状況把握――防火倉庫2
茶化すのも、皮肉も――結局のところ、自分を鼓舞していつものペースを取り戻すための儀式でしかなかった。心には全くと言っていいほど余裕はなく、もしも扉と、そこから地上へとつながる階段を見つけられなければ、いつかのように、パニック発作の末にぶっ倒れていたことだろう。
半開きになっていた扉を押すと、ぎい、と軋みながらドアが開く。後ろ手に閉めたドアを何となく見返すと、関係者以外立ち入り禁止、というペンキで書かれた文字がはがれかけていて、マークの塗料の痕が、いかにも見捨てられた場所、という現実を突き付けてくる感じがしてぞっとする。
無駄に凝った螺旋階段をのぼりながら、考える。
電話の主はパークといった。先ほど出てきた扉に書かれていた関係者の文字。断片的なそれらを組み立てていけば、一つの推察が出来上がる。
――ここは、どこかのテーマパークなのではないか?
少なくとも、その跡地なのではないか?
果たして、その予想は当たっていた。
消火倉庫を飛び出した僕を待ち受けていたのは、荒涼とした、ゴーストタウンを模した場所だったのだから。
地面には煉瓦が敷き詰められ、真正面に見えるロシア、あるいはトルコの宮殿風建造物がそびえたっている。かと思えば観音菩薩が思惟にふけっているような姿もあり、ガラスが砕け散った電話ボックスでは、定位置に戻してもらえなかった受話器がぶらりぶらりと揺れている。少し離れた場所にはオランダ風の風車も見える。よほど錆びついているのか、風に吹かれてもびくりともしない。
テーマパークの廃墟。
かつてここに、どのような人々が訪れ、またどういった経緯で閉鎖することになったのか――おそらく、バブルが弾けたせいだとは思うが、見張り、という言葉から、ここを何者かが占有して、利用している可能性は十分にある。
いや、そもそも。
自分を監禁した何者かが確実に存在する限り、この場所は、何者かにとって都合のいい場所であるのは確かなのだ。
取ってつけたような観覧車が、遥か遠くに見える。遠すぎて、何色なのかはわからない。
視界は開けている。テーマパークらしく、住宅街のような雑然とした感じはなく、立って見回せば、この景観を一望できる。
だが問題は、鉄塔というものが全く見当たらないことだった。
嫌な汗が噴き出す。鉄塔。それを見つけなければ、ここから逃げ出すことも叶わない。
ふと、誰かの気配を感じた気がして、あたりを見回す。誰もいない。
しかし、何となく気味の悪さを感じて、たった今勇んで飛び出していた消火倉庫に引き返した。使われることなくゴミと化した、塗装の剥げた消火器が床に転がっている。
受付らしいカウンターを見つけ、うずたかく積もった埃を払って、尻を載せる。スマホを取り出し、ちょっとした思い付きから体中のポケットを探った。
服は、確かに自分のもののはずなのだが、何時も必ず入れている財布やハンカチ、はたまたスマホなど、とにかく自分のものが一切奪われ、代わりとばかりに使えそうなのが誰のものかもわからないプリペイド式のスマートフォンと言うのが、なんだか僕自身からアイデンティティをはぎ取ろうとした何者かの悪意のようなものを感じた。ごわごわとしたダウンジャケットを確かめながら、ふと、そこに奇妙な膨らみがあることに気づいた。ジッパーを下ろし、内ポケットを探る。
出てきたのは、学校のプリントに使われるような汚い紙に、何度もコピーされたせいであろう、掠れた『ボクらの世界テーマパーク!』という、この場所のパンフレットのコピーが入っていた。そしてその下からは、僕が使っていたオーディオプレイヤーとイヤホンが見つかった。
自分のものとわかる所持品が失われなかったことに、少し心が落ち着いた。改めて地図を広げて、現在位置と、パークの全容を把握しようと努める。
誰の悪意が存在しようと、何としてでもここから脱出してやろうと、決意を新たにせわしなく視線を動かす。
ようやく、スタートラインに立てたのだった。