルフの喉元につきたてた。


 勢いよく血が噴き出し、ロウを濡らす。好都合だ。この血の匂いを辿って、こいつらウルフはロウを地の果てまで追いかけるだろう。


 「逃げてくれ!こいつらは俺がひきつける!」


 こんなかっこいいセリフを言うの初めてだな、なんて他人事のようなことを思いながら、ロウは叫んだ。


 倒れている女性に目をやる。襲われているのはどこかの冒険者だと思ったのだが、意外と身なりがいい。もしかしたら貴族かもしれない。だとしたら今の言葉遣いはまずかったか?


 情報が頭の中で整理されていくのを感じるが、今はそんなことをしている場合ではない。


 無駄な思考を振り切るように、体によりかかったウルフを払い飛ばす。


 驚いて固まっている女性や他の兵士らしき人達が声を発する前に、ロウは駆け出した。


 ここからは止まれない。


 木が密集している方に向かって走る。開けた場所だと囲まれて終わりだ。


 ウルフたちは毛を逆立たせて追いかけてくる。ロウは、小便をちびりそうになった。


 「やっば。」


 思わず声が漏れる。頼れる人がいない状態で自分から争いを吹っ掛けるのはこれが初めてだ。怖いけど、ちょっとワクワクする。勇者もこんな感じだったのかな。


 ゴールは、少し離れたところに流れている川だ。そこそこ流れが速く深い川なので、飛び込んでそのまま流されればウルフを撒けるはずだ。血の匂いも消せるはず。雑な作戦だが、しょうがない。溺れて死ぬかもしれないが、餌になるよりはましだ。力のないロウが100%成功する作戦などありはしないのだ。


 自分にできる精一杯をやるしかない。


 絶対に逃げ切って、お礼に職を紹介してもらうんだ!


 ロウは力を全開にして走った。ウルフも吠えながらついてくる。


 「こわ。」


 このままだと追いつかれる。ロウは背嚢をまさぐって粉の入った袋を取り出し、後ろに向けて一気に放り投げた。


 ポン、と音を立てて袋が破裂し、追いすがるウルフに赤い粉が降りかかる。


 粉が直撃したウルフはけたたましい悲鳴をあげてあたりをのたうち回った。


 「香辛料だバーカ。」


 勇者パーティーで料理番をしていた時の残りである。大変辛いスパイスで、人間でも目や鼻に入るとしばらくは動くことすらままならないだろう。感覚の鋭いウルフならなおさらダメージは大きいはずだ。ちょっともったいないけど。


 勇者と女騎士が、このスパイスを使った茶色いスープが好きで、度々作らされていたことを思い出した。もう、あの人たちに料理をすることもないんだなと、少し感傷的になる。無心で体を動かしていると、どうでもいいことを思い出すのはなんでなんだろうか。


 ロウは額の汗を拭う。少し、距離が稼げた。


 疲労が溜まってきた足に鞭を打つように、全力で走る。全身の汗腺が開いて汗が玉のようになって溢れ出すが、不思議と不快ではない。


 ロウの人生の中で、脇目もふらずこんなに全力で走ったのは初めてかもしれない。勇者パーティーにいた頃は、常に後ろ髪を引かれる思いで退却していたから。


あれは惨めだった。誰かに何かを押し付けて逃げるのは気持ちのいいことではない。


 ロウは今、あの時と変わらず逃げている。でも、これは攻めの逃げだ。自分が敵を引き付けることで救える命があるのなら、どこまででも走れる気がする。


 「はあ、はあ。」


 息を整えながら走る。


 川が見えてきた。激しい水の音がする。


 ロウが想像していたのよりかなりきつい流れだ。だが、今更作戦を変えることはできない。このまま走り続けてもウルフの餌になるだけだ。


 川が面前まで迫ってきた。ロウは覚悟を決めた。


 「おりゃ。」


 自分でも笑ってしまうほどの気の抜けた声と共に、川に向かって身を投げる。


 どぼん。ロウは川に落ちる。


 なんとか体勢を整えようとするが、激しい流れに身を取られ、上手くいかない。


 あ、これ駄目だ。流れが速すぎて身動きが取れない。


 目、鼻、口、耳に水が入り、外界からの情報が遮断される。このままだとどこかに流れ着く前に溺れ死ぬ。必死でもがくが、上下感覚もわからなくなっていく。


 本当にまずいかも。もっとちゃんとした姿勢で飛び込むべきだった。勇者に教えてもらったはずなのに。せめて、荷物を外してから飛び込めばよかった。後悔がいくつも湧き上がる。


 息が持たなくなり、体から力が抜けていく。あ、死ぬかも。


 ロウはまだ他人事のように考えている自分が少しおかしかった。


 …まあ、満足かな。


 濁流にのまれながら、ロウは考える。あの女性たちが逃げ切れたかはわからないが少なからず彼女たちの生還に貢献することはできただろう。


 本来ならば、薄汚れた路地でくたばってネズミや虫の餌になっていた命だ。誰かのために使えるのなら本望だ。


 それに、あの女の人きれいだったしな。いいなあ、やっぱ誰かと結婚するんだろうな。やっぱ一回くらい喋りたかったなあ。まあ無理か、相手にされないな、貴族っぽかったし。


 薄れゆく意識の中で、いろんな考えが浮かんでくる。ロウは、確かな充足感を感じていた。


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