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廃墟からの脱出  作者: Richard Hamish Head
4/5

「お嬢」――防火倉庫→ハンガー

 ゴキブリのように動き出す。失望に打ちのめされて。

 自分の心も随分脆くなったものだと思う。いざ失敗すると、それが鈍痛のように体を駆け巡る。一旦希望を持ったら一気に気持ちが高揚して、一つの失敗で奈落に沈む。殴られた時のような反射で、視界が滲む。自分が不安定であるという自覚こそが、なおさら自分を不安にさせる。



 防火倉庫のすぐ近くの建物は、公衆トイレを除けば一つだけ。鉄塔に近づいているのか、それとも遠ざかっているのか――それどころか東西南北どちらに在ろうと知ったことかと投げやりな気持ちで建物に潜り込んだ。


 一見して、先ほどの消火倉庫の延長線のような場所だと思ったのだが、そうでもない。



 よく見れば軽トラックが段ボールを詰めて集合しているこの場所は、宅配の集積センターをも思わせたが、マップ上では「今飛び立つか? プロペラ機!」と書かれていて、どうやらここは滑走路とそれに続くハンガーらしかった。滑走路への道は閉ざされ、トラックに占拠され、本来ここで眠りについていたプロペラ機は、居心地が悪そうに中央にぽつんと置かれている。

 トラックは五台。それぞれが何かしらを積んでいるのだが、貼り紙がされたものもある。


『飲み水。使用されていない施設にまでもっていかないこと』

『食料。ただし、儀式参加者には違うものを配布するように』


 初めから開かれている無地の段ボールには、たった今刈ったばかりのような、青々とした木が束ねられ、放り込まれていた。


 最初に、それぞれの運転席を覗き込んだ。どれも鍵が付いていない。

次に、段ボールを調べた。既に配布してあるのか、予め開いているものがあった。そこから天然水とチョコレートバーを拝借してポケットにねじ込んだ。


 誰かに見つかるのではないかという未体験の恐怖より、こうやって使えそうなものを搔き集めていくこの状況に、心躍らせている自分がいた。現金なものだ。


 トラックは、鍵こそなかったがドアは施錠されていなかった。助手席側のドアを開け、ダッシュボードを漁る。発煙筒がいくつか見つかったが、持って行っても使えそうにない。

 そうこうしているうちに、最後のダッシュボードに突き当たった。取っ手に触れた瞬間、過重だったのか中身が助手席の床にばらまかれた。

音もさることながら、中身に、釘付けになった。


 ジップロックで小分けされた、大量の白い粉が入っていたのだ。




 これが常備薬を砕いて作ったものならば喜んで持っていくのだが、どう見ても違法薬物の類にしか見えない。また、警察の目を意識してか、いくつか塩の入ったものもあった。


 同じくダッシュボードに入っていた巾着タイプの小さなポーチを引っ張り出して、さっきまでポケットにぶち込んでいたものを移し替え、散々躊躇った後で塩と薬をそれぞれ一袋ずつ入れた。『最悪』に備えて、常備薬の薬にするつもりだった。


 トラックから降りて、ドアを閉める。それとほぼ同時に、入口の方から足音が響いてきた。


 反射的に体を投げ出し、コンクリートの床の上を滑る。四本の脚がこちらに近づいてくるのが見えた。灰色の作業着に作業用ブーツ。

 トラックに手を突きながら、近づいてくる相手の死角を確保するために、ゆっくりと側面へと回る。



「どうだ、作業の方は順調か?」

「ま、そうすね」


 若い男と、年かさのある中年だろうか。よりにもよって、さっき薬をぶちまけてしまったトラックの方へ向かっていく。


「ただ……お嬢、あんなところに一人じゃ、寂しいんじゃないですかね」

「あんなところ?」

 中年はバカにしたような声で、

「そもそもこのテーマパーク自体が、金にものを言わせて作った悪趣味な模倣だよ、俺に言わせればな」

「でもっすよ、あんなお化け屋敷の中に、一応人形と一緒だからって……」

「あそこが一番マシだと、言い出したのは他ならぬお嬢の方だぞ」

「マジすか? あそこが一番日本家屋に似てるからとか?」

「まあな……」


 曖昧な相槌が、ぴたりとやんだ。

 直後、中年が怒鳴り声をあげた。



「誰だ! 助手席に、よりにもよって『神秘』をばらまきやがった奴は!?」



キュキュ、と靴の底が鳴り、方向を決めかねた足先は今すぐにでもこのハンガーをしらみつぶしに探し始めそうだ。予期していたとはいえ、鼓動が一気に早くなる。


「いや、待ってくださいよおやっさん」

 若い男が中年を引き留める。

「これ、どう考えても入れすぎっすよ。ほら、このビニールに破れた跡があるっしょ? 多分、無理に閉めようとしてダッシュボードに挟んで、そのせいでロックが甘くなってたんすよ。でまあ、俺たちがちょっと離れてた間に、勝手に開いたんだと思うんすけど」

「だとしたらますます問題だろうが」


 憤懣を堪えきれず、中年が地団太を踏む。


「こういうのをしっかり管理しとかねえといけねえってのに。最近の若いのは、儀式の重要さについて、ちゃんと理解してねえんじゃねえのか?」

「そんなことないすよ」


 うまく宥めたと思ったら思わぬところに飛び火した、と言わんばかりの口ぶりで、若い男が否定する。


「でもやっぱ、儀式ってのはどうも堅苦しいすよ。そりゃ、誰かの命の下に人間は成り立ってるってよく聞かされたもんすけど、でも……」

「でも、なんだ。お前らみたいに若い連中が、即物的なものしか大事にしなくなった結果が、このテーマパークになったってこと、まだ理解してねえみたいだな」

「すんません。それより、先急ぎましょうよ」

「……まあいいだろ」


 ドアが開き、二人が乗り込む。ハンドル式の窓を開きながら、若い男が思い出したように言う。


「そういや、あいつが捕まえた高校生ら、あいつらにも食いもんとか水はやるんすかね?」

「余ってりゃな」



 軽トラがけたたましい音と共に滑走路へと乗り出し、そのまま園内へと消えていく。僕はポケットに突っ込んでいた地図を開いた。ハンガーと滑走路、消火倉庫、そして、『お嬢』がいるという『お化け屋敷』。


「……あった」


 南東の方角。『お化け屋敷』と書かれた建物が一つ。

 次の目標が決まった。

 


 お嬢が何者で、どんな状況であろうと、一人なら都合がいい。

 どんな手段を用いてでも、協力してもらおう。



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