書物庫の秘密
翌日、窓の外はしとしとと静かに雨が降り、ももかの天候嗅覚の加護が証明された。こんな日は、外で作業ができないので、実咲と菜月以外は仕事が休みである。
「さっむ!」
珍しく早い時間に目が覚めた綾乃は、1階の食堂へと降りてきた。キッチンでは、かすみが朝食を作っている。
「あっ!綾乃だ!おはよう!」
「おはよう。かすみは、いつも早くから朝食作ってて、すごいな。」
「何それ。ほめてる?」
「ほめてる、ほめてる!…いや、よく続くなと思って。
私なら、3日目から、トーストのみにする。」
「トーストのみって。」
かすみは、「ふふっ」と笑うと続けた。
「私、料理好きだし。それに、みんな手伝ってくれるから、助かってる。」
「ふーん。」
「あー。だから今日は雨か…」
「なんだよ。」
「いや、綾乃から褒められるの珍しいな〜と思って。」
「はぁ〜?私、褒める時は、ちゃんと褒めてますけど…」
「えっ?!そうだっけ?」
かすみは、もう1度「ふふふ」と笑った。
綾乃は「やれやれ」と言いながら、食器を人数分用意し始めた。
「おはよう!」
恵がももかと一緒に起きてきた。その後、続々と残りのメンバーが食堂に集合し、あっという間に、8人が揃った。
「じゃあ、みんな揃った事だし、いただきます!」
「「「いただきます!」」」
恵の音頭に続くと、朝食を食べ始めた。
「恵、今日は、何か作業があるの?」
ももかが、コーンスープを飲み干すと尋ねた。
「今日は暇かな〜。お休みです!」
恵は、そう言うと、トーストに目玉焼きとベーコンを乗せて、一口食べた。続いて、優衣が綾乃に尋ねた。
「綾乃、今日やる事ある?」
「昨日、買ってきた苗木を植え付けたいけど、雨降ってるから、今日は休み!」
綾乃は、そういうと、ウィンナーをフォークで刺した。
8人は片付けを終えると、それぞれ、好きな事をした。もう1度、寝に戻る者もいれば、座って窓の外を眺める者、ひたすらに食材を切る者もいた。
「綾乃。」
1冊の本を持った紫穂が、食堂の窓の外をぼうっと眺める綾乃に声をかけた。
「はーい。何ぃ?」
「魔法、教える。」
「おお!よろしくお願いします。師匠!」
紫穂は頷くと、魔法基礎の本を持って、研究室に来るように綾乃に伝えた。
綾乃が研究室の扉をノックすると、紫穂が扉を開けて、中へ入るように促した。研究室の中では、本が山積みになっていた。
「よっ!チビ!久しぶり〜」
綾乃はしゃがむと擦り寄ってきた白猫の頭を撫でた。チビは''ミィっ''と小さく鳴いた。
「綾乃、本、読んだ?」
「うん。ティクルを集めて魔力を作るんだろ?」
紫穂は頷いた。
「ティクルの感覚が全然わからん。」
「真似して。」
紫穂はそう言うと、目を瞑って、大きく息を吸った。2、3秒息を止めると、目を開けて、「やってみて」と綾乃に言った。
綾乃は、紫穂が見せたお手本のように、目を瞑って、大きく息を吸い込んだ。
「暖かい?」
「うーん。」
綾乃は何も感じることがなく、首を傾げている。
「ん?」
急に、右手のあたりがぽかぽかとしてきた。
「なんか右手が暖かくなってきた。」
「それが、ティクル」
「うん。で、どうするんだ?」
「集まれって、念じる。」
綾乃は右手の人差し指を立てると、そこに集まるよう念じてみた。
「おぉ!」
紫穂の声がして、綾乃は目を開いた。
「おお〜!」
綾乃の人差し指の先には小さな光の球体があった。
「ティクル、集まって、魔力になった。」
紫穂は綾乃に拍手をした。
「紫穂先生、教え方うまーい!」
綾乃に褒められ、紫穂は嬉し恥ずかしそうにしている。
「魔力は形を変える。操作して、現象を起こす。」
「あの鉛筆、動かすために、魔力の形を変える。」
紫穂は、そう言うと、右手の人差し指に小さな光を灯すと、机の上の鉛筆の方へ向けた。光の球体は形を変えて細長くなると、鉛筆に巻きつき、見事に紫穂の手元へと鉛筆を運んだ。
「なるほど〜。」
綾乃は、紫穂がやってみせたように、光の球体を作った。その後、自分が望んでいる姿を念じると、光の球体は、みるみる形を変えていく。
綾乃は目を瞑ったまま、念じ続けると、手元に定規が浮いていた。
「できた!」
綾乃が喜んで言うと、紫穂は嬉しそうに頷いた。
2人が、色々と試しているうちにあっという間に、昼食の時間になった。
昼食を食べ終わり、食器を片付けると、紫穂がじっと綾乃の目を見て、口を開いた。
「3階。ついてきて。」
「いいよ〜。」
綾乃と紫穂は、3階まで階段を登ると、書物庫の扉を開けた。
