五大災厄
ローゼンベルクの街、酒場ー。
ヴェル「魔王にって、そもそもお前がそうなんじゃないのか?」
アトラス「いや、今は私が魔物たちを率いている訳じゃない。
というか私を「魔王」と呼びだしたのはお前たち人間だろ?」
店の中で飲み物を片手に二人は互いの目的について話す。
ししてアトラスが話す計画と魔物たちの現在の状況は
ハルが思っていたものとは大きくかけ離れていた。
アトラス「お前に負けて以来、人間を敵視する者の多くが、
私が魔物たちを率いていることに疑問を持ち始めてな。
ノコノコと帰ってきた私を大陸内には入れようとしてくれなかった。
実際…肉体を取り戻すためにほとんど力を使った私は前ほどの実力は無い。
私は人間で言うところの『除け者』となってしまった訳だ…」
そう話すアトラスの姿は自分にかつての力がないという事実を認めながらも、
その顔はさみしげだった。それを見たヴェルタニスは自身も
故郷の人間に裏切られ、命を落としたことを思い出す。
ヴェル(やっぱり、魔物も人間も大して変わらないじゃないか…)
アトラス「それでも私たちを慕ってくれている者たちのおかげで今はこの街に住んでいる。
私がいない今、実質的に魔物を率いているのは人間たちから『五大災厄』と
呼ばれる特に実力の高い五人の魔物だ。」
ヴェル「…前のお前とどっちが強い?」
アトラス「そりゃ十中八九私だろうな!ただ、その中でも最強と謳われている
『アダマス』という魔物なら、いい勝負はできるかもな!」
その話が一区切りついたところでヴェルタニスは脱線している話を元に戻す。
ヴェル「んで、結局俺が魔王になるってのはどうゆうことなんだよ。」
アトラス「あ!そうだったな!」
ヴェル(身の丈話で忘れてたなこいつ…)
胸の前で手をポンと叩くと思い出したように懐から小さな紙を取り出し、
テーブルの上にバンと叩きつけた。
ヴェル「っと?武闘大会…ってなんだこれ。」
アトラス「人間との戦いが十五年程前からまた激しくなり始めてな。
私たちも戦力を求めているという訳だ。その為に大陸中の魔物たちの中から
より強いものたちを見極めるために五年に一度この武闘大会を行っている。」
ヴェル(なんか俺も似たような大会に出たな…)
自分が勇者として冒険をすることとなった大会のことを思い出すヴェルタニスは
思わず苦笑いを浮かべる。
アトラス「勿論お前にもメリットはある。お前の目的は両親の捜索と
自分達が殺されることとなったことの真実を知ることだろう?」
自身の目的を言い当てられたヴェルタニスは目を丸くする。
アトラス「その為にはハーラルに行くことが前提となる訳だが、
あの国に入るのは、最早簡単なことでは無くなっている。」
現在のハーラル王国は国王の独裁政治の影響で、謁見をすることなど叶わず
最早国に入ることすらも難しい状況となっている。
アトラス「それに国王は警戒心が強いせいか、めったに人前に顔を出さない。」
ヴェル「そうなのか…」
その状況を改めて聞いたヴェルタニスは自分の目的の達成が
決して簡単なものではないために思い悩んでしまう。
アトラス「だから!お前の力を戻すために私たちが協力してやろうという訳だ!」
ヴェル「それはありがたい話だけど、でもそれとこの大会はなんの関係が…」
アトラス「ああ!それについてだが…」
疑問に答えようとアトラスが話そうとした瞬間、
街の入り口から魔物の叫び声がした。
「人間が攻めてきたぞぉ!!」
その声を聞いた二人は急いで酒場を飛び出した。
…
モンストロ大陸、港ー。
港には船から降りた大勢の兵士や冒険者、魔導士姿と
ボロボロになり、血を流して倒れている数匹の魔物の姿があった。
「汚い…魔物の血がついた武器近づけないでくれるかしら…?」
「仕方ないだろ仕事なんだから、でも国王も人使い荒いよなぁ。船酔いがすごいんだけど…」
大陸に降り周辺を見渡している彼らのリーダーと思しき女は
倒れる魔物の姿を見下すと、兵士達に指示をだす。
??「それでは『彼』からいただいた地図をもとに行きましょう…
我らが国の敵を殲滅しにいくのです。」
…
ヴェルタニスとアトラスが酒場を出ると、そこにはキズだらけで
満身創痍といった様子の魔物が居た。
アトラス「おい大丈夫ッ…」
その姿を見たアトラスが駆け寄ろうとしたその時、
魔物の元に大きな布に身を隠した隻腕の魔物が、音もなく現れた。
隻腕の魔物「よく伝えに来てくれた…遅くなってしまいすまない。
我々の大地に許可もなく足を踏み入れた敵は、この私が必ず殺してやる。」
優しく魔物に寄り添い言葉をかける隻腕の魔物は
近くにいたヴェルタニスがその場から動けなくなるほどに
強大な魔素と殺気をその身体から溢れさせていた。
「頼みます…!アダマス殿ッ…!」
ヴェル(アダマスって…あいつが言ってた…)
アダマスと呼ばれる隻腕の魔物の手の中で、キズだらけの魔物は
霧となって消えていく。
アダマス「彼を弔ってやってくれ…私は今すぐ敵を…」
そう言おうとしたアダマスは二人を見ると眉をしかめる。
アダマス「…アトラス殿、その者は…?」
そう言われ、体をビクリと反応させたアトラスはヴェルタニスの陰に隠れる。
アトラス「こ、こいつはその…武闘大会に出たい…らしく…」
その答えるアトラスは相手に目を合わせようともしない。
その様子を見たヴェルタニスは落ち着きを取り戻す。
ヴェル(こいつ、急にビビッて…どうしたんだよ…)
アダマス「ほう、我々の大会に人間が…?」
そう言う彼女の剣幕にヴェルタニスは物怖じしてしまう
そうしている内に少しの間が過ぎたとき、町の入り口から甲高い声が鳴る。
「あれ?もう死んだの?その汚いの…」
そこにはモンストロ大陸に上陸した人間の一人が立っていた。
ヴェル(…!…魔導士!)
その女は船に乗っていた二人いる魔導士の女で、
死んだ魔物を指さし笑っている。
アダマス「お前が…我々の大地に来た人間か…」
「そうだけど、それがどうしたの?あ、もしかして怒った?」
挑発するように笑う魔導士にの姿に、アダマスは静かな怒りをあらわにする。
そして魔導士の元へと歩き出すとともにヴェルタニスに声をかけた。
「ねえ、何を話してるの?あんたらとは話す価値も…」
魔導士が何かを言いかけた時、アダマスの姿が目の前から消えた。
ブチィッ…
何か鈍い音が鳴ったかと思うとアダマスは魔導士の背後へと移動していた。
そしてその手にはねじ切られた魔導士の頭部が握られている。
首と胴が離れた魔導士の身体は大量の血を吹き出しその場に倒れる。
アダマス「アトラス殿…あなたがどういう意図でその人間を連れてきたのかは
分かりませんが、もうあなたの力は我々には必要ない。今一度そこで見てなさい…
私たち『五大災厄』の力を。」