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『幼馴染は髪を結う』作品集

幼馴染は髪を切る ~清楚系美少女は猫耳つけて陰キャな俺と共に走る~

作者: 蒼田

「じゃぁね~」

「また明日お会いしましょう」

「じゃぁな」


 幼馴染の清楚系美少女桃瀬(ももせ)優心(ゆうみ)がちょっと手を上げひらひらと振る。

 挨拶されたクラスメイト達は大きく手を振りさよならの挨拶。

 俺も続け、玄関を出た。


 周りから嫉妬の目線を受けつつも足を進める。

 その様子を感じ取って隣を歩く優心がチラリと俺の方を見上げて少し口角を上げた。

 こいつこの状況を楽しんでやがる。


 俺と優心が不釣り合いなのはよくわかっている。

 平凡中の平凡を行く俺と、清楚系美少女を通す優心。

 恋人ではないがいつも一緒に帰っている。

 それは俺達が幼馴染でご近所だからだ。


 方向が一緒ならば送るのは当然。そう何かの本に書いてあった。

 それを真に受ける訳ではないが女子を一人で帰らせるのも気が引ける。

 こうした理由から一緒に帰っているのだ。射殺さんばかりの目線を送られる筋合いはない。


 門を出て家に向かう。

 周りからの視線が無くなってきたところで優心の声が聞こえてきた。


「今日も人気者でしたね」

「お前がな」

「あらそうですか? あの視線は快清君に送られたものかと」

「んなわけあるか」

「ありますよ。射殺さんばかりの視線が」

「……野郎の嫉妬の目線なんて俺が求めている視線じゃない」

「ならどのような視線を求めているのですか? 」


 淑女モードの優心が聞いてくるが、そう言われると言葉に詰まる。

 そもそも人の視線に慣れていない。

 目立つくらいなら空気になった方がマシというもの。

 考えても答えが出ず、顔を逸らして頬を掻く。

 すると隣から上品な笑い声が聞こえてくる。


「冗談です」

「……いつまで続けるんだ? その淑女モード」

「二人っきりになるまで」


 いたずらっ子のような顔をして見上げてくる優心。

 少し本性が見え隠れしているが大丈夫なのか?

