第2話 逃げた先の現実
意気込んで王都を後にしたロウを待ち受けていたのは、忘れていた現実だった。
1週間ほどかけて間の街を転々としながら王都から随分と離れた地方都市まで歩いてきたロウは、まず仕事を探した。当然、食い扶持を稼ぐためである。
この地方都市はそれなりに栄えている都市で、その分雑多な仕事も多い。きっと仕事にありつけるはずだと、ロウはそう考えていた。
自己評価の低い(本人は妥当だと思っている)ロウは、戦闘技術や魔法が要求される冒険者ギルドに最初から行くつもりがなかった。自分なんかがいってもしょうがない場所だと思っている。しかも、誰かのパーティーに入るコミュニケーション能力もないため、ソロ確定である。自分が一人で魔物を相手取っている姿はどうも想像できなかった。そこで、えり好みをせずに何でもやる心構えで、雑用や短期の仕事の斡旋を行っている生活ギルドへ向かった。
結論から言うと、生活ギルドも門前払いだった。
ドブさらいでも皿洗いでも何でもやるつもりですと、そう受付嬢に話したのだが、「身元不明の人に仕事は紹介できない」「そもそも読み書きができない人に回せる仕事はない」と、取りつく島もなかったのである。
自分と同じくらいか、もしかすると年下の受付嬢にごみを見るような目で見られるのは、きつかった。彼女たちからすれば、日々の業務の邪魔する浮浪者でしかないのだろう。食い下がろうものなら衛兵を呼ばれそうだったので、あきらめるしかなかった。
自分の認識の甘さを実感させられた。勇者パーティーにいる間は何の問題もなく公共の機関を利用できていたのだが、その肩書が外れた今、自分が誰にも信用されないのは当然のことである。そもそも、なぜ自分が物乞いをしていたのかをすっかり忘れていたことが、浮かれているようで情けなかった。
都市に3つある生活ギルドを全て回ったが、どこも同じ対応だった。わかっていても、拒絶されるのは悲しい。路銀も体力も気力のほとんど尽きたロウは、裏路地のゴミ捨て場で座り込んでいる。勇者パーティーに入る前と全く同じだ。結局、何も成長していなかったということだ。これじゃあほんとについていっただけだなと、笑えてくる。
物乞いは、どこまで行っても物乞いなんだろうか。
こんなことなら女騎士にでも頼んで馬の世話役にでもなっておけばよかったと、早くも後悔がよぎる。今のロウに残された選択肢は、裏稼業か、森での自給自足といった非文明的な暮らしの2つであり、できればどちらも避けたいのが本音だ。
「どうしたもんかなあ。」
思わず独り言が漏れる。勇者パーティーに所属していたことは、死んでも誰かに言うつもりはない。言えば仕事にありつけるかもしれないが、自分の飯なんかのために元仲間に迷惑をかけたくないからだ。式典を抜け出したということは、パーティーに所属していた事実がなかったことにするものだとロウは勝手に思っている。
日が沈み、辺りは暗くなっている。あまりうろうろしていると衛兵にしょっ引かれてしまう。早々に宿を決めなければならないが、金も伝手もない。
無力だ。やはり、自分はどこへいってもこうなのだろうか。駄目な奴は、駄目なままなんだろうか。パーティーから逃げてきた自分に居場所なんてないんだろうか。自分は何のために生きているのか。
ぐるぐると頭の中を後ろ向きな考えが回る。駄目だ、疲れている時に考え事をしてもろくなことは浮かばない。とにかく動かなければ。
「…行くか。」
ロウは立ち上がった。都市の外へ出よう。ここにいてもじり貧だ。しばらくは野宿になるが、もっとド田舎の人がほとんどいないようなところなら自分のような人間でも受け入れてくれるかもしれない。
もしかしたらこの考えすら甘いのかもしれないが、それ以外に選択肢はない。無能なのだから、止まったら終わりである。辛くても苦しくても、腹を満たして寝るためには動き出さなければならない。
カサカサの唇、胃酸で痛み出した腹、べたつく髪と体、軽くなった財布と背嚢。全部をしっかりと背負い込んで、ロウは暗がりへ歩き出した。
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