涙の!?全国大会
「終わりに。
今回のプロジェクトで、食糧危機はすぐそばまで迫っており、また、その危機を救えるのは、今まで土地を守ってきた農家の方々の力だと改めて確信しました。今後も、課題も一つずつ解決し、少しでも食糧危機を緩和できるように取り組んでいきます。
以上で発表を終わります。
ご清聴ありがとうございました。」
終了の合図と共に、発表者2人と発表補助者6人がホールの客席に向かって一礼した。
プロジェクターの光が閉じられ、たくさんの拍手と共に照明が客席を照らす。
(終わってしまった…。私たちの青春。)
発表者である、天野恵は感極まり今にも涙が溢れそうである。もう1人の発表者、牛原実咲が耳元で『まだだよ。しっかり』と囁いた。
恵はグッと涙を堪えた。
全国農業クラブ大会。全国農業高校クラブ連盟が主催する、このプロジェクト発表大会のために3年間、8人のプロジェクトメンバーで、冬休みも夏休みも捧げ、課題研究に青春を捧げてきた。
「只今の発表時間、9分30秒です。
これより質疑応答に移ります。質問のある方は挙手をお願いします。」
ホールの前列に座っていた審査員の3人のうち1人が手を挙げた。
「発表お疲れ様でした。3年をかけてようやく収量アップなど結びついてきた結果ですし、わかりやすくまとめられていました。皆さんが、このプロジェクトを通して、何が一番大変でしたか?」
「はい。その質問にお答えします。」
恵は、明るく自信のある声で返事をした。
「このプロジェクトでは、原因はすぐに分かりましたが、改善するための材料が少なく、また、結果も少しずつ出てくるものだったので、とても忍耐力がいりました。そこが一番大変でした。
この答えで、良いでしょうか。」
「はい。ありがとうございます。」
審査員はにっこりと笑った。
「他に、質問のある方は、いらっしゃいますか。」
司会の案内があり、数秒の沈黙があった。
奥の客席で手が上がった。予期せぬ質問が来る合図だ。恵と実咲が緊張しながらマイクを握る。
スタンバイしていた事務局の生徒が走りマイクを届けた。
立ち上がったのは、スーツの女性だった。他の学校の先生だろうか。
「今後の課題で、今回成功した技術を地域そして、全国へ広めるとありますが、異世界に広めようと思いますか?」
会場がざわついた。皆の心の中はひとつ、『えっ?今、異世界って言った?言い間違い?』なのである。そして、何か具体的なことを聞かれると覚悟していた恵は少し安堵し、マイクのスイッチを入れた。
「はい。その質問にお答えします。
世界でも、日本と似た環境のところであればこの技術は応用できると考えますので、ゆくゆくは世界にも広めていきたいです。
この答えで、良いでしょうか。」
「はい。ありがとうございます。」
スーツの女性は、マイクを生徒に返すと座った。
発表補助の田尻綾乃は、スーツの女が座る直前にニヤッと笑ったのを見逃さなかった。
「以上を持ちまして、プロジェクト発表大会を終了します。皆様お疲れ様でした。」
司会の言葉で、会場ざわめきながら次々に人が出ていった。
発表資料のメモリを外しながら、綾乃が隣にいた小野かすみに話しかけた。
「最後に質問してきた、スーツの女の人、なんか変な感じしなかった?」
「うーん。少し面白い人だったよね。
世界を異世界って言い間違えちゃって。かわいい。」
「そうじゃなくて、なんか、こうー。
雰囲気というか…。
まぁ、いっか。」
綾乃はめんどくさくなって、説明することを諦めた。
結果発表まで8人は、ロビーへ移動した。それぞれの学校が本番を終えなんだか和やかな雰囲気である。
「あー。早く帰って、エンちゃんに会いたいわー。」
スマホの待ち受け画面の愛馬エンペラー号の写真を見ながら、馬渡菜月が実咲にもたれかかった。
「もう、2日会ってないもんね〜。
私も、モーモーちゃん達に会いたい〜。」
実咲は菜月の頭を撫でながら、答えた。
「牛と馬の可愛さがわからん。」
丸山ももかが、2人の様子を見て言った。
『なに?!よく見てみろや!
