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廃墟からの脱出  作者: Richard Hamish Head
3/5

パニックーー防火倉庫3

 ぬか喜びとまでは言わないが、少々この地図が訳アリであることに気づいて滅入る。このテーマパークの地図は、完成予想図だったのだ。


 要するに、テーマパークの企画運営側が、完成したらこんな施設があって、このように遊べるというのを書き記したものであり、あちこちに抜け落ちた箇所というか、ありえないものが見受けられるのだった。



 となるとこの場所は、そもそも未完成のまま放棄されてしまった施設であると言える。ここを占拠した連中がどんな輩かはわからないが、どうせロクな連中ではあるまい。


 理由は言うまでもないが、たまたま地方に遊びに来ていた高校生を捕まえて軟禁したという事実、加えて、後から勝手にパークで置かれたであろう、観音像だ。ここが仏教系カルト集団によって運営されていたとしても驚かない。



 一方で、気がかりなこともある。僕がこの地域に遊びに来た時、そのような新興宗教が幅を利かせているというのを見聞きしたか、というものだ。


 こんな山奥のテーマパークを見つけ出している時点で、世捨て人か時代遅れのヒッピーみたいな閉鎖的な集団という可能性も捨てきれないが、それでも運営するにはそれなりの人数が必要になるというのは想像がつく。総本山がここだとしても、やはり人間を連れてくるなら、地元の方が効率がいい。そして、地元でそんな集団が活動しているとすれば、当然ながら多少なりともそれが耳に入ってきてもおかしくないはずだ。



 だが――そんな記憶はない。

 そもそも今回の旅は、転校した友人に会いに行くというもので、顧問に無理を言って保護者となってもらい、僕も含めた部員三人でやってきたのだ。親の仕事の都合で転校した彼女は、すっかり日焼けして、田舎ってのはそこまでいいもんじゃない、と笑っていたものだ――僕に言わせれば、何をもって田舎というかは、議論の余地があるというものだが。




 文芸部。

 逆紅一点の中、これと言って親しいわけでもなかった同級生に会いにゆき、少女たちの再会を傍から傍観する。顧問の教師は滅多に部活に顔を出すことなく、最も成績の良い一人を部長だと勘違いし続けていた――実際は、代表は男の方がいいとかいう理由で、僕が部長だったのだが。



 一泊の後、教師が思い出したように、ソコソコ知られた文士の記念館が、少し奥まった場所にあるのだと言い出して。

 そして――そこからが思い出せない。


 必死に思い出そうとしても、脳裏に浮かぶのは、部員の女子たちが手を取り合って再会を喜んでいる姿だけ。学校では本当に、同じ部活に所属しているだけの仲だったのに、思い出そうとすればするほど、この世界と自分をつなぐのは彼女たちだったのではないかとすら思えてきて、ぼろぼろと涙がこぼれ始めた。詰まった鼻を鳴らしながら、慌ててポケットの底を攫う。ゴミとでも思われたのか、一錠だけ入った頓服のアルミシートを破いて、安定剤を唾で飲み込んだ。



 息を整える。鼓動に合わせてどんどん早くなりがちな息遣いを、意識して遅らせて、考える。

 色々なものを取り上げられていたが、お守りも同然の安定剤がないというのは痛手だった。このまま脱出できなければ、少なくとも僕はパニックになって、大声で俺はここにいるぞと怒鳴り散らして自ら捕まりに行くような、馬鹿な真似すら始めるかもしれない。極限状態に至って、自分のことを信じられないのは、かなり致命的だ。



薬がない。

薬がない。



 その恐怖が、僕から何もかもを奪っていく。

 いつもの調子で咄嗟にスマホに手を伸ばして、これ以上にないほどの名案を思いついた。



 スマホは手元にあるのだ。だったら、警察を呼べばいい。

 もっとも基礎的な、スマホをスマホたらしめるもの、電話の機能を呼び出して、震える手で数字をなぞる。1,1,0。それまでの不安が一気に消えたように、僕は壁にもたれてずるずると崩れ落ちる。



 がちゃり、と音がして、勢い込んで話し込む僕に、電話主は言う。



「お客様の携帯電話は、正しく登録がなされていません。もう一度契約内容を正しく確認してから、該当の電話機を使用してください」

「ウソだろ」



 電話を切り、もう一度発信する。同じ音声が流れる。繰り返し、繰り返し。

『電話は無条件に、誰にでも繋げてくれると思うよな?』


 こちらの行為を見透かしたように、あの抑揚のない声が言う。


『だが残念ながら、それは使い捨ての契約タイプだ。キャリアフォンとは設計からして違う』

「だがそれでも! 普通緊急通報になら繋がるはずだ!」

『ならそうなるのを祈ってかければいい。人体が壁を貫通できるくらいの確率で、オペレーターに繋がるだろう』



「お前は、何がしたいんだ!?」

『味方だとでも思ったか?』


 激昂するこちらに対し、あくまでも淡々と、他人事のように告げる。



『むしろ俺は、お前が通報しようとしている加害者側に立ってるんだ。恩を仇で売るような――いや、自分の首を絞めるような真似は初めからしない』

「だったら、なぜ!?」

『それはお前が知る必要のないことだ』



 電話は切れた。僕は顔を覆って、泣き出したくなる気持ちを堪える。

「僕が何をしたって言うんだ」



 もちろん、答えはない。

 薬による慰めも、一瞬でぶっ飛んでしまうほどの落胆だった。

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