 スリルを楽しんでいるのか優心は時々こうして本性をチラ見せする。クラスメイト達に今まで隠し通せていることが不思議でならない。

 それだけ優心が転校してきた時の印象が強かったのだろう。


「にしても化学の再テ、受かってよかったな」

「快清君のおかげですよ」

「本当にな」

「……そこは謙遜する場面では? 」

「人によりけりだろう? 」

「確かにそうですが、快清君の部屋にあったラノベの殆どでは謙遜していたと記憶しているのですが」

「ちょい待て。いつの間に俺のラノベを漁った?! 」

「乙女の秘密です♪ 」


 優心は唇に指を当てながらウィンクした。


「そ、そんなドン引きしなくても」

「似合わねぇ……」

「こ、この姿の時は似合うと自負しております! 」

「本性を知っているからなまじ……」


 酷いです、と頬を膨らませた。

 行動だけを見ると可愛らしいのかもしれないが、彼女の二面両方を知っている俺からすれば、裏があるんじゃないかとか疑ってしまう訳で。

 あざと可愛いと言われる動作も、その本性を知っていれば単にうざいだけ。

 俺の反応に不満なのかぷいっと顔を逸らしてしまう優心。

 まぁまぁ悪かった、と謝りながら彼女を宥めるがこちらに向く気配がない。

 そんなに怒るほどのことか? と思いつつ「どうやって機嫌を戻そうか」と考え優心を見ると視線が固定されていることに気が付いた。

 彼女の目線を追い、その先を見ると小さな子供達が道を元気に走っている。


「……」


 怪我で陸上を辞めたと言ったが、やっぱり優心は走ることに心残りがあるのかもしれない。

 彼女は「気にしていない」と言っていたがこの様子を見る限り走りたいのだろう。

 しかし俺にどうにかできることではない。

 ラノベにあるよう過去に戻れるのならば過去に戻って陸上で怪我をする場面を修正すればいいのだろうが、そんな都合の良い能力なんて現実にあるわけない訳で。

 結局の所、俺ができることと言えば彼女の息抜きに付き合う程度だろう。


「さ。行きましょう」

「あぁ……」


 優心は急に振り返り、見上げて足を進めた。

 その顔はどこか決意に満ちたものに見えたのはきっと気のせいと思う。


 ★


 夏休みが近づいているとはいえ、まだ夏休みではない今日は普通の日曜日。

 珍しく優心のいない土曜日を一日中そわそわして過ごした。

 優心が一日来ないだけで心が落ち着かないとか。これでは俺が彼女に気があるみたいじゃないか。


 俺はリビングに置いてあるソファーの前で歩きながら考える。


 いやこれは……あれだ。

 優心がいつドッキリを仕掛けてくるかわからないからそわそわしていただけだ。

 そもそも優心がいない日常が普通だったはず。

 そこに毎週のように心休まない攻撃を仕掛けてきたのだから、いつくるかわからない攻撃に対してピリついていただけ。

 結論に至った所で「ふぅ」と息を吐いてソファーに座る。

 近くにあったリモコンを手に取りテレビをつけようかと思うとチャイムが鳴った。


「! 」


 リモコンを放り投げて早足で玄関に向かう。

 返事をしながら鍵を開けるとそこには優心がいた。

 しかし——。


「何故に猫耳?! 」

「一先ず入れるにゃ! 」

「語尾な」

「は、早く入れるにゃ! 」


 恥ずかしいなら猫耳カチューシャをつけてくるなよと思いながらも、彼女をリビングに通した。


 優心がリビングに向かう途中、俺は台所へ向かい飲み物とどら焼きを用意する。

 それらを盆に置いてリビングに行くと、知り合いと思われたくない格好をした我が校のアイドル様がいた。

 彼女の突拍子もない行動は今日に限ったことではない。


「今日はより一段とはっちゃけてるな」

「猫耳、可愛いでしょう? 」

「否定はしない」


 返事をして丸机にジュースとお菓子を机に置く。

 俺がそのままカーペットに座ると我がもの顔でソファーに座る優心ぬこがソファーから身を乗り出してお菓子を手にした。

 いつもの服装ならばこの姿勢で思春期男子に刺激的なものが見えるのだが今日はそうはいかなかった。

 何故か彼女は完全武装。

 時々テレビで見るマラソン選手のような格好をしており、腕まで伸びる黒いインナーが胸元を隠していた。

 ちゅーっとジュースを飲んだ彼女はもう一個お菓子を手に取りソファーに戻る。

 やはりというべきか伸びる足にもレギンスのようなものを履いていた。

