第4話 次期辺境伯令嬢の失敗
「絶対に頭でっかちな家臣たちを認めさせてやる。」その考えが間違いだったと気づくのに、そう時間はかからなかった。
エルザは辺境伯の一人娘だ。
父、辺境伯は武力・統率力に優れ、厄介な魔物が多く湧く辺境の地を完璧に治めている。その武勇は王都まで轟いているらしく、父は辺境の獅子として畏怖され、有事の際の頼もしい戦力として数えられている。また、内政にも明るく、民からも支持されている。まだまだ魔王との戦いの余波が残る今の世で、貧困街がない土地というのもこの辺境ぐらいであろう。エルザにとって父は自慢であり憧れだ。
もちろん辺境にいる他の誰から見ても、父は完璧な領主であり、リーダーである。しかし、そんな父には、1つだけ大きな問題があった。
それは、子宝、特に男児に恵まれなかったということだ。
父が大層愛していた母は、エルザを生むと同時に死んでしまった。そして、父は母を忘れることができず、その結果貴族にあるまじき行為だが、再婚して子を新しく産ませることを強く拒んだ。
子供はもういる。この子を跡継ぎとして育てればよい。子供は道具じゃないと。一度言い出したら聞かない頑固な父は、周囲の反対や再婚の勧めを全て無視して独り身であり続けた。
それに慌てたのが周囲の家臣たちだ。辺境の古き悪しき慣習を体現する彼らは自らが仕える主君に男児の後継ぎがいないなんてありえないと考え、ことあるごとに父に再婚させようとしている。
家臣にとって、跡継ぎになりたいエルザは邪魔者でしかない。父がにらんでいるため直接的な害こそないものの、エルザはずっと父の家臣から嫌味を言われて育ってきた。いや、彼らにとってはあくまで主君とその家族、そして領地の将来を考えての忠告で、嫌味ではなかったのかもしれない。
とにかく、あれやこれやとエルザは小言、文句を言われながら育ってきたのだが、決してそれらに屈することはなかった。エルザを育てればいいという言葉通りに、父が愛ある教育を注いだからだ。
化け物辺境伯の英才教育を受けて育ったエルザは、それはもう男勝りに育った。特に剣術ではその辺の兵士に負けない仕上がりである。
当然、嫁の貰い手もなく、婿に来る者もいない。でも、エルザはそれでよかった。
エルザは、きちんと自分の意思で辺境伯を継ぎたいと思っているからだ。
決して自惚れているわけではないが、それだけの資質が自分にはあると思っている。自分には、尊敬する父の血が流れているのだ。
だから、とやかく言う家臣たちを結果で黙らせたかった。そのために兵士の訓練にも混ざり、必死で頑張った。
でも、何度訓練で兵士をぶちのめしても、あくまで訓練、実戦じゃないと家臣たちは取り合わない。なんとかうるさい家臣たちを黙らせるために頭をひねり、今回の遠征を企画した。
魔の森と呼ばれて近隣の住民から恐れられている森の奥にしか生えない薬草。万能薬の素となるそれを取ってくると豪語し、幾人かの兵士を伴って遠征に出かけた。
訓練でエルザの力を認めてくれた兵士たちが我こそはとついてきてくれた。嬉しかった。
でも、森を、魔物を侮っていた。所詮知能を持たない魔物だと。大して訓練もしていない冒険者でも倒せるのなら、訓練された辺境の兵士を率いる自分の敵ではないと。
後悔してもしきれない。
1匹のウルフに遭遇し切り捨てたところ、血の匂いにつられて仲間が大群でやってきた。1匹ならいざ知らず、大群のウルフを相手にろくな経験のないエルザの指揮が通じるはずもなく、兵士の多くが重傷を負った。
たまらず退却だと叫び、森の外を目掛けて全員で走ったが、ウルフにとって森は勝手知ったる狩場である。つかず離れずの距離を保ったまま追いかけられ続け、エルザたちはすぐに体力を失った。
「もう駄目だ…。すまない、皆。すまない、父上。」
先頭を走るエルザが力尽き、その場に倒れこんだ。
絶体絶命である。
こんなことなら。こんなことなら来るんじゃなかった。自分が死ぬのはいいが、ついてきてくれた兵士、育ててくれた父、自分を慕ってくれる民たちに申し訳が立たない。
やっぱり女が領主になるなんて思っちゃいけなかったのか。父に憧れ、その背中を目指すのは間違っていたのか。
後悔の念ばかりがエルザを掻き立てる。その間にも、ウルフの大群は迫ってくる。
ウルフがエルザに肉薄する。
もう駄目だ。そう思ったとき、茂みから影が飛び出し、ウルフに襲い掛かった。