かわいいし、美味しいやろがい!!!』
2人は牛と馬の写ったスマホをももかの頬にぐりぐりと押し当てた。
「まぁまぁ、2人共。
この子、少しおバカなだけだから本気にしないで。」
『いててて』と半泣きになっているももかを見かねて、花田優衣が仲裁に入った。
「かわいいし、美味しいか…。どんな感覚なんだ…。」
トラクターのカタログを見ながら、大塚紫穂が落ち着いた声で言った。
「ね!ね!ね!やっぱり、あの人、変だよ。」
綾乃が凄い勢いで、飲み物を片手に戻ってきた。
7人が綾乃に注目する。
「他の学校の発表でも、同じ質問されてるらしい。」
「ふーん…。
あっ、そろそろ会場に戻ろう。結果発表だよ!」
恵が言うとみんなは立ち上がり、会場へと向かった。
「どの学校にも、質疑応答の時、異世界って言ってるらしい。
もう、言い間違いじゃないじゃん。
もしかして、異世界の人かも!!」
『綾乃が珍しく興奮してる』7人は、綾乃に圧倒され、何も言えずにいた。
「だって、異世界人がこっちに来れるということは、向こうに行けるかもしれないだよ!!
わくわくするじゃん!魔法にモンスターそして、チート!
人生イージーモードじゃん!」
「小説読みすぎ…。そんなことあるわけないじゃん。」
かすみは、あははと一笑した。
「しっ!そろそろ閉会式始まるよ。」
恵が言うと、7人はステージへと注目した。
閉会式は、農業クラブ会長などの挨拶がおわり、いよいよ結果発表が行われた。
司会者の透き通った聞きやすい声が会場に響く。
「プロジェクト発表大会、生産・流通・経営の部最優秀賞は、隈田農業高校の食糧危機は世界の危機〜スーパー農業高校生出動!!〜です。」
会場に拍手が響いた。
恵は目から涙をながした。
「表彰があるので、プロジェクトリーダーこちらにお願いします。」
大会事務局の生徒が声をかけると、恵は涙を拭いて、ステージ裏へと向かった。
「がんばってよかったよ〜。」
ももかが、顔をぐちゃぐちゃになりながら泣いている。
その様子を見て、他のメンバーは笑っていたが、頬はうっすら濡れていた。
拍手の中、恵がステージに上がり、賞状と盾を受け取った。
客席に向かい、盾を掲げた時だった。
突然バチンと音がして、会場は暗闇となった。
数秒して、パチッと電気がついた。
しかしそこには、隈田農業高校のプロジェクトメンバー8人の姿しかなかった。
何が起こったのかわからず、固まっていると、
会場の奥の方から聞き覚えのある声がした。
「素晴らしい!素晴らしいわ!!」
メンバー全員が会場の奥へと注目した。
そこには、異世界と言い間違えた、スーツの女が立っていた。
「皆様にお願いがあります!」
「キタキター!とんでも展開!
はい!なんでしょう?」
綾乃が沈黙を破り、興奮気味に叫んだ。
「少し移動しましょう。こちらへ。」
スーツの女はそういうと、会場の奥の扉まで案内した。
「えっ?!何が起こってるの?夢?!」
恵は混乱して、実咲へ尋ねた。
実咲は、無言で恵の腕をつねった。
「痛っ!!!」
「夢じゃないね。」
恵は物言いたげに実咲を見た。
「あの人何者だろうね?普通じゃないことは確か。」
そんな視線を無視して、実咲は答えた。
8人が会場を出ると、
真っ白な空間に、一つだけ椅子の置かれた空間に立っていた。