 これはこれで良きものだ、と思ってしまった俺はもしかしたら脚フェチなのかもしれない。

 否定したいが。


「で……どうしたんだ? 」

「具体的に何か、言い給え。ジェファーソン」

「猫耳をつけるわ、髪は切るわ、スポーツウェアも切るわの全部だ」

「あぁ、これかね? これはだね……なんだと思う? 」


 内心「うぜぇ」と思いながらも言葉を飲み込んで考える。


「コスプレ? 」

「……発想が残念過ぎる」

「その格好の優心には言われたくない」


 髪は女の命と呼ばれるほどに大事に扱われる。

 実際金曜日までロングだった。

 どんなことにも全力な彼女。

 きっとこの一瞬のネタにも全力を尽くしたのだろう。


「で? どう? 似合う? 」


 優心はソファーから立ってくるりと一回転してみせた。

 ドレスを着ているわけでもないのにそんな動作してどうするんだ、と思いながらも褒め称える。


「似合う、似合う」

「なにその投げやりな回答」


 優心は不貞腐れながら口をとがらせる。

 そんな彼女をみて「本心なんだがな」と思うも、それを言うと調子に乗るのでやめておく。


 実際彼女の姿は似合っていた。

 学校で仮面を被らなければ元よりボーイッシュな優心。

 ポニーテールも似合っていたが、髪を切ることによって中性的な顔立ちが際立った。

 これは女子に人気が出そうだな、と思うと少しモヤモヤする。

 しかしそれも一瞬。

 優心はポケットに手を突っ込んでスマホを取り出した。


「これこれ」


 スワイプして目的のHPを見つけた優心は俺の方に白いスマホを見せてきた。

 見るように促され俺が身を乗り出すと彼女も頭を近づけてくるのがわかる。


「マラソン大会? 」


 疑問に思い顔を上げると息がかかるほどの距離に優心の顔がありすぐに距離を取る。

 彼女は俺の反応に満足したのか満面の笑みを浮かべていた。


 優心は俺を弄って遊んでいるのかもしれないが、俺は心臓が飛び出るほどのドッキリなわけで。

 一歩間違えれば俺の初めてを奪われかねない距離だっただけに、今も心臓が落ち着かない。

 俺が心臓を抑え込みつつ優心を見上げると「そうだよ」と言う。


「このマラソン大会の別名は仮装大会」

「あぁ~、それで猫耳」


 その通り、と頷きながら優心はどら焼きをまた一個食べた。


「けど怪我で走れないんじゃなかったのか? 」

「あぁ~、それなんだけどね」


 どこか気まずそうに頬を掻きながら優心は昨日の事を話した。


 昨日、つまり土曜日彼女は病院にいっていたらしい。

 何でも怪我の具合を見るためとか。

 怪我をして走れなくなった優心。しかし走る事が嫌いになったわけでは無い。

 その前日走る子供達を見てもう一回怪我と向き合うために病院にいったが、医者から意外な一言が告げられた。


『怪我の方も順調ですね。これならもう走れるでしょう』


 優心はその言葉に喜びよりも困惑した。

 どういうことか医者に聞くと怪我の説明をしてくれたみたいで。

 つまりどんな怪我だったのかというと成長期に過度の負荷をかけることで起こる怪我。

 成長も安定し痛みが無くなったら再度走れるようになるとのこと。


 遅れて喜びが溢れ出し、大会を見つけて、服を揃えたということらしい。


「実行に移すの早っ! 」

「両親もビックリな早さだよね」


 優心が笑顔で言う。

 心の底から嬉しいのかいつもの数倍輝いている。


「なら清楚系ムーブは終了? 」

「そっちは徐々にかな。急には無理」

「髪を切ったことを追及されるだろうなぁ」

「マラソン大会で邪魔になるって説明するよ」


 無難だな、と答えて胡坐(あぐら)を組み直す。

 女性が髪を切るという行為に色々な憶測が混じる事はよくある……、と本で読んだ。

 失恋は典型例だろう。

 他にも何かに失敗したとか、気持ちを切り替えるためだとか。

 何にしろ燃え盛りそうな火種は早めに消すのに限る。


「でもなんで今日優心はその服装で来たんだ? 」

「一番最初にカイ君に見てもらいたかったからさ★ 」


 優心はキランと星が飛びそうな口調で言う。

 俺がジト目を送っていると気まずくなったのか目を泳がせた。

 耐えきれなくなりソファーに座り、そしてスマホを弄りだした。


「っと、これで終了」

「? 」

「じゃぁカイ君。行こうか」

「どこに? 」

「カイ君のスポーツ用品を買いに! 」


 優心はソファーから立ちスマホをポケットに入れて言う。

 ……、何で?

