表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
廃墟からの脱出  作者: Richard Hamish Head
1/5

目覚め――防火倉庫

暗闇の中にぼうっと、顔が浮かび上がっている。


それは、僕の顔だった。恐怖にひきつり、ぎょろぎょろとあたりを見回して、なんとか状況を理解しようと足掻いている顔。美男子とは言わないが、自分の顔がここまで醜く、またぞっとするものとは思わなかった。



光源はただ一つ、見知らぬ、簡素なスマートフォンだ。少し前からディスプレイに光が灯っており、『何か』が始まると暗に告げている。文字通りの希望の光を失わないよう、画面が暗くなるたびにタップを繰り返している。


ややあって、その光を頼りに、そろそろと動き出した。耳をすませば、水音が聞こえる。ピチョン、ピチョン――と、せせらぎというより雨漏りのような音。それがこの空間に反響して、より一層、不気味さを醸し出している。


ここはどこだ。


パニックになりそうな自分を押さえつけ、とりあえず、この閉ざされた空間らしい場所を把握しようと、手を突き出し、一歩一歩、前へと進む。


床はコンクリートでできているようで、打ちっぱなしだ。水が溜まっているのか、一歩踏み出すごとにパシャパシャと、跳ね上げた飛沫がズボンを濡らす。目が覚めた時にはここに横たえられていたから、ただでさえ全身が濡れネズミなのに、さらに体温が奪われていく。


はやく、逃げなければならない。


特に理由もなく、そう確信する――ここは危険な場所だと、五感のすべてが警告してくる。荒くなる息遣いも反響して、ガンガン響いているような気がする。もしもこの闇の中で、誰かがじっと、僕の動きを観察しているとすればどうだろう――その最悪の想像は、僕をすっかり恐怖の檻に閉じ込めることに成功していた。寒さと恐怖に震えて、ゾンビのように手を突き出して、とにかく壁を見つけようとして、ふらついている。



唐突に、耳をつんざくような電子音が鳴り、僕の体は大きく跳ねた。手から滑り落ちたスマホがコンクリートの床に叩きつけられて転がっていく。

慌てて取り上げたそれこそが音源であり、発信源だった。たった今、電話がかかってきていることを知らせている。番号は非通知だ。


もちろん、出ないという選択肢もあった。だが、僕には誰かしら、話し相手が必要だった――たとえそれが、ここに僕をぶち込んだ相手だったとしてもだ。



「……もしもし」

『目が覚めたか』



 抑揚のない機械的な声は、ボイスチェンジャーによって、より無機質な代物になっている。耳に当てると、そこから脳みそを吸い取られそうな気がして、電話を切らないように注意しながらスピーカーに繋げる。


たった今、闇の中で自分を監視している人間がいるかもしれない、と思っていたというのに。



『あまり時間がない。さっさと本題に入る』

「本題?」



 歯の根が合わない。小刻みに震えるこの音を聞かれなければいいが、と思いながら、相槌を打つ。



『お前がいるのは、防火倉庫の地下室だ。ここが閉鎖される際、すべての物資が運び出されたはずだから、結構広々としているはずだ。まずは、そこから地上に出ることを考えろ』

「地上? おい、ここはどこだ?」

『地上に出ても、安心はするな。お前は放置同然になっていたが、それもこの土地からは逃げられないと踏んでのことだ。そこら中に、見張りがいると思え。誰かに見つかったら、処刑まではあっという間だ』

「処刑? この土地? いったい何を言ってるんだ?」

『死にたくないなら、口を動かすのではなく逃げる努力をすることだ』



 電話口の声の主は、どこまでもそっけない。こちらに電話を寄越すくらいには親切だが、このプリペイド式のスマホくらいにしか、僕の価値を認めていない節がある。



『正直、無事にお前が逃げ切れるとは思っていない。それでも目覚めが悪いから隙を見て電話だけは寄越すが、お前が出なかったら死んだものとみなす。こっちも、こんな裏切りがばれたらただではすまないからな』

「それはどうも、裏切り者さん」



 ついいつもの癖、皮肉が口を出たが、幸いにも、その程度で動じるような可愛い性格ではなかった。それはお互いにとってありがたいものだった。



『とにかく地上に出ろ。そして、建物から建物へ移るように考えながら動け。ただ、そこが無人だからと言って、すべての建物に見張りがいないなどとおめでたい発想はしない方がいい。お前は、格闘技には自信があるか?』

「体育は昔から苦手だよ」



 話し相手という精神的支柱に、少しだけ落ち着いてきた僕は、話しながらも相手が言う出口を探して動き出していた。何処まで真実かわからないが、少なくともこんなところに長居していれば、誰かに見つからなくとも死にたくなる。



『それはよかった。いいか、とにかく逃げることだけを考えろ。立ち向かおうなどと考えるなよ』

「それで、僕はどうすればいいんだ?」


 尋ねる。

「地上に出て、建物から建物へ移って、それで仕舞いか?」

『……そのパークの中に、ひと際武骨に見える鉄塔があるはずだ。そこに外部との出口がある。他の連中は荷物が多いから、そこから出入りすることはない。まずは、その鉄塔を目指せ』



 何か言うより早く、電話は切れた。



「……で。脱出出来たら110に電話しろって? 簡単な話だね」



 スマホを胸ポケットに仕舞い、僕は少し慣れてきた闇の中で、出口を求め、少しだけしっかりした足取りで先を進んだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