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廃墟からの脱出  作者: Richard Hamish Head
5/5

舞浜メイーーハンガー→お化け屋敷

 看板は汚れて、何と書いてあったか読めなかった。それ以前に、ちゃんと完成した状態で掲げられていたかどうかも怪しい。



 お化け屋敷と書かれてはいたが、建物の外観は洋館風だった。

 お化け屋敷であって、お化け屋敷ではない。そんな違和感がある。


 とはいえ、手掛かりは今これしかない。入口は、いかにもお客用の広い間口で作られた表のものと、関係者用と書かれた無機質なステンレスドアの二択だ。どちらかに入って、誰かと鉢合わせするのは避けたい。逡巡する間もなく、関係者用のドアを開けた。


 荷物の運搬をしている連中は、どう考えても入りやすい入口を選ぶだろうと、それだけの考えからだった。

 幸いにも関係者用のドアは開いており、無事に侵入することができた。ぎいぎい軋むドアに体を滑り込ませて、ドアを閉める。がらんとした、ところどころにひびの入ったコンクリートの部屋が出迎える。



 本来なら、ここからスタッフに指示を送ったり、用意した機器を動かしたりするために用意された部屋なのだろうが、賢明にも――あるいは予算不足によって――そういった機器が運び込まれなかった結果が、このがらんどうの部屋らしい。

そう考えると、このテーマパーク自体がそれぞれ装飾が凝っただけの倉庫になっているのかもしれない。


 経験したことのないバブルという時代の、闇と寂しさを感じる。

 建物が未完成で見捨てられたように、もしかしたら、見捨てられてしまった人間もいたのかもしれない。さながら、今の僕のように。



 ドアの一部は、そもそもそれ自体が設置されておらず、部屋によっては素通りできた。誰かと出くわすことだけを念頭に入れながら、扉を潜るたびに何かしら身を隠せる場所を探し、それから反対の方向への注意がおろそかになっていたことに気づいて慌てて確認する。打ち捨てられたミイラのマネキンのようなものががらんどうの瞳でこちらを見つめていた。


 ここまで人の声も影もないとなると、逆に心配になってきた。ここにはお嬢と呼ばれる人間が、最低一人はいるはずだった。そんな特別な呼び方をされるくらいなのだから、運搬している男が知らないだけで何かしらの警備とかがあってもおかしくないと踏んだが、今のところその予感は見事に外れていた。


 入口の様子を思い出す。段ボールは見当たらなかった。誰かが中に取り込んだのか、それとも、初めから配達されていないのか。情報というものがどれだけ有難いものか、改めて痛感する。


 和洋折衷の建物の中庭を通り抜けて、一つ一つ部屋を検める。本来落ちてくるはずだったお化け提灯の残骸が床に転がっている。できるだけ足音を立てずに、埃の積もった畳の上も土足で移動していた矢先、ごとん、と音がした。



 咄嗟に、自分が何か蹴飛ばしたのではないかと思って、壁の陰に飛び込むようにして隠れた。積もった埃が真綿のように体にまとわりつく。そのまま、漆喰の剥がれた壁を睨みながら息を殺す。

 再び、ごとり、と音が鳴った。



 今度は自分の音ではないことがわかったが、それも新たな恐怖を掻き立てるだけだった。自分以外の誰かがいるということは、それ即ち自分を見つけようとしてくる連中に他ならないのだから。


 耳を澄ませる。今にも近づいてくる足音はないか。床に散らばる何かしらの破片を踏み越えるような音はしないか。気配を感じようとすれば、自分の膨張したそれに怯える羽目になる。



 気配は明らかに、感覚過敏の域だったが、同様に過敏になった耳が、音源を正しく捉えた。ざり、と砂を踏みしめる音に、何かが削れるような音。それが、妙に甲高く響き木霊して消える。



 姿勢を低くしたまま、庭へと飛び降り、そのまま井戸へと突進する。身長よりも高いが、思った以上に浅い井戸は、薄い闇をたたえながらも、おぼろげに芋虫のような影を描き出していた。



 無論、井戸の底で蠢くほど大きな芋虫がいるわけがない。手足を縛られた誰かが、作り物の枯れた井戸に転がされているというだけの話だ。

 スマホのライト機能を選ぶ。バッテリーはすでに半分を切っていた。さして強くもない明かりが、井戸の底を照らし出す。




 あっ、と思わず声が漏れた。

 猿轡をかまされた少女の目が大きく見開かれる。




 文芸部員の一人、舞浜メイがそこにいた。


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