 走るのは優心であって、俺じゃないはず。


「俺は走らないぞ?! 」

「もう遅い! カイ君の登録は済ませた! 」

「ちょい待ち! そう言うのって住所やら登録が必要だったはずだけど?! 」

「なにを。ボク達は近所じゃないか。住所なんて。ねぇ」


 それを聞き天を仰ぐ。

 やってくれたな、こいつ。

 暴走特急のような昔の優心を思い出す。

 やると言ったらやる奴だ。俺の了解を得ずに登録するくらい本当にやっているだろう。


「ボクが走るのにカイ君が走らないなんてありえないからね」


 優心はさも当然のように言う。


「俺は運動が苦手なんだが? 」

「その昔唯一ボクについてこれた存在が何を言う」

「確かにそうだが……、いやわかった。降参だ。俺も走る」

「諦めの良いカイ君は嫌いじゃないよ」


 俺が両手を挙げると優心がにやりと笑い挙げた手を取った。

 彼女に引っ張られる形で俺も立つ。


 抵抗することが無駄と判断した俺は一度部屋に行き準備をする。

 服を着替え、パーカーを羽織る。

 財布の中身を確認したら、廊下に繋がる扉を開けて、一階に降りる。

 今日も不在な両親の代わりに鍵をかけて、俺は優心と共に買い物に行った。


 猫耳のままで。


 ★


「まずはシューズだね。確かマラソン用の靴、もってなかったよね? 」

「最近再会したはずの幼馴染に俺の家の靴事情を知られていることにとても恐怖を感じるのだが、どう思うかね? 桃瀬君」

「愛されてるね」

「さよですか」


 彼女の的外れな回答に溜息をつきながら総合スポーツ用品店の中を行く。

 俺が優心が猫耳のまま外に出たことに気が付いたのは町を歩いている時だ。

 しかし奇異なものを見るような目線で見られることはなかった。

 それは恐らく似たような人がいるからだろ。


「あ、ここだ」


 優心が立ち止まり俺を誘導する。

 アメリカの有名ダークヒーローのコスプレをした人が通り過ぎる中、「ずっといる俺よりも店に詳しいのは何でだ? 」と疑問に思いながらも彼女に誘導される。

 様々なコスプレをした人達がランニングシューズを選んでいるという混沌とした状況を、()えて見ないようにして優心のおすすめの説明を聞く。


 説明を聞いていると彼女の知識の深さがわかる。

 優心は長く陸上をしていなかったはずだ。

 しかしブランドものからマイナーなものまでシューズに詳しい。

 もしかしたら陸上をやっていない間も未練がありスポーツ用品を調べて楽しんでいたのかもしれない。

 そう思うと今回彼女が力を入れる理由がよくわかる。

 もう走ることは不可能と思っていた所にまさかの言葉。

 彼女が嬉々として俺にシューズの説明をする姿をみると自然と口元が(ほころ)ぶ。


「——だよ。って聞いてる? 」

「あぁ聞いてる聞いてる」

「それ聞いてないパターン。じゃぁどれがいい? 」

「俺は本格的に走る訳じゃないから、こっちの安いやつで」

「それだとすぐにすり減るよ? 」

「良いだろ? 軽く走るくらいなんだから」

「いやいや練習もするからすぐにすり減ったら困るって」

「え? 」

「ん? 」

「俺、いつの間に練習することに? 」


 聞いてない事に俺は首を傾げる。

 するとやれやれといった表情で優心は俺に言った。


「流石のカイ君でもぶっつけ本番で一番をとるのは無理だよ。毎日練習しないと」

「俺は一番を狙うつもりはないんだが?! 」

「やるからには一番を目指さなきゃね! 」


 俺を巻き込むな、と思うも口を閉じる。

 彼女にとって次の大会は重要なもの。例え巻き込まれようとも彼女のやる気に水を差すのは無粋、か。

 仕方がないと思いつつ、少し高めのシューズを買って次に行った。


「……え? 俺これ着るの? 」

「そうだよ」

「いやいやいや、俺陸上部じゃないんだが?! 」

「なるほど」

「分かってくれたか。なら違う服を――「自分は陸上部では収まらない最強の存在、ということだね」」

「分かってねぇ」


 優心の誤解に肩を落とす。