「おー!結構、立派な書物庫じゃん!」
綾乃は中に入ると、嬉しそうに言った。「どれどれ」と面白そうな本を探している。紫穂は、綾乃の服の袖を引っ張った。
「増えてる。」
「何が?」
不思議そうに首を傾げる紫穂に綾乃は尋ねた。
「いつも、本…戻せない。」
「どゆこと?」
「棚の本、増えてる。」
「なにそれ。怖っ!」
外の雨は強風に乗って、窓のガラスを不規則に鳴らした。
紫穂は、棚から1冊本を抜き取ると、書物庫の外て扉を閉めた。すぐに扉を開けると、書物庫の中にはいり、先程本を取り出した棚を見た。
「やっぱり……。見てた?」
紫穂は綾乃にきいた。
「うん。確かに戻す所が無くなってるな。魔力知見は、できる?」
紫穂は首を横に振った。その様子を見て、綾乃は少し考えた後に言った。
「女神様、久々に呼び出しちゃう?」
紫穂は頷いた。
「とりあえず、読みたい本は持っていこーと!」
綾乃はそう言うと5、6冊の本を自分の部屋に持っていった。
夕飯の時間に、綾乃と紫穂が書物庫のことを話すと、女神様を呼び出して聞いてみることにした。
紫穂が、葡萄の飾りのボタンを押すと、オシエルが現れた。
「皆様お久しぶりですね?」
「はい!」
「今日はどうされたのですか?」
「実は、お聞きしたいことがあって。3階の書物庫なんですが、本が増えているようなのです。
魔法道具なら、紫穂の回路知見で、仕組みがわかるはずなんですが、それができなかったみたいで。」
オシエルは、「ああ!」と何かを思い出したように話し始めた。
「あの本棚は、魔法道具ではなく、神の作り出した神器です。そのため、回路が存在しません。」
「神器?」
紫穂は不思議そうに聞いた。
「はい。あの本棚は、書物庫に入った人が欲している本を用意します。」
「「すごっ!」」
綾乃と紫穂は目を合わせると小声で言った。
「この世界で頑張っていただくためのせめてもの餞別です。」
「ご配慮いただきありがとうございます。」
綾乃が言うと、オシエルはにっこりと笑った。
「他に尋ねることはありますか?」
「いいえ!」
みんなが目を合わせると恵が答えた。
「では、引き続き、無理のないよう頑張ってください。」
そう言い終わるとオシエルの姿はすうっと鏡の中に消えた。
「さぁて、明日に備えて寝よ〜」
実咲が立ち上がると、それに続いて、かすみも立ち上がった。
「私も寝よう〜。」
「あれ?紫穂は、今日も研究室に行くの?」
優衣が紫穂に尋ねると、紫穂は頷いた。
「頑張り過ぎないようにね〜」
優衣の言葉に、紫穂は手を挙げて返事をした。
深夜、誰もが寝静まり、遠くでは魔獣の声が聞こえていた。食堂の鏡の前には、小さい影の姿があった。見事な装飾の施された鏡に触れると、迷いなく葡萄の飾りのボタンを押した。黄色い光が溢れて、女神オシエルの姿が現れた。
「どうされましたか?紫穂様。」
オシエルは少し驚いた様子で尋ねた。
「日本の測定機器の設計図、欲しい。」
「どうしてですか?」
「測定機器、必要。」
オシエルは少し悩んだように息をついた。
「それは、できません。」
「どうして。」
紫穂は少し悲しそうに言った。
「日本の文明を与え過ぎたくないのです。」
「そのまま、使わない。魔力回路で改良する。」
オシエルはしばらく、考え込んだ。
「…いい子にする。」
「やはり、ダメです。」
「仕方ない。」
紫穂は、はぁとため息を吐くと、続けた。
「女神様、こちらをのぞいてる。」
「えっ!えぇ!?」
「魔力知見でわかる。向こうから覗ける作りになってる。」
紫穂は悪そうな笑みを浮かべた。
「この事、教えるかもしれない。」
「えっ!?紫穂さん?」
「教えたいな。でも、設計図あれば、教えない。」
オシエルはしばし沈黙した後、口を開いた。
「わかりました。お望みの設計図をご用意しましょう。その代わり、この事は内密に。」
紫穂は、大きく頷いた。
「3階の書物庫に、紫穂様が入った時だけ、ご用意します。」
「ありがとうございます。」
「では、失礼しますね。絶対に秘密ですよ。」
オシエルは紫穂に再度念を押すと、すうっと消えて行った。
紫穂は満足げに階段を登ると眠りについた。
活動日誌10
日付 クッロブール.30(2月30日)
記録 大塚 紫穂
今日は、雨でした。畜産チーム以外は、お休みでした。書物庫や魔法を教えたりしました。
◯野菜チーム
お休み
◯果樹チーム
お休み
◯畜産チーム
・馬の給餌、管理
◯開発チーム
お休み