 俺の様子がおかしかったのか少し笑いながら「冗談だよ」という。


「流石にこれも買うと予算をオーバーしそうだからね。普通のランニングウェアを買おうか」

「初めからそっちを案内してくれ」

「カイ君の反応が面白くてつい」


 ごめんね、と両手を合わせてちょこんと首を傾ける。

 それに「うぐっ」となりながらもすぐに移動を始めた彼女について行く。

 いつもよりも元気がいっぱいなせいか、どうしても彼女が可愛く映ってしまう。

 どんな気持ちであんな仕草をしているのかわからないが、俺が勘違いしてしまうから少しは自重して欲しい。

 今回だけその言葉を飲み込みつつ、スポーツウェア選びを始めた。


「……カイ君。流石にそれはないよ」

「俺も反省している」


 優心が向かった先はレディースだった。後から聞くと彼女は彼女で見たいものがあったらしく。

 俺はそれに気が付かず手にとりあわや試着室へ向かいそうな所で優心に止められた。

 その時の俺の恥ずかしさは過去最高だろう。


 アパレル関係はもちろんの事、スポーツ用品店にあまり行かない俺がレディースとメンズの区別がつくはずがない。

 看板をみれば確かに「メンズ」や「レディース」と書いていたが、服は似ているわけで。

 あまり積極的に店に行かない俺が間違えるのは無理もない、と釈明したが優心から返ってきたのは呆れた声。

 ことがことだけに俺は反論できずにいた。

 少し下を向き歩いていると隣から声が聞こえてくる。


「カイ君と久々に買い物が出来たし満足かな」


 優心に向くとヒマワリが咲いたかのような笑顔がそこにあった。

 それを見て立ち止まってしまう。

 頭を掻きながら「そうか」とだけ呟いた。


 優心の表情を見ると、今日俺が感じた恥ずかしさや飛んでいった今までの貯金が気にならなくなった。

 外の暑さとは違う熱気が体の奥から湧いてくる。

 正体がわからないこれに戸惑っていると優心が「どうしたの? 」と聞いて来たので「なんでもない」とだけ答えた。

 ふぅ~ん、と何か探るような目線で見てくるので更に気まずくなり足を早める。

 そして家に着くと俺は軽く手を振った。


「じゃ、明日の朝四時に」

「え? 」


 早すぎない?


 ★


「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……。ちょ、優心はやすぎ」

「そんなこと言ってちゃんとついてきたじゃん」


 俺は息を切らして両ひざに手をやり体を支える。

 息を整えつつ顔を上げると、全く息を切らしていない優心が太陽の光を浴びながらスポーツドリンクを口にしていた。

 ごくごく、と勢いよく飲む音が聞こえ、そして()む。

 優心は「ぷふぁ」とドリンクから口を離して少し飛沫を上げる。

 少し濡れて輝く唇を白い腕で拭きとり俺の方を見た。


「はい」

「おう」


 俺は疲れに耐え切れず草むらの上に寝転がった。そこへ優心がスポドリを投げ込んだ。

 彼女なりの気遣いだろう。

 流石に寝転がったままでは飲めないので草むらの上に座りスポドリの蓋を開ける。

 半分くらいのスポドリを甘さを感じながら飲んで、三分の一くらいにまで減らして彼女に投げ返した。


「ありがと」

「どういたしましてっと」


 ナイスキャッチ、と言っている間に俺の息は整った。


 服やらシューズやら買った翌日月曜日の朝四時。俺達は集合して早速走った。

 最初は体を慣らすためストレッチや軽いジョギングで体をほぐした。

 今日は初日ということで軽めの体力作りのはずだったのだが内容は散々。


「……お前本当にブランクあるのか? 」

「もちろん」

「嘘つけ」

「まだ小学校の頃のラップライムを超えれてない。ゆっくり走ったけど、これじゃまだ一番は夢のまた夢だ」


 まじか、と思いながらも腕にしている時計を見る優心。

 あれは昨日優心がスポーツ用品店で買ったやつだ。

 その時「高い物を」と思ったが、彼女の真剣なまなざしを見て無粋なことを考えてしまった自分を恥じたのを覚えている。

 しかし気を張り過ぎてないか?

 太陽を後ろにしているせいか赤く見える優心の顔を見て思う。


「さ。もう一本走って学校へ行こう」

「……おう」


 俺に手を差し伸べてそれをとる。

 優心に引き起こされてお尻を払う。

 さっきよりも遅めのペースで走った後、俺達は学校へ行った。


 やはりというべきか優心が髪を切ったことに周りが騒いだ。

 本格的な質問が始まったのは昼休み。

 騒ぐ周りに優心が「マラソン大会に出るのに邪魔だから」と言う理由をつけると一先ず沈静化。

 一部納得していないクラスメイトがいるようだが、出る大会を教えるとそれを口に出すようなことは無かった。

 のだが――。


「快清君も出ますので」


 その一言で一気に注目を浴びてしまい俺はたじろいだ。

 優心め。外堀を埋めに来たな、と心の中で恨みつつ周りからの質問を捌いていく。


 俺は約束をしたら守るタイプだと自負している。

 しかしながら恐らく彼女は「もし大会当日棄権したら」とでも思ったのだろう。

 にやりと笑みを浮かべる彼女を見ながらも一息つくと追撃がきた。


「二人で猫耳カチューシャを被り猫獣人のコスプレで参加します。皆さん声援のほどよろしくお願いしますね」

「おいコラちょっと待て。俺はその話を聞いてないぞ?! 」

「今言いましたので」


 髪を短くしても清楚系ムーブを続けていたから為油断した。

 クラスメイト達の前で弄ってくるとは思わなかった。

 くそっ、と心の中で毒づくその一瞬の間にまたもや質問の波が来た。


 お揃い、ということもあってか二人の仲はどうなのかとか、どこまで進んでいるのかとか。

 彼女達は俺の影響で優心の趣味が変化したと考えたのだろう。

 学内では清楚系で通っている優心とオタクで通っている俺。

 いつも隣にいる彼女が「猫耳で走る」などと言ったらここに行きつくのは無理もない。

 だが事実はそれに反するわけで、この何の利益も生まない質問を半ば投げやりに回答した。


 しかしまぁ優心が来るまで俺の事を煙たがっていたやつらが良くぬけぬけという、と言いそうになったがそれを飲み込む。

 当たり障りのない回答をしている間に昼休みが過ぎていった。


「おい快清。今期のアニメに陸上ものはなかったと思うが」


 六限目も終わり放課後になると友人に早速聞かれた。

 俺がサブカルの影響を受けやすいことを理解しているからこその質問だろう。


「影響されたんじゃないよ」

「そうなのか?! 」

「そんなに驚かなくても」

「快清が……、あの快清が何の影響も受けずにアウトドア趣味に走るなんて、天変地異が起こるぞ! 」

「そんな大袈裟な」

「キャンプアニメが流行った時、頻繁に俺と一緒にキャンプ行ったのは誰だ? んん? 」

「そう言われると弱い」


 その言葉に俺はぐだーっと机に突っ()す。

 あの時の事を言われると痛い。

 目の前にいる同胞が言う通り、俺がアウトドア趣味をやる時は大体何かの影響を受けている。

 しかしこと今回に関しては、サブカルの影響ではない訳で。

 どうやって説明をしたものかと考えるも、この誤解を解くのを諦めた。

 頭が回らない。

 朝から走ったせいかかなり眠い。


 何やら友人が言っている。しかし言葉の半分くらいしか聞き取れない。

 うとうとしながら友人が時計を見たのを確認。

 彼が「じゃぁまた明日な」と言うのを重たい腕を上げて返事をする。「大丈夫か? 」と聞こえたので「疲労だから大丈夫」と答えると彼は誰かと話して扉の向こうへ消えていった。


「カイ君。起きなよ」

「!!! 」


 ガバっと頭を起こす。

 するとそこには短く黒い髪をしたブレザー姿の幼馴染・桃瀬優心がそこにいた。


「今何時? 」

「十六時頃」

「うわっ! マズ」


 教室が明るかったため気付かなかったが、外を見ると夕日が傾いていた。

 すぐに教科書とタブレットを鞄に入れて席を立つ。


「ふふっ。お寝坊さんだね」

「……人が少ないからってここ学校なんだが、良いのか? 素が出てるぞ? 」

「外見では見分けがつかなくなっています。口調を変えるだけで切り替え可能なのでご心配なく」

「恐ろしい」


 俺はポツリと呟きながらも鞄を肩にして、教室を出た。

 職員室へ行き俺が部屋に誰もいないことを担任に告げて帰路に就く。

 夕日が沈む中良い匂いが漂ってきて腹が空く。

 ぐぅ、とお腹が鳴るとクスリと隣から聞こえて来た。


「……久々に走ったんだから仕方ないだろ? 」


 俺の言葉に「そうですね」と口に手を当てながら彼女は言う。

 今日は散々だった。

 クラスメイト達からは嫌な注目の浴び方をし、疲労で睡魔にやられ、そして幼馴染に笑われる。

 これほどまでに屈辱的な一日はあっただろうか? いやあったかもしれない。


「無理、してない? 」

「? 無理を? 」

「うん。だって今回のマラソンだって、殆ど無理やり参加させたようなものだし」


 隣を見ると俯きながら優心が言っている。


 確かに彼女の言う通り無理にマラソンに参加して、俺が嫌う注目を浴びた。

 本来なら「ちょっときついかな」とか、気が利く人なら「そんなことないよ」と言うのだろう。

 しかし俺は自然とその言葉が出なかった。


 彼女が楽しみにしているマラソン大会。

 俺一人ならばきっと一生縁のないものだっただろう。

 しかし幼馴染(優心)の転校と言う因子によってその運命は変えられた。


 運動はしていて損はない、と思う。しかし俺は積極的にやりたくはない。

 そう考えると優心の提案は俺にとってメリットがあったとなる。

 優心は改めて自分を振り返ったのだろう。そして自責していると。


「確かに優心が強制したな」

「……」

「けど良かったと思う」


 優心は「わからない」といった表情をした。


「もし優心が誘ってくれなかったら俺はこの先マラソン大会には出なかったと思う」

「……」

「運動を習慣づけるには良い機会だったと思うよ。自分のため、健康のため、将来のために俺は走ることにする」

「そっか」


 優心は少し顔を上げる。


「あとその時に優心が隣にいてくれたら嬉しいかな」

「! 」


 優心の顔が一気に赤くなった。

 そして急に近寄ってピタリと体をくっつけて来る。

 動きづらく、一旦足を止めて、離れるように言おうと思ったら俺を見上げた。


「それってプロポーズ? 」


 今度は俺の顔が真っ赤になった。


 ★


 時間が去るのも早いもので今日はマラソン大会当日だ。

 プロポーズめいたことをしてしまった時からどんどんと練習がきつくなった。

 俺が弱音を吐こうとしているとあの時の事でからかわれる毎日だった。


「やっとこの日だね。はい」

「来てほしくなかった日だな。そしてそれはいらない! 」

「えええーーー。着けてよ」

「嫌だ! どこに男の猫耳なんて需要があるんだ! 」

「ボクにだね」

「限定され過ぎっ! 」

「ほらほら」

「って何をする。ジャンプして俺に着けようとするな! 」

「いいじゃん。可愛いとおもう……よ? 」

「そこは提案者として断言してくれ! というかこれ放送されるんだろ?! 割とマジで俺の猫耳姿が一生残るって最悪なんだが」

「そんなこと言わずにさ」


 そう言いながら優心が着けようとしてくる。

 不毛な問答は俺が猫耳カチューシャを着けるという結果で終わる。

 うわぁ、と自分で引いていると大会開始のアナウンスが流れた。


「もうだね」

「大丈夫か? 久しぶりの大会だろ? 」

「大丈夫、大丈夫。ボクこれでも本番に強いから。カイ君こそ大丈夫? 」

「……ここ最近まで運動不足だった俺にその言葉を投げるか? 」

「これは失敬。でもついてきてよね。ボクの隣はカイ君だけのものなんだから」


 その言葉に「ぐっ」と詰まる。

 それを見て悪戯っ子がいたずらに成功したかのような顔をする優心。

 もたついていると「よーい」と聞こえてきた。


 俺達は瞬時に切り替えて前を向く。

 そしてピストルの音が聞こえて俺達は、——走った。


 ★


 結果から言うと一位を取ることは出来なかった。


 同立三十位、という微妙な数字になったが、俺からすればかなり成績が良い。

 秋の高校のマラソン大会は期待できそうと思うも、「優心はこの結果に不満だろうな」と考え、チラリと隣を見る。

 しかし意外にも彼女は清々しい顔をしていた。

 不思議に思っていると優心は俺を見る。


「カイ君。ボクはやっぱり走ることが――好きだ!!! 」


 あぁ……、この顔だ。

 そう、この顔。


 俺も優心の笑顔は好きだよ。

如何でしたでしょうか?


面白かったなど少しでも思って頂けたら、是非ブックマークへの登録や広告下にある★評価をぽちっとよろしくお願いします。


ども